生首長者
ゴンゴン、と少し手荒なノック音が響いた。
「……開いてるから勝手に入ってくれ」
掲示板を見ながら雑に返事をする。
「タカ、暇そうで何よりだな」
「あぁ? 暇じゃねぇよ」
扉を開け入ってきたのは聖女レオノラ。
開口一番、随分な物言いである。
「これを見て欲しいんだが」
暇じゃねぇつってんだろ、という言葉が思わず引っ込む。
それもそうだろう、レオノラがこちらに向けてきたのは――。
「生首がどうしたよ。冗談のつもりならぶっ飛ばすぞ」
三つ目の骸骨の首部分。悪趣味な見た目だ。おそらく魔族の内の一匹だったのだろうが……。
「真っ二つにされていたからな、修繕が大変だったよ」
「修繕? なんでわざわざそんな事を」
確かに、よく見ると縦に線が入っている。見事な太刀筋だ。
「順に説明するから待て」
レオノラは生首を丁寧に木箱にしまい込むと、話し始めた。
「まず、あちらの世界。私の出身地である方の世界では、私達はどういう扱いになっていると思う?」
「……あー、行方不明?」
「確かにそうだが少し違う。敵前逃亡をした戦犯だ」
いや、お前それは……。
「言いたい事は分かる。タイミング的にも我々が罠にかけられたであろう事は把握しているだろうさ。だがそれはそれ、これはこれ、だ」
めんどくせぇ世界だな。
「じゃあ俺はもう異世界出張に行けないって事か?」
「このままなら、そういう事になる」
なるほど?
「じゃあどうするんだ」
「手柄を示してやるのさ」
「……それでその生首か」
レオノラがニッと笑う。
「そうだ。この魔族はこちら側にはそれなりに知られた魔族だった。これを討ち取ったとなれば、逃走犯から、罠にかかりつつも一矢報いて帰還した勇者に一気に様変わりだ」
良い作戦だ。ただ、少し引っかかる事があるとすれば。
「それ、すっげぇ俺っぽいな」
形容しづらいが、とにかく俺が立てそうな、俺っぽい作戦だ。
俺の発言に、レオノラは一瞬だけきょとんとした後、大口を開けて豪快に笑った。
「フ、ハハハハハハハ!!! そうだろう、ああ、そうだろうな! 何せ私はタカ、お前の魂の中に寄生していた! そこで散々、私の常識の外にある物を、発想を、我が事の如く体験した」
「あー、つまりアレか。俺が伝染ったってか?」
「ああ。良い表現だな、それは」
病気扱いですかそうですか。
「……ただ、その作戦には欠点がある」
致命的で、改善の余地のない厄介な欠点が、な。
「ほう? その欠点というのは?」
「その作戦は、俺、あとモータル。そしてお前。この三人で遂行するんだよな?」
「そうだとも」
「この三人中、二人が人間じゃなくなってる事実に関して何かコメントはあるか?」
「…………あー」
あー、じゃねぇよ。
俺の杜撰さまで真似してんじゃねぇよ。
「まぁ、その、アレだ。少し待て。考えてくる」
レオノラがそう言いそそくさと部屋を出て行った。
ふむ。
俺の方でもちょっと考えてみるか。
タカ:今おるやつ
ほっぴー:ん
ジーク:はい
ガッテン:いるぞ
Mortal:どしたの
タカ:アイディアを募りたい
タカ:異世界に俺、モータル、レオノラの三人で出張する予定で
ジーク:もう草
Mortal:俺同意してないけど
ガッテン:とりあえずどこから突っ込めばいい?
ほっぴー:解散いいすか?
