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つかの間の休息

 ボロボロの衣服を脱ぎ、籠に乱雑に入れる。


「……汗はあんまりかいてないんだけどな」


「そうかな? 俺結構汗かいたよ」


「えぇ? ……お前ひょっとして平熱上がってる?」


 犬って人間より平熱高めってよくきくけど。


「そうかも」


「やっぱりか。大変だな」


 そこまで話した辺りで、自分があまりに無警戒だった事に気付く。

 聞き耳をたてられてたらどうするんだ。

 今の会話ならまだセーフだったが、このまま喋っていたらモータルが人狼だと匂わせるような発言をしていたかもしれない。


「モータル」


 口パクで『誰かに聞かれてるかも』と伝える。


「え? さっきまでは居たけど今はもう大丈夫じゃない?」


「は?」


 さっきまで居たの? 全然分からなかったんだけど。

 俺ほんとに強くなってんのかな……。


「こういうのは役割分担だからあんまり気にしなくていいと思うよ」


「そうか? じゃあ任せたわ」


 周囲の警戒とか肩こっちゃうし、人に任せられるならそれに越した事はないよね。


 そんな会話をしながら、銭湯へ向かう。


「意外とでけぇな」


「おおー」


 モータルがのそのそと湯舟に向かおうとしたので尻尾を引っ掴み止める。

 

「おい。先に身体洗え」


「ごめん」


 尻尾と耳を引っ込め、石鹸らしき物と座るための出っ張りがある場所へと向かう。


 よし。じゃあ俺も洗うか。


 出っ張りに座り石鹸を泡立てる。


「泡立ちめちゃくちゃ良いんだけど、なんだこれ……」


「さぁ?」


 不安になるぐらいに出てきた泡を全身に塗りたくる。

 なんか粘性高くて気持ち悪いな。


「これ水はどこから出るんだ」


 髪やら顔やらを泡まみれにした後、ようやくそれに気付く。

 

「おい、モータルなんとかしろ」


「いや、なんかどこにも水出るとこないよ」


「桶で湯舟のとこから汲んでこい」


「了解」


 暫く目を瞑って待っていると、やや後方でバシャバシャと水音が響いた。

 続いてひたひたと足音。


「お、さんきゅ……うぶぉあ!? 熱っ!!?」


 桶をもらうべく差し出した手を見事にスルーされ、お湯をぶっかけられた。

 

「お前なぁ! そういう事をなぁ!」


「もう一杯汲んでくる?」


 モータルにそう言われ、自分の身体の状況を確認する。

 あれだけ粘ついてた割には、その殆どがあっさりと落ち、側溝に吸い込まれるようにして消えていった。


 ……ファンタジー物質すぎる。こっちの感性的に気持ち悪さが先行してしまうが、かなり有能だな。


「一応頼むわ」


「了解」


 それからもう一度お湯をかけてもらい、泡を完全に取り除いてから、湯舟へと向かった。


「おうふ」


 結構熱めだな。

 正直、温泉自体は領域でも入れるからそこまで感慨深さは無いのだが……。


「外泊で温泉ってのがなかなかオツだよな」


「だね」


 暫く、ぼうと天井を眺める。

 天井は部分的に木が使われており、全体で大樹を描くような模様になっている。

 ……ひょっとしてこの温泉、宗教的な意味があったりする?


 そんな事を考えていると、視界の端にモータルの狼耳がうつる。


「その耳もやっぱ洗いたいって思うのか?」


 俺の問いにモータルが首を傾げたあと、答える。


「いや別に。ただ隠してる間はずっと魔力使ってるから、見られてないなら出してたいかな」


「えっ……それ大丈夫なのか?」


「うーん。全く動かなきゃ自然回復でプラマイゼロくらい。ただ日常生活送りながらってなると一日ちょっとが限界かなぁ。戦闘挟んじゃうともっと厳しい」


 なるほど。


「じゃあ戦闘になったらお前はなるべく下がってろ」


「うーん。日常生活レベルの戦闘なら大丈夫だよ?」


 日常生活に戦闘を組み込むな。


「……とにかく、なるべく温存しろ。何があるか分からんからな」


「分かった」


 モータルが頷き、先ほどの俺のようにぼーっと天井を向いた。

 俺も言うことがなくなったので天井を見上げる。


 しばらくすると、モータルが耳を引っ込めた。

 おそらく着替えを置きに誰かが入ってきたのだろう。


「じゃあ出るか」


「うん」


 そこからは大したハプニングもなく、従者が用意したらしいタオルで身体を拭き、これまた従者が用意したらしい衣服を着こんで脱衣所を出た。


「お似合いですよ」


「はあ、どうも」


 従者がにこりとこちらに微笑んできたので俺もにこりと微笑み返す。

 完璧なスマイルだ。職人だな。


「レオノラは……じゃないわ、レオノラ様は?」


 危ねぇ。従者の目が一気に氷点下まで冷えたぞ。


「まだ湯浴み中かと」


「なるほど」


 まいったな。もう少し湯舟で粘るべきだったか。

 モータルと目を合わせると、肩をすくめられる。


 うーむ。


「……あの、お暇でしたら城の内部案内でもいたしましょうか?」


「おっ。助かります。何もせずに待つのはちょっと性に合わなくて」


 モータルの事を考えるとじっとしていた方が良いのかもしれないが……最悪のパターンを想定して城の構造を多少把握しておくのは悪くない手のはずだ。


「じゃあ、頼みます」


「お任せください」


 従者に連れられ、廊下を歩く。

 時折すれ違う兵士にじろじろと見られつつ、進んでいると、ふわりと美味そうな匂いが鼻の辺りをかすめた。


「……」


 その匂いは段々と強くなり……。


「はい。着きました。ここは食堂です」


「……俺らは別に腹はすかしてないですけど」


 モータルがこくこくと頷く。


「お腹すきましたよね」


「いや、だから俺らは」


 そこまで言って、従者の意図に気付いた。


「…………お腹減ってるのはそっちなのでは?」


「そんなわけありません。はやく食べましょう」


 とんでもねぇ従者もいたものだ。

 

「なんつーか、思ったより適当な人なんですね」


「そうでしょうか。私は真面目ですよ。言葉遣いも厳しいですし」


 言葉遣い?

 ……おいおい。


「さっきの呼び捨ての件ですか?」


「なんの事でしょうか。私は脅しなんて品のない事はしませんよ」


 脅しって言っちゃってんじゃねぇか。


「……はあ、そうですね。腹減ってますよ」


「ああ、良かった。では早速中に入りましょう」


 風呂にまで入れといてそれはどうなんだ、というツッコミを喉元に留めつつ、俺達は食堂へと足を踏み入れた。



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