弱さを心に刻め
「やっと到着か」
見慣れた砂漠が眼前に広がっている。
やっと、とは口にしたが、実際は想定よりも速く帰ることができた。
身体能力が強化されたお陰だろう。
「ただいま、っと」
砂漠に足を踏み入れると同時に、世界が流転する。
気付けば、いつもの会議室に立っていた。
「おや、かなり雑に転移させたのですが、立っていられるのですね。それは素晴らしい」
そう言って砂漠の女王が微笑んだ。
「相変わらずだな」
「ええ。わたくしはいつでもわたくしですわ」
わらわらと他のメンバーもこの部屋に転移してくる。
一部気分が悪そうにしている奴も居たが、その程度で済んでいるということはやはり、影討伐はかなりの成果を得たということだろう。
暫くのざわつき。だが、お代官さんが無言で椅子に座っているのを見て、各々が着席し始める。
全員が席に着くのを見届けてから、お代官さんが口を開いた。
「ふむ。影の討伐ご苦労。成果はしっかり得たようだな」
その言葉に全員がニヤリと笑い、頷いた。
「では、魔王を殺す作戦を立てるとしよう」
お代官さんがゲンドウみたいなポーズのまま、そう言い放った。
一時間後。
会議を終えた俺達は各自、自室へと戻り休養につとめていた。
「いやぁ~、疲れたぁ~」
へなへなとした声を出しつつ、バンシーのお腹にとびこむ。
はー、やわらけぇ……
「あうあう」
頭を撫でられながら、今回立てた作戦について思い返す。
そりゃ、うまくやれば魔王を釣り出せるが……
コンコン。
ドアのノック音に思考が遮られる。
「誰だ?」
「私だよ、お兄ちゃん」
薫か。
説教されそう。
俺はごくりと唾をのみ、覚悟を決めてから言った。
「いやちゃうんすよ」
「……何を勘違いしてるか知らないけど、怒ったりしないから」
「ほんとに?」
「そんなに怒って欲しいならみっちり説教するけど」
「いやぁ、勘弁だわ」
俺は重い身を引き摺るようにしてドアを開けた。
「う、なんか変な臭いする」
「は? さっき風呂入ったばっかだけど」
「血の臭いか何かが染み付いてない? もうそのシャツ着ない方が良いよ」
「えぇー……」
割とお気に入りなんだけどな……
「ハァ、まぁいいや。シャノンに顔見せといてよ」
「了解」
「拾うだけ拾って育てない癖にやたら懐かれるのほんとむかつく」
「……悪い」
チクリと小言を言われてしまった。
いやほんとに申し訳ない。
「じゃ、私は父さんと母さんに報告してくるから」
「え? ちょっと待て。どういう、どういう報告だよオイ」
「元気にやってるよって言うだけ」
「本当に? 本当にそうなんだな? 信じていいんだよな?」
「しつこいなぁ。はやくシャノンのとこ行きなよ。多分自分の部屋に居るから」
しっしっと手で払われる。
くっ、段々俺を扱い慣れてきてる感がある。
今日のところは引いてやるが、今度は俺の厄介さにはもう一つ上のギアがあることを教えてやるからな。
俺はそんな負け惜しみを心の中だけで吐きながら、シャノンがいるであろう部屋に向かった。
「入るぞー」
ノックも無しにドアを開ける。
見れば、椅子に座ったままのシャノンが目を丸くしてこちらを見ていた。
「た、タカ……」
「よお」
いざ来たは良いが、何を言えばいいのやら。
「タカはさ」
「あぁ?」
「この領域の人達のこと、どう思ってるの?」
……
「死んだら明日の寝覚めが悪いかな、とは」
「……そっか」
嘘をつこうと思えばつけた。
ただ、どうにも正直に言うべきだと感じた。
「タカは、さ。もしモータルじゃなくて俺でも、同じ事をした?」
「誰にそこまで聞いた?」
「……砂漠の女王」
はぁ? あいついったい何の為にそんな……
「俺がしつこくお代官さんに付き纏って聞こうとしたら、教えてくれた」
ああ、アイツ、そういう奴だったな。
ガキだから知られても別にいい、もし言いふらすようなら処理してしまおう。そんな考えだったに違いない。
お代官さんにしつこく付き纏った時点で殺していないのがせめてもの温情だろう。
「で、どうなの」
「同じことをする」
俺は断言した。
「……あんまり、嬉しくはない、かな」
「だろうな」
シャノンは俺よりも領域の人達と密に接している。
俺が犠牲にしてもいいと思っている人間の中には、シャノンにとって大切な人間も入ってるだろう。
「モータルも、もし知ったら同じ気持ちになるよ」
「分かってるよ」
分かってるから嘘をついた。
「なら、なんで」
ああ。言わなきゃならないのか。
子供の夢を一つ、崩すことになる。非常に憂鬱だ。
でも、言わなきゃならない。だって俺は――
「俺は、俺が。無敵のヒーローなんかじゃないからだ。泣けてくるぐらいに弱いからだ」
「そ、そんなこと」
「そんなことあるんだよ。俺はな、必死に駆け回って、大量の人間を賭け金にしてようやく、大切な友達の一人を助けられる可能性があるってとこまで漕ぎ着けたんだよ」
話していて声が震えてくる。クソッ、みっともねぇぞ俺。
もっと感情を抑えろ。
「……泣けてくるだろ? こんだけ必死になって、やっと可能性の端っこを掴んだだけなんだよ。相手の気分次第で、あっさり途絶えるような、そんなか細い道だ」
シャノンが俺に何か言おうとする。
それを阻むようにして言葉を続けた。
「俺みたいな弱者がな。大切なモノ守りたいなんて大層な夢掲げるにはそのくらいしなきゃいけないんだよ」
吐く息が熱い。
シャノンまで泣きそうな顔だ。
ふざけんな、てめぇが聞いたんだからな。
「俺は、弱いから。何かを守るなら他の大多数を捨てなきゃならないんだよ」
「タカは、強いじゃんか」
「それなりにな。自分を守るには十分で、他者を守るにはあまりにも足りない」
シャノンの両肩を掴む。
「目を逸らすな。俺達が今からやる戦いはな。情けなくて、みっともねぇ、得られる物が無いかもしれない戦いで、皆にとって最も身近な戦いだよ。お前が何かを守りたくなったなら、コレをやらざるを得ない」
虚勢で蓋をしていた感情が溢れる。吐き気がしてきた。
クソが。
少しは強くなったと思ったらコレだ。
鼻を伸ばす暇がねぇ。
「……」
シャノンは何も言えずに下唇を噛みしめた。
言い過ぎただろうか。
感情を剥き出しにし過ぎた。ガキ相手に。
「……ッ」
一瞬頭を撫でようとして、止める。
俺はこれ以上何を言えば分からなくなり、そのまま部屋を出た。
ドアを閉じる時、微かに聞こえた嗚咽。
最悪の気分だった。




