同族
「……」
この胸の内に確かに湧き出た殺意。
それを隠しつつ会話を続ける。
「なるほど。そうだな、そりゃ素晴らしい」
「あは。タカ君も、そう思う?」
「……ああ」
顔が強張りかけるのを必死に押さえつつ頷く。
「うん、うん。じゃあさ、ちょっと見ても良い?」
「何をだ」
「君の世界の情報。まだ虫とか。色々、生き残ってるんでしょ?」
構わないが、と言いかけ慌てて口を閉じる。
魔女の口の端が裂けかけていたからだ。
「どうやって見るつもりだ?」
俺の質問に、魔女が首を傾げた。
「どうって、直接?」
「駄目だ」
「なんで?」
なんで? じゃねぇよ。
しかしまいったな。キモいから、と返せば怒りを買う可能性がある。
仮に怒らなかったとしても、その理由で納得するとは思えないしな。
「……第一な、情報はタダじゃない」
俺がそう言うと、魔女がごそごそと蠢き、ごろごろと何やら石らしき物を床に大量に転がした。
「これ、好きなんでしょ? これと交換は?」
……天の石か。
「よし、タカ。ゴー」
「ゴーじゃねぇんだよなぁ」
ほっぴーが肩に置いてきた手を振り払い、魔女に向き直る。
「……今度、俺から直接見るよりもっと効率よく知識を得られる物を持ってきてやる。その時また交渉しよう」
「また来るの?」
俺としては二度と顔を合わせたくないランキング堂々の一位なんだが、まだ利用の余地がある相手だし、いずれ殺す為に情報を集めたいからあと何度かは会うことになるだろう。
「ああ、また来る」
「そっか。じゃあ」
魔女がこちらに歩み寄ってくる。
そして手を差し出す。
何だ。
「……えぇと。握手か?」
「うん」
はあ。
ご機嫌取りを頼まれたわけだし、一応やっとくか。
「ほらよ」
魔女の継ぎ接ぎまみれの手を握る。
チクリ。
「痛っ。え?」
「じゃあ、またね。待ってる、よ?」
景色がぐんぐんと遠ざかる。
今の痛みは何だ、と問い詰める間もない。
視界が縮小されていく。
魔女が点にしか見えなくなってきた頃。
ストン、と視界が正常になる。
「……外、か」
眼前には洋館。
また新しいタイプの転移魔法を食らった気がする。
「お前ら無事か?」
くるりと振り返り皆に呼びかける。
返事がない。
「どうした」
「いやこっちのセリフなんだけど。何その手のやつ」
「は?」
そう言われ自分の手の甲を見る。
茨が巻きついたような跡、中心に鍵の形のような痣。
「……なるほど。まぁこれは置いといてさっさと領域に帰ろう」
「置いといていいのか?」
「あぁ? いや良かねぇけどよ。今戻ったら頭ん中を直接見せる気になったと勘違いされかねないからな。戻るにしてもアイツに渡す用の図鑑やら何やらを確保してからじゃないと嫌だぞ」
俺の言葉に皆が感心したような声を漏らす。
ふん。もっと褒めていいぞ。
「一応また会うつもりみたいだしな。そこまで致命的なトラップは仕込まない、か?」
ほっぴーがそう呟き、眉をしかめ下を向く。
考え中だな。そっとしとこう。
「でもよ、それを使ってこちらの動向を探られる可能性があるんじゃねぇのかよ」
「直接頭を触手でぐちゃぐちゃ漁られる方がこっちの動向やら傾向だとか知られるように思うが」
「あー……」
納得した様子で引き下がるガッテン。
ふむ。他に何か反論が出る様子はない。
「じゃあ一時帰宅って事で」
「異議なーし」
ジークのやる気のない返事を聞き流しつつ、洋館に背を向ける。
しかし、おかしいな。
迎えの狼がいないが……。
道が分からないわけではないが、アイツがいるのといないのとでは踏破難易度がかなり違ってくるからなぁ。
「下がって」
モータルの声に半ば反射的に後ろに飛び退く。
直後、前方の地面がえぐれた。
「……敵襲ッ! 総員構えろッ!」
ほっぴーの怒号が響く。
瞬時に短剣を抜き、構える。
土埃が晴れ、襲撃者がハッキリと姿を現した。
「古の大狼……っ」
「グルゥ……ガァ……」
不意打ちをいなしたモータルを警戒しているのか、その場から動く気配はない。
「モータルッ!」
「ちょっと待って」
モータルが剣を構え……そして、鞘にしまった。
「モータル!?」「モータルさん!?!??」
半ば悲鳴じみた叫びが各所から飛び出る。
剣を鞘にしまったモータルがつかつかと狼に歩み寄る。
若干狼も引いてるように見える。
「……グル」
近づいたモータルに対し狼がガウガウと何やら喋り(?)始めた。
何が起こってるんですか?
「なるほど」
何が?
「ああ、やっぱり」
だから何が?
「じゃあ帰るから、行きと同じようによろしく」
「フスッ」
言うじゃねえか小僧、的な感じで鼻を鳴らした狼。
よく分からんが話がついたらしい。
「あのー、モータル。何だったんだ?」
こちらに戻ってきたモータルに先ほどの会話の内容をたずねる。
「え? あっ、そっか。皆は何言ってるかわかんなかったのか」
「グルグル言ってるようにしか聞こえなかったぞ」
「えーっとね。同族を狩るのは狼としての誇りに傷が付くんだってさ」
なるほど、同族か。……同族か?
「アレとお前が? マジ?」
「臭いがするってさ」
「じゃあ最初の攻撃は何だったんだよ」
「久々に手応えのある戦いができそうでテンション上がって気付けてなかったんだって」
シャレにならん。
そういやあの呪いはそういう事の為の呪いだったな。
……モータルがいなきゃ初撃で俺が持ってかれてたぞ。
「……まぁ結果オーライか」
魔女はこうなる事を予測してモータルに人狼を混ぜたのか?
あいつの善意なんぞカケラも期待はしてなかったが……クソ、床だと思い込んで通ったとこが綱渡りロープだったみたいな気分だ。
どこかで何かをミスっていたらあの狼に全滅させられてた。
「さっさと帰ろう。吐き気がしてきた」
「うん。帰ろう」
こちらの言葉を聞いたのか、狼が走り始める。
それに置いていかれぬよう、こちらも駆け出そうとした直後。
くるりとモータルが振り返り、何でもないことのように、こう補足した。
「あとタカの手のやつは、魔女がお気に入りの人に渡す合鍵みたいな物だってさ」
えっ。
あまりの衝撃に足が止まった俺を、ジークが抜かして行く。
そのすれ違う刹那に耳打ちをされる。
「ようこそヤンデレワールドへ」
「いや、ちょ、おま……ふざけんなッ! つうかまだちょっと気に入られただけだッ! 勝手に決めつけ……おい! 待てジークこらてめぇッ!」
めちゃくちゃに悪態をつきながら、慌てて駆け出す。
クソが、絶対に早々に準備してぶっ殺す算段つけてやるからな。