行列のできる凱旋
「やっと見えてきたか……」
あの後もレオノラから聖樹教徒を怒らせないための行動や礼儀を習っていると、あっという間に目的地付近まで着いてしまった。
俺達が以前、スラム街で暴れたり、オークと乱闘したりした街だ。
レオノラによれば、あそこも聖樹を中心としてある国、聖樹の国の属国の一つに過ぎないそうだ。しかも属国の中でも中規模程度のものらしい。
「さて。凱旋と行こうか、諸君」
門の前に並ぶ人々の顔が見えるほどの距離になり、レオノラがバッと槍を掲げた。
その穂先には魔族の生首が突き刺さっている。まったくもって手際の良いやつだ。
「……!?」
列に並んでいた人々がどよめく。
レオノラが通るたび、モーセのごとく道ができる。
「ちょ、ちょっとッ」
騒動を聞きつけた門兵が俺達の前に飛び出してきた。
「……と、止まりなさい!」
門番が顔面蒼白になりつつもレオノラに剣を向けた。
「誰に剣を向けている?」
「誰であれ、身分証を出さない人間を通すわけにはいきません」
「……フン。感心な門兵だ」
全くだ。汚職門兵さんならサクッと通してくれただろうによ。
……それは今回やっちゃまずいか。
そんな事を考えていると、レオノラがこちらに目線を投げてきた。
えぇ俺ぇ?
「あー、ギルド証でいいか?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
俺とモータルがギルド証を取り出し、兵士の震える手の上に置く。
「あの、二人分だけですか?」
門兵の恐る恐るといった問いにレオノラが堂々と頷く。
「うむ。私の物は紛失した。私だけは個別で魔力紋の鑑定と身分証の再発行を頼みたい」
「……確認してきます」
腰が入ってないような走りで兵士が去っていく。
魔力紋、ね。指紋みたいなもんか。それなら指紋でいいような気もするが。
俺の疑念を感じ取ったのか、レオノラがこちらに一瞥くれた後、ポツリと答えた。
「指紋は偽造が楽すぎる」
……そりゃまぁケモミミ引っ込められる世界だもんな。
その辺の偽造技術を俺らの世界ベースで考えちゃいかんか。
さてと、門兵が戻ってくるまでやる事がない。
見れば、別の門兵が出てきて一般の人々の検問を再開していた。
結構したたかなんだな。
「あのぅ、聖女レオノラ様ですよね?」
「ん?」
唐突に列を抜け、こちらに近づき話しかけてきた男。
身なりからして……商人だろうか。おそらく従者か何かに代理で並ばせ、一人列を抜けてきたのだろう。
「いかにも」
「やはりそうでしたか。不躾な質問で非常に申し上げにくいのですが、その……」
商人の言葉をレオノラが手で制す。
「言わずとも分かる。いくら魔族の卑劣なる転移の罠にはまったとて、その誹りは免れぬ事だっただろう……このように、敵を返り討ちにし、帰還でもしない限りな!」
レオノラが再び槍を掲げる。
商人が、いや商人だけでなく行列の各所から感嘆の声がきこえる。
「す、素晴らしい……流石は列強に名を連ねる聖女レオノラ様だ! して、その隣のお二人は?」
「ん? ああ、同じく転移の罠に巻き込まれた兵士達だ。だが逆境に負けず奮戦してくれた。自慢の兵だよ」
「ははあ、それはそれは……」
商人がこちらをじろじろと見てくる。
なんだてめぇやんのか。
「武器の傷みが酷いですな。ここで会ったのもまた縁。わたくしの商品の内から二本ほど新品の剣を差し上げましょうか? 無論、お金は取りません」
意外と良いやつだった。
「あ、じゃあお言葉に甘えて――」
「すまないが、彼らは疲れていてな」
レオノラに言葉を遮られた。
なんだよ。
「客引きをやれるほど余裕はない。別を当たってくれ」
……客引き。なるほど。
一応このままいけば英雄として祭り上げてもらえるわけだしな。
英雄の装備ともなればかなりの注目を集めるはずだ。
「……も、申し訳ありません。そういうつもりは」
そう言いながら商人が名刺を取り出す。
「これに気分を害さず、贔屓にしていただけると幸いでございます」
その名刺をレオノラ――ではなく俺に渡してきた。
「えっ」
「では、また……」
そう言って商人が去っていく。
「タカよ。お前、カモだと思われてるぞ。利用する気マンマンだ」
レオノラがそんな耳打ちをしてきた。
らしいな。舐めやがって。ぜってぇ行ってやらねぇ。
ふと気になり名刺を裏返してみる。
『この紹介状をお持ち頂いた方に限り、VIP商品の棚へご案内します』
……ぜってぇ行ってやらん。本当だぞ。
「ほう、その名刺。紙でできているのか。それなりに儲けているようだが……まぁ、ただ単に買い物をするだけなら行っても構わないかもしれんな。だがもし行く時は私を連れていけよ。カモられかねんからな」
「……行かないから大丈夫だ」
「本当か?」
「本当だ」
レオノラがまだ疑惑の目で見てくるが関係ない。
俺はVIP商品になんて絶対に負けない!
俺が決意を新たにしてから数十分後。
あの後、もう何人かの商人がこちらに来ようとしたが、レオノラの威圧で追い返された。
実は最初の商人にも威圧はとばしていたそうだが、アイツはそれをガン無視して突き進んできたらしい。メンタル化け物かな。
「お、お待たせ致しました!」
門兵がこちらに全速力で駆け寄ってくる。
「魔力紋の検査ですが、準備が整いましたのでこちらにお願いします」
門兵に連れられるまま門の内部へと向かう。
列整備の為らしき人員も複数人出張っていたが、それらが機能するまでもなく、人の波が自然と割れていく。
「こちらです!」
門の内部の一室に通される。
聖職者らしき老人と魔法陣の刻まれた立方体の何かだけがある部屋だ。
「あ、っと。あの、機密保護の為にお二人は部屋から出ていただけますか?」
「はいよ」
門兵に促されるまま、部屋を出て待つ。
しばらくすると、部屋から一瞬光が漏れた。
「……なかなかの光量だな」
「え、あ、はい! 一般人だと気絶するレベルの光だそうです!」
「そうなのか」
独り言だったのだが、門兵君に補足させてしまった。
てか気絶ってなんだよ。
「エネルギーの変換効率悪いんじゃないのそれ」
モータルが横から急に会話に入ってきた。
こらモータル! 門兵君がビビってるだろ!
「さ、さぁ……? それは僕にはちょっと……」
「うーん」
「悪かろうが成り立ってんなら良いだろ」
仮にエネルギー効率を良くする方法を見つけたところで俺らにゃあんまり関係ないし。
そんな会話をしていると、部屋の戸がガチャリと開きレオノラが出てきた。
手にはプレートのような物が握られている。
レオノラがこちらに気付き、ニッと笑った。
「仮発行の身分証を貰った。さて、凱旋のリハーサルは門前でやったな? 本番といくぞ」