忠義の継承
「やぁ、タカ君」
朝の散歩がてら廊下を歩いていると、アルザと出くわした。
「ジークの部屋なら二階だけど」
「ふふ、そんな事はもう把握してるよ」
そりゃそうか。
「なら俺に用か」
「うん。おそらくだけど、ジーク君と一番仲が良いのは君だろう?」
そう言われ少し考えてみる。
ふむ。そういやジークとはちょいちょい別ゲーでも遊んでたしな。
十傑の中じゃ絡みは多かった方だろう。
「だから君からもっとジークの事を聞いておきたくてね」
「はあ」
なるほど?
「何かないかい? 僕との共通点とか」
何かないかってきかれてもなぁ……
「部屋が汚いとかか?」
「……君に僕の部屋を見せた覚えはないけど」
「研究室めちゃくちゃ散らかってたじゃん。あとモータルが言ってたけどパスワード入力するとこにダニがたかってたとか何とか……」
「わーーーッ! やめろッ! それは研究室だから仕方ないだろッ!」
アルザが耳の先を赤らめ必死になって否定する。
「いや研究室だからこそもっと整えておくべきなんじゃないのか」
「うっ……いやでもアレは半分倉庫みたいなものだったし……」
臭うなァ。汚部屋の臭いがよォ……
「良いじゃねぇか。汚部屋カップル」
「良いワケないだろッ!!」
良くないもなにも事実だしな。
「ならジークの部屋に行って掃除の一つでもしてやったらどうだ」
「うぅん……でもその部屋にある一つ一つがジークの私物なわけでしょ? ちょっと勿体無いな」
「汚部屋の練成も得意なのか」
「なんで君はそう次から次へと嫌味が出てくるんだい?」
そこから更に言葉を重ねようとしたアルザだったが、急に顔色と声音を変えて俺の後ろへと駆けていった。
「ジークー!」
「うわキツ」
寝癖まみれのジークだ。
「ジーク。エルフの唾液には浄化作用があるって言われてるんだ。寝癖なおしてあげようか?」
「やめろ」
ジークがアルザを押さえつけつつ、俺の方を向いた。
なんだよ。
「タカ、ちと相談があってな」
「ん? おう」
「相談ってか報告だな。俺は――忍び寄る刃を、アルザに混ぜようと思ってる」
それは……
数分後。俺達はジークの部屋に到着した。
「足の踏み場は一応あるな」
「そりゃ魔法陣書かなきゃなんないし」
それもそうか。
「おあーーーーッ!?」
アルザが足元の荷物に引っかかり派手に転倒した。
フッ、甘いな。
「汚部屋歩きはオタクの必須スキルだ」
「なんだいそれ!?」
友人の中にだいたい数人くらいは汚部屋持ちがいるからな。自然と慣れるってもんよ。
「うわーっ! ジーク、僕をおぶってくれよ! だいたい君のせいで僕はここまで弱体化してるんだぞぅ!」
「うざ……」
ジークがマジトーンでそうぼやきつつ、がさがさと荷物をどける。
出てきたのは合成の魔法陣だ。
「本当にやるのか?」
俺の問いに、ジークがこくりと頷く。
「忍び寄る刃は影討伐の時のあの一撃が天井だ。アレ以上の攻撃はもう持ってない」
なら将来性のあるアルザに経験値餌として混ぜるって事か。
判断としては正しいように思う。だが……
「良いのか? 初期魔物となりゃ短い付き合いじゃない。あの感じじゃ四六時中一緒に居たように思うが」
「モータルの方が長い付き合いだ。それに――」
ジークの影から騎士のようなヒトガタが浮かび上がる。忍び寄る刃だ。
「こいつも、納得している」
ジークの言葉に、騎士がコクリと頷いた。
……そうか、ならこれ以上の口出しは無粋なだけだな。
「なら、そうだな。混ぜるべきだ」
「ああ」
ふわりと魔法陣が光る。
その片割れに忍び寄る刃が、滑るようにして移動する。
「アルザ」
「……うん」
流石に軽口をたたける場面ではないと悟ったのか、アルザが素直に頷きもう片方の陣の上に立った。
合成が、始まる。
魔法陣の輝きがより強くなり、足元の陣がぐるぐると動き出す。
「んっ、はぁ……っ」
大量の経験値がアルザの中に入り始めたのだろう。
アルザが窮屈そうな声をあげ始める。
「おいジーク、手ぐらい握ってやったらどうだ」
「お前マジふざけんなよ」
そう言いつつ、ジークがアルザに向け手の平を差し出した。
「……」
アルザが苦しげな表情を浮かべつつ、首を横に振る。
「これは、これまでずっとジークの傍に在り続けた者の重みだ。そう簡単に、ジークに頼ってちゃ……面目が立たないだろう?」
「そうか」
ジークの引っ込めた手を未練がましい目で見つめるアルザ。
おい。
「勿体無いことしちゃったかな。えへ」
アルザがガクリと、膝を屈する。
輝きはどんどん強さを増す。
「ああ、そうか。君は――」
アルザが僅かに微笑み、魔法陣が目を開けていられない程の光を発した。
「うお――――ッ!?」
至近距離で見ていたのであろうジークの悲鳴が聞こえた。
直後に転倒音。気絶したのだろう。
やがて、その光も収まっていく。
視界が、チカチカする。
「……どうなった?」
ぼんやりと見えてきたアルザらしき姿に声をかける。
「ああ、成功だよ」
「そりゃ良かった」
「全部分かったんだ」
ん?
「忍び寄る刃。彼が全て教えてくれたよ。彼が見たジークを」
あっ……
「ジーク、君は……そうか……」
そう言うとアルザが、横で気絶しているジークの手を取り、そっと口付けをする。
「ずっと君の傍に。ずっと守ると誓おう」
アルザの微笑みは、いつにも増して、狂信的で、慈愛に満ちていた。
「……」
俺は空気が読める男なので、そっと部屋を出た。
パタン、となるべく音がしないように扉を閉じ、深く溜め息を吐く。
「鬼に金棒、ヤンデレに個人情報、か――」
俺はジークの部屋に向け、そっと手を合わせた。