タカ:まだ待て
ほっぴー:目に見える地雷を踏みたくない
ジーク:地雷っつーかスイッチと導線見えてんだよなぁ
タカ:とりあえず最後まで話をきけ
タカ:いいか、一応俺達三人は向こうの世界では敵前逃亡した戦犯って事になってるんだが
Mortal:そうなのか
ガッテン:ツッコミが処理落ちした
ジーク:再起動かけてこいよ
ガッテン:鬼すぎる
ほっぴー:疲れたので寝ます
タカ:まだ待てつってんだろ
ほっぴー:タカさんの今後の活躍をお祈りしております
タカ:直接部屋に行きます
ほっぴー:あ? 来てみろや
タカ:レオノラとモータルを連れて行きます
ほっぴー:助けて
ジーク:草
ガッテン:最悪すぎる
Mortal:ほっぴーの部屋に行けばいいの?
ほっぴー:もう分かったからさっさと話続けてくれ
タカ:よし
ガッテン:よしじゃないが
タカ:で、その戦犯を覆すために魔族の首を手柄として持って行く予定でな
タカ:カバーストーリーとしては敵の罠にとらえられたが、なんとか一矢報いて帰還した勇者三人ってな感じで
ほっぴー:うぅん、いけるのか?
タカ:多分結構な数の主力級を削られて士気下がってると思うんだよな。だからこういう美談はありがたがると思うぞ
ほっぴー:そういや魔王と組んで潰したな
ガッテン:なるほど
ジーク:普通にいけそうな気がしてきた
Mortal:生首って意外と需要高いんだね
ほっぴー:需要とかそういう問題か……?
タカ:で、まぁ作戦だけ見れば悪くないのは分かってくれたと思う。ただ一つ欠点があってな
ジーク:人格とか?
タカ:違うわアホ
タカ:三人中二人が人間じゃなくなっちゃったって事だ
ジーク:あっ……
ガッテン:笑えん
ほっぴー:じゃあ解散で。後で一から作戦立て直そう
Mortal:了解
タカ:了解しないで
タカ:あの、マジでアイディア無い感じですか?
ジーク:ないです
ガッテン:ねぇよ
ほっぴー:ないでしょ
タカ:そっかぁ…………
「どうすればいいんだマジで」
掲示板を閉じ、一人頭を抱える。
その頭を、ふわっと包む感触。
「あう」
バンシーのお腹だ。
「あう、あうぅあ!」
なるほどなるほど。
「ぅう、あうっ!」
それな。
「あうぅ、う!」
わかるなぁ。
そうやって俺が宇宙の真理を理解しようとしていたその時。
「タカッッ!!」
バターン! と爆音を立て扉が開く。
本当さぁ、そういう事するやつばっかなせいで扉の立て付け悪くなってんだわ。
「思いついたぞ! 誤魔化す方法をッ!」
見れば、レオノラの豚鼻は千切られ、牙は根元から引っこ抜かれ、血がだくだくと流れ出ている。
「えっ、怖」
「ヒール不能の呪いを装うッ! 安心しろ、私は聖女。ヒールのプロフェッショナルだ! 自分にかけられるであろうヒールの全てをディスペルする事は……まぁ、あの国レベルのヒーラーであれば可能だ!」
そりゃ結構な事だが……。
「モータルにもそんな事やんのか?」
「人狼と合成させたのだろう? なら人に化ける技術があるはず。なぁに、仮に化けることができずとも犬の獣人として通せば問題はない。豚の獣人が居れば私としても楽だったのだがな。まぁそこは仕方ない」
そういってガハガハと笑うイカれ聖女。
「……いけんのか?」
「私は聖女だからな! それなりにコネクションと権力を持っていたからそれを使えば力押しや証拠偽造も可能だッ! 流石に私が魔物になっているのがバレれば終わりだが……」
「本当に? 暫く失踪してた癖にまだ機能すんのか?」
「英雄として帰還すればあちらからよりを戻そうと擦り寄ってくる」
なるほど。
「ああー、うん。じゃあもうそれで」
「よし。では私はモータルにも同じ話を伝えてくるとしよう」
いや、そこは俺が掲示板でちゃちゃっと……そう言う暇もなくレオノラが部屋から出て行った。
……何と言うか、この勢いは俺には真似できない部分だな。
「あうー?」
バンシーちゃんが疑念たっぷりの目でこちらを見てきた。
「あうあう」
とりあえず雑に返事をし、俺は再び寝転がった。