コナかけ疑惑
食堂は結構な賑わいをみせていた。
その光景をしばらく眺めていると、一人の男が近づいてきた。
エプロンっぽい制服を身に着けている。受付役だろうか。
「アウラさんか。そっちの二人は?」
「お客様です。……あの、何が食べたいとかはありますか?」
受付役との会話の間に、アウラさんがたずねる。
「え? うーん。何があるかよく分からないんで、任せます」
俺がそう返すと、従者さん――アウラさんが笑顔で頷いた。
「ではいつもの三番の定食を私名義で三食分お願いします」
これ絶対自分が食いたい物食うためにきいたでしょ。
「あいよ。三番三人了解」
そう言ってメモを取りながら男が下がっていく。
「では、そうですね。あちらの四人掛け机の席に座りましょう」
連れられるまま席につく。
「……えぇと。アウラさん、でしたっけ」
「はい」
「何というか……気をつかってもらってすみません」
モータルが首を傾げ、アウラさんはふっと微笑んだ。
「あら。分かってましたか。これでは従者失格ですね」
「そんな事ないですよ」
心情的にかなり楽になれたしな。
あまり肩の力を抜きすぎるのは危険だが、このぐらいのほぐしはあると助かる。
「なら良かったです」
アウラさんが満足気に頷いた。
何というか、だいぶお茶目な人だな。
「はい、三番三名お待ち」
そうこうしている内にテーブルに料理が並ぶ。
肉の炒め物とサラダらしき何か。あと米。
……こういう食い物ってどこからきてんだろうな。
聖樹のとこから湧いてたりすんのか? 後でレオノラにきいとこう。
そんな事を考えながら肉を口に運ぶ。
「お、美味い」
豚肉だこれ。
「良かった。モータルさんも口に合いましたか?」
「うん」
それだけ答えて黙々と飯を食うモータル。
まぁこういう会話は俺の役割だわな。分かってる。
「俺らって正直、その……どういう立ち位置になるんですかね?」
「え? そうですね……勲章はまず間違いないでしょう。爵位はちょっと、どうでしょうね。そのあたりの事は私の口からは何も」
「なるほど」
そんなもんか。
まぁそのぐらいの方が何かと動きやすくていい。
そう思いながらサラダをつついていると、次はアウラさんから話しかけてきた。
「コナをかけていたギルド嬢がいるそうですが」
「んぐほッ!? へあ!?」
あまりに突飛な話題に、思わず米やら何やらが逆流し咳き込む。
なんだコナかけてたって。別に誰も口説いちゃ……いや、待てよ。
良いように使ってたギルド員はいたな。
確か名前は……えーっと……何だっけか。
「ああ、やっぱりそういう感じなんですね」
「……そういう感じとは?」
「いいように使われてただけ――」
「や、ちょっと待ってください」
正直図星だがあまりに印象が悪いので反射で否定してしまった。
さて、どう言い訳しようか。
「確かにそういう面はあったことは否定できませんがね?」
まず部分的な肯定から入る。
次だ。
……よし。
「どちらかと言うとこちらの街で初めてできた友人という側面が強く、必然的に依存度が高くなってしまったんですよ。これをいいように使ったとするのであれば、確かにそうかもしれません」
「急にすごく喋りますね」
その無敵の返しやめろや。
俺はやる気を失い、ふてくされて飯にがっついた。
あーうめぇ。
「ふふふ、冗談ですよ。エリーの感情も、友人ができた喜びの方が強いようにみえましたし、タカさんのおっしゃる通りなんでしょう」
あのギルド員の名前がエリーである事を脳内でメモしつつ、俺は顔をあげた。
「ですが、周囲がどう受け取るかはまた別の話。その辺の処理はしっかりしておかないと、後々面倒ですよ……先ほどの言葉遣いも含めて」
「……分かりました」
それを言われちゃ素直に頷くしかない。
周囲の反応ね。まぁ俺はそういうとこちゃんとやれる常識人だから良いとして、モータルがな。
「は?」
「え?」
急にモータルに睨まれた。
なんだよ。
「いやなんか、義務感にかられて?」
「そ、そうか……」
そんなやり取りをしている内に皿が空になる。
「追加注文いたしましょうか」
「いえ、大丈夫です。ごちそうさまでした」
「いえいえ。では行きましょう」
席を立ったアウラさんにそのままついて行き、食堂を出る。
しばらく歩いたところで、アウラさんがくるりと振り返る。
「少し消臭の香を振ります」
ピッピッと細かい水滴が自分に当たる感覚。
そこは魔法じゃなくてアナログな手法なのか。
「よし。そろそろお色直しも済んだ事でしょうし、レオノラ様と合流いたしましょうか」
消臭の香を自分に振りながらアウラさんが言う。
「お願いします」
「では、こちらへ」
アウラさんに促されるまま廊下を進んでいく。
すると、やけに豪華な装飾の扉の前に着いた。
コンコン、とアウラさんがノックをする。
えらい。ぜひとも領域の連中に見習わせたいな。
「従者のアウラです。タカ様とモータル様をお連れしました」
「入って構わんぞ」
この声はレオノラ……おぉっと、レオノラ様だな。
「では、私はこれで」
「ああ、そうなんですね。何というか、色々とお世話になりました」
「いえいえ。あぁ、最後に一つだけ。タカ様は一応死んだ事になっていましたので、それはもう悲しんでいましたよ」
誰が、とはきくまでもないだろう。
「いくら後処理が面倒だからと言ってこのまま縁切り、なんて薄情な事をする方ではありませんよね」
「当たり前でしょう」
流石にそこまで人間終わっちゃいない。
「なら良かったです」
アウラさんがにこりと笑い、そのまま下がっていった。
抜け目があるのか無いのかよく分からない人だったな。
「おい、さっさと入ってこい」
中のレオノラから急かされ、扉を開ける。
「失礼します?」
「そういうのはいい」
レオノラを見る。
かなり身綺麗になっている。包帯なんかも清潔な物に巻き替えたようだ。
モータルと共に部屋に足を踏み入れると、扉が勝手に閉まった。
驚いて後ろを振り返ると白いのっぺら人間――救世の兵が扉を閉めていた。
「防音にしておいた。あまり長時間は怪しまれるからな。謁見前の打ち合わせといこうか」
「おう、よろしくレオノラ様ぁ」
「……はあ」
レオノラが深々とため息をつく。
「いや、もう、うむ。そうだな。誰かがいるところではそう呼んだ方が無難だろう」
「モータルもだからな。分かってるか?」
「流石にわかるよ」
ほんとかぁ?
「では、基本的なマナーからだ。いいか、よくきけ――」
それから5分ほどかけ、俺は眠気を必死にこらえながらマナー講座を終えた。