影を追え side:紅羽班
『ジーク班が右肩から左腰にかけて傷を負わせた。次に遭遇した者はその傷があることを念頭におき攻撃をせよ』
城内にオークエンペラーの声が響く。
「ほう、いきなり手傷を負わせた者がいるとはな!」
背後にいたレオノラが豪快に笑う。
「……」
「む。どうした」
「いや、一回殺し合った奴と共同戦線張ってると思うと何つーか……」
不思議な気分だ。
レオノラが豚鼻を鳴らし笑う。
「そうか? 私としては長い間タカの中からお前達を見ていたからな。すっかり仲間になった気分だが?」
「だが? って言われても困るっつの。あたし的にはまだ信用できてないし」
「それにしてもお前の連れているミノタウロスは非常に魅力的なオスだな! ……ふむ。そう感じるのはやはり私がオークになったからだろうか?」
「知らねーよ」
チラリとミノタウロスの方を見ると照れたように頭を掻いていた。
「……はぁあー……」
外れクジ……とは一概に言えないのが悔しいところだ。
レオノラはかなり強い。影に有効な物理的攻撃手段も多い。
それに魔法攻撃がかなり効き難いと思われる影の討伐戦においてあたしは大した戦力にならない。
だからせめてレオノラのような強者と組まなければ足止めすらかなわない。そう判断しての編成だろう。
「そう落ち込むな。異世界の戦士よ」
「あたしは戦士じゃなくて魔法使いだっての」
「そういうことではなく、私は矜持の話をしている」
「ああ、そう」
どうでもいい。
落ち込んではいるが、そう深刻に思い悩んでいるわけではない。
自分のジョブやスキル構成は偏りが強い。局所的にしか刺さらないのはとっくの前から知っている。
あたしはあたしに出来ることを全力でやるのみだ。
「……やはり、仲間の魂に寄生していたのが不愉快だったか?」
「は? あー、いやそれに関しては不愉快どころかむしろちょっとウケるけど」
「そうなのか……」
いやだってあんだけヤンデレネタでお代官さんイジってたタカがずっとイカれた女に寄生されたとかウケるでしょ。
この件が片付いた後に掲示板で散々煽られるであろうタカを想像し口元を緩ませる。
「あー、その、」
「さっきから何!?」
あたしが立ち止まってキッと睨むと、レオノラが目を泳がせ口をパクパクさせた。
「いや、うむ」
「んな集中力じゃ殺せるのも殺せないっての」
「集中していないわけではないが」
「じゃあ何」
レオノラが何も言ってこないので巡回を再開する。
そのまま暫くの間無言で歩いていたが、やがてレオノラが口を開いた。
「同性の同僚というものが久々でな」
そういえば異世界の人間の国軍にいたんだったか。
そんなことを思い出しながら、チラリと視線を送り話の続きを促す。
「あー……。アレだ。私と友にならないか? 異世界の戦士、紅羽よ」
その言葉をきいた瞬間、驚きでつんのめって転びそうになった。
「は、はぁ!? いや、なんだそれ!?」
人の魂に寄生するのは大丈夫で同性の友達作るのにあんだけもごもごするってどういう思考回路!?
「して、答えは」
レオノラが真剣な顔でこちらに詰め寄る。
……うぅん。
「別にいいけど……」
「そうかッ!」
いきなり肩を組もうとしてきたので軽めの火竜砲をお見舞いした。
あれから数十分。
特に誰と会うでもなく同じような通路をひたすら巡回していた。
「疲れた」
「ふむ。では少し腰掛けて休憩するとしようか」
「それっていいの?」
「各区画に一班いることに意味があるのであってやたら動き回ることに意味は無いだろう。気まぐれで立ち止まってみるのもまた有効な手となるかもしれない」
「そっか」
そう言われ、近くの壁を背もたれにして座る。
暫くキョロキョロと周囲を見ていたレオノラも、それに続いた。
ギィン。
甲高い金属音が聞こえたときにはレオノラが槍を抜いていた。
「ひゃあ! 流石聖女サマ!」
「影ぇ……久しぶりだなァ!」
「……影ッ!」
レオノラが次々と繰り出す槍技を交わし、受け流していく影。
ミノタウロスは加勢のタイミングが分からないのか後ろの方でおろおろとするばかりだ。
それはあたしも同じだった。
「チッ」
「ふははははッ! 紅羽ッ! 気にすることはないッ! 私は今こんなにも楽しいからなッ!」
理由になってない。
「いや~、休憩しようとするその瞬間なら隙が出ると思ったんだけどなぁ!」
「たわけが! 私さえ殺せば転移阻害の兵を供給できないッ! なら真っ先に狙うは私であろうことは明白! 警戒を緩めるはずがあるかッ!」
影が槍をかわしつつニヤリと笑う。
「そうみたいだねぇ。こりゃ兵を壊しまくってリソース切れ狙うしかないかな~?」
「リソースが切れることはない。諦めて投降するんだなッ」
レオノラはひたすらに追撃を繰り返している。
素人でも分かるほどに見事な技だ。影が逃げようとしようものなら必ず手痛い一撃を与えることになるだろう。
「……それ嘘、だね。実際あと何体出せるんだい?」
「言ってろッ!」
「あと7体あたりが限界でしょ」
「ッ!?」
レオノラの槍が一瞬乱れる。
そして、そうなることを予想していた紅羽は、その会話が行われる直前に既に手をうっていた。
「火竜砲」
レオノラの背中に向けて魔法を射出していたのだ。
「……ははははッ」
レオノラがそれを間一髪回避。
火竜砲はそのまま影の顔面に直撃する。
「ぶッ!?」
「死ねッ!」
影の傷をえぐる、渾身の突き。
ギャリギャリと金属を引き裂くような音が廊下に響いた。
「ぐぅアアアアアアァァアアアッッッ!!!」
影は獣のような雄叫びをあげ吹き飛ばされる。
「む、しまったッ」
レオノラが慌てて影を追うが、転移阻害の効果外まで出てしまったらしく既に姿は無かった。
「くっ……あと少しだったんだが」
そう言い悔恨の表情を見せるレオノラ。
それに後から追いついてきた紅羽が声をかけた。
「いい勘してるじゃん。逃がしちゃったけど」
フレンドリーファイアすれすれの行動の後とは思えない軽さ。
その言葉をきいたレオノラは薄く笑みを浮かべて言った。
「……恐ろしい女だ」
「いやお前にだけには言われたくねぇッ!」
もう一度射出した火竜砲は、あっさりと避けられた。