導火線に火を灯せ
「タカさん」
「うわ」
アルザにドン引きしつつ廊下を歩いていたらヤンデレの総大将に出くわした。
「そろそろ始めますので、覚悟の準備をお願いいたします」
「あぁ、そうか……」
遂に作戦を実行するってわけだ。
思ったよりも落ち着いた心持ちの自分に驚きつつ、砂漠の女王を見つめ返した。
「ふむ。タカさんは大丈夫そうですわね」
「おうよ」
「では他の方々に会いに行ってきますので、後ほど……」
十傑のメンバー全員に確認する気か。
大丈夫だと思うけどな。メンタルだけはやたら強い奴等だし。
「おや、その顔は」
「んだよさっさと他の奴のとこ行けや」
「貴方は十傑の中でもかなり精神的に強い方ですよ」
……
「何が言いたい」
「何を言われたかは自分が一番分かっているはずでしょう」
ふん。葛藤してんのは俺だけじゃないってか?
「んな事は百も承知だ。分かった上で大丈夫だって結論を出してる」
「そうですか」
砂漠の女王が軽く微笑みを浮かべ、姿を消す。転移したか。
大丈夫。そう口にした。だが本音を言うと、全く不安がないわけではない。
……様子、見に行くか。
廊下を早足で進む。
領域の城の、隅の隅。人から隠れるような位置に、その部屋はあった。
「入るぞ」
返事はない。勝手に扉を開け入る。
「……っ」
漂ってきたのは、濃密な死の臭い。一気に不安が加速し、ベッドの端に慌てて駆け寄る。
「おい、モータル。大丈夫か」
俺の呼びかけに、モータルが薄っすらと目蓋をひらいた。
「あぁ、タカ」
良かった。ほっと胸を撫で下ろしつつ言葉を続ける。
「悪いな、もう少しだけ辛抱させることになる」
「うん。大丈夫」
大丈夫なわけあるか。喉元まで出かかったその言葉を無理やり飲み込み、笑顔をつくる。
「あー、寂しい、とか、暇、とかは」
「基本寝てるし、起きるときは誰かが来た時だから。昨日から今日にかけてなんて皆来てくれたよ」
ああ、だろうな。そうだろうよ。
「……待ってろよ。あと少し。あと少しだから」
「分かってるって」
「じゃあ、俺はやらなきゃ行けないことがあるから。また、な」
これ以上ここに居たら、俺は全てを白状してしまうかもしれない。
もう出よう。俺はモータルに軽く手を振ると、部屋を後にした。
実は、不安材料はもう一つ、というかもう一人居る。そっちの方も、できたら見に行きたい。
再び、廊下を早足で進む。
どこだったか――お代官さんの部屋は。そんな疑問も、ある扉の前にわらわらと集まっていたアホどものお陰で一瞬で解消することになった。
「……よう、ずいぶんと集まってんな。どうしたよおい」
思わず口の端が釣り上がる。
そんな俺を見て、お代官さんの部屋の扉の前に集まり聞き耳をたてていたほっぴー、スペルマン、鳩貴族、七色の悪魔、ガッテン、紅羽の六人が一斉にバツの悪そうな表情を浮かべた。
「あー、ホラ。お代官さんって常識人だから心配で、な?」
ほっぴーがそんな言い訳を口にする。
その横で扉にそっと耳を当てていた紅羽が俺の方を一瞥する。
「てかタカさ、ジーク知らね?」
「あいつは部屋でアルザといちゃついてるよ」
「ふーん」
興味失うのはやくないか?
詳細を語るのは面倒だし好都合だが……。
「お代官様!」
そんな声が響き、慌ててその方向を見る。
「……壁が」
壁が、段々と透け、部屋の内部が見れるようになっていた。
砂漠の女王と、それと正面から向き合うお代官さん。
「なんだこれ」
誰とも分からぬ呟きが聞こえた。
全くもって同感だ。なんだこれ。
「お代官様――遂に、作戦が決行されます。お覚悟のほどは」
ゴクリ、生唾をのむ音が響く。
おそらく砂漠の女王が意図的にこちらに見せているのだろう。
そしてお代官さんの視線を見る限り、こちらの様子はあちらに見えていない。
俺達が固唾をのんで見守る中、お代官さんが口を開いた。
「狂った作戦だ。そもそもの前提が狂っている。数百人の命を賭け金に使うようなものだ」
「ええ、そうです」
「良識ある大人なら止めるべき事態だ」
「そうでしょうとも」
おいおい。
周りをチラリと確認すると、不安げな表情が多数見て取れた。
お代官さん、まさかとは思うけどよ――
「……少し、脱線をいいかね」
「ええ。どうぞ」
脱線?
「君の、愛の話だ」
言っていて恥ずかしかったのかお代官さんの頬が微かに赤くなる。
「それは、是非聞きたいです」
「何故君が私に惚れたのか。そして現在の君の行動。考え、自分なりに結論を出した」
お代官さんは咳払いを一つ挟むと、語り出した。
「君は、私が聖樹の国の魔物使いをプレイしている様を、何らかの手段を用いて観測していた。そうだろう?」
「……さて」
「その反応は肯定に等しいぞ。さて、話に戻るが……そこで見た光景は、“何の力も持たない自分”というもしもの存在。それを私が熱心に守り、育て、共に在った、そんな光景だろう」
「……」
「沈黙は肯定とみなす。さて、私が思うに、今の自分を自分たらしめている絶大な力、魔法の技術、そして――領域。その全てを持たない、ある種“ありのままの自分”と呼べるような存在に、深く愛を注いでいた。そこが、君が私に惚れた要因だな? ……自分で言っていてかなり恥ずかしい話だが」
「それだけじゃありません」
「だが最初のきっかけはそれだろう」
「……」
お代官さんがそこで深く息を吐いた。
「そして、その後。全ての力を失い、異世界に流れついた私に出会った」
力を失う……確かにそうだ。
お代官さんだけは、俺達のようにゲーム時代の力はおろか、こちらの世界に居れば誰でも受けられたであろうジョブ選択やレベルアップの恩恵をまるで受けられていない。
「ええ。運命を感じました」
「そして、いざ会った私はゲーム時代のように君を愛さなかった。そこで君は思ったんだろう。ああ、これは――」
「愛の再演をせよとの、天のお達しなのだ、と」
お代官さんの言葉を奪うようにして、砂漠の女王がそう続けた。
「そしてその再演が成ったとき、互いが“ありのままの姿”を受容した、そんなパートナーが――」
「夫婦です」
「……夫婦が、できる」
お代官さんが折れた。珍しい。
「嬉しいです。そこまで理解して頂けていたなんて」
「話は終わらないぞ。ここからが本題なんだ。脱線した意味だ」
お代官さんの顔つきが厳しいものに変わる。
「……ありのままを受容し合うだけではな。足りんのだ」
「なんと。いったい何が足りぬのですか」
ちょっとばかり白々しい驚き方だ。
お代官もそれを察したのか、一瞬呆れた表情になりつつ……すぐに引き締まった表情に戻る。
「――それはな。自分のありのままも愛すことだ。それを成さねば、相手の愛に泥を塗ることになる」
「ええ、そうでしょうとも」
ここまで聞いて、ようやく、お代官さんの意図が分かった。そうか、これは――
「私はな、モータル君を助けたい。身にまとったあらゆる物を捨ててでもな。これが、ありのままの私の本音だ。でも、それを認められなかった。悪と断じよう、そう思ってしまっていた」
お代官さんの――
「でも現状はどうだ。まるで断じられず、ずるずると作戦が進行している。で、あれば。決めるしかあるまい。覚悟を。そして覚悟を決めると同時に、何故私が君の愛を頑なに拒んでいたか気が付いた。君の愛にまるで同感できなかったからだ。私が私を愛せていなかったからだ。だからな、私は変わるぞ。その覚悟の言葉を今から言う。聞け」
「……はい」
「お前の全てを愛そう、砂漠の女王よ」
――愛の告白だ。