影を追う者達
長い沈黙があった。
悩んでいたのか、感動していたのか。
両方かもしれない。
時間にしてみれば数分。
数分の後に、オークエンペラーは口を開いた。
『我に、どうして欲しいというのだ。言ってみよ』
「フン。それは私ではなくタカが答えるべきだろう」
「えっ急に俺?」
レオノラがこくりと頷く。
俺か。
「あー、そうだな。ほっぴー、どうする」
「ふざけんなてめぇが持って帰った寄生虫だろうが。最後までちゃんと面倒見ろ」
「む。私を寄生虫扱いとは酷い言い草だな」
いやお前は寄生虫だろ。
……クソ。時折、脳裏に妙な魔法陣の設計がよぎったのはコイツが俺の魂にくっついてたからか。
いやなんかおかしいなとは思ってたけど。実害はないし他に用事てんこもりだしで放置してた。
俺は数ヶ月の間、とんでもねぇイカれ女と魂レベルで同棲してたってワケか。というか砂漠の女王はこれに気付けたんじゃないのか。なんで止めないんだよ。
『タカよ。返答はまだか』
「うっせぇな。裏切ろうとしてた分際で急かすんじゃねぇ」
『切り替えがえぐいな……あと、我は裏切ろうとしていたわけではない』
嘘をつくな。
『騙そうとはした。そこは認める。だが断じて裏切りではない』
「なんだその意味分かんねぇ言い訳」
『そう思われるのは承知の上だが……うぅむ。しかし、本当にそうなのだからそれ以外に言い様がないのだ』
コイツの言葉は一旦スルーするとして。
さて、どうするか。
俺達は影を殺して力を得なきゃならん。
影を殺すには今オークエンペラーがやっているように閉じ込めるのが絶対条件だ。
そして今回のチャンスを逃せば影はより警戒し閉じ込められぬように動くだろう。
と、なると。方法は限られる。
あまり取りたくはない方法だが、やるしかない。
「おい。オークエンペラー。俺達がそっちに入ることは可能か」
「タカ、お前……ッ」
「そうするのが一番早いだろ」
中で捕縛されれば終わりだが、その場合は影が俺達に協力する側に回るだろう。
そうなればなかなかに厄介な事になるってのはオークエンペラーだって理解してるはずだ。
それにレオノラ曰く、俺とレオノラの生き死には連動してる。これは俺が常にレオノラを人質として握っているということを意味している。
「さて、今度はそちらの返答を」
『……可能だが、流石の害獣もこの機を逃すとは思えん。逃がしてしまうぞ』
「チッ、確かにそうか」
まいったな。どうする……?
「ふむ。ではこちらにも壁を用意しよう」
レオノラの纏った鎧の隙間からぬるりとこれまた見覚えのある白い人型が出てくる。
それも複数体。
「……おいおい」
この声はほっぴーだろうか。
だが思わずそう声を出すのも仕方がないだろう。だって――
レオノラの出した白い人型は、どことなく砂漠の女王に似ていたのだから。
「てめぇ、どこからそんなものを」
「またぐらからだが……」
「そういう事じゃねぇよッ!!! どうやって生成したかってきいてんの!」
最高に要らん情報投げやがって! 夢に出るわクソが!
「そういう事か。領域内部の建材を削ったり、砂漠の女王の抜け毛やらを拾ったりして摂取した」
「俺の身体で!?」
「そうなる」
俺の身体で夜な夜なそんなことしてたの!?
完全にキチガイじゃねぇか!!!!
「タカ、シロアリ説」
「殺すぞ」
ジークに短剣の切っ先をビッと向け黙らせる。
「……で? そんなもんで何とかなるのかよ」
「む? まぁ転移阻害を振りまく量産型の兵ならば作れた」
というか完全にアレだな。
砂漠の女王はコイツの存在に気付いてたに違いない。抜け毛なんかもわざとだろう。
何故放っておいたのか、という疑問が残るが。
「じゃあ物理的な阻害はどうする。アイツはかなりの逃げ足だぞ」
「それは単純に……」
レオノラから、今度は先ほどよりシンプルな型の兵が産まれてくる。
「量でカバー、この手に限るだろう」
「その手しか知らないんだろクソ聖女。まぁいい。最低限のラインは確保したと思うが、オークエンペラー的にはどうなんだ?」
『ふむ。それでも逃げられる可能性はあるぞ。構わないのか?』
「また博打か」
生きてるとこんなのばっかで嫌になる。
でもやるしかねぇ。
『ではそちらの合図で開ける。掛け声は3、2、1、0、だ。0を言ったと同時に目の前の壁に向かって走れ』
俺がコクリと頷き、チラリと後ろを確認する。
皆も頷いた。
よし。
じりじりと壁に寄っていく。
さぁ、カウント開始だ。
「3」
なんなら飛び出してきた影をひっ捕まえてぶっ殺すという手段もある。
「2」
いずれにせよ、早く終わらせないと。
「1……ゼロッ!」
目の前の壁から急に感触が消え、身体がすり抜けていく。
暗い空間に自分の姿だけがハッキリ見える。そんな異様な空間に移る。
「んだよここ……ッ」
他の皆はついてこれているのか?
そんな事を考えている間に、周囲の景色が切り替わった。
「うっひゃあ。予想以上に隙の無い移動でびっくり」
聞き慣れたムカつく声。
俺は考えるよりも先に短剣を振るった。
「うわ!? そんなあっさり死ぬのは嫌だなぁ、せっかくボクの光がやってきてくれたからもっとじっくり調理されたい」
「殺すッ」
背後からいくつもの殺気と攻撃が俺を避けつつ……いや、数発ほど俺ごといってやろうという勢いで飛来する。
影はそれらを器用に避けると、すうっと姿を消した。
クソッ、逃げられた。
薄々予想していた通り、ここに閉じ込めてるってだけでここの内部に限るなら転移できるのか。かなり厄介だな。
俺は火球がカスっていった箇所をさすりながら叫んだ。
「おい普通に転移されたぞッ! 阻害はどうなってんだレオノラッ!」
「すまんが私のあの兵は全て壁の外だ」
……そうか、そういう作戦だったもんな。
「じゃあもう一回生成できるか!?」
「可能だ」
レオノラから再び、砂漠の女王型の兵が溢れる。
「よし、追うぞ」
『まぁ待て。十傑とオークエンプレスよ』
領域に響く、オークエンペラーの声。
「なんだよ」
『その転移阻害があるのなら複数チームに分けて探す方が効率が良く、かつあの害獣を消耗させられる』
「……」
『どうだろうか』
ヤツはまだピンピンしてた。
確かにしばらくは複数チームで回った方が良いかもしれないな。
「おいほっぴー」
「あん?」
「どう思う」
「有りだな。班分けやろうぜ」
「分かった。お前らは?」
他の十傑からは特に異論は出ない。
……じゃあ班分け、やるか。
「影の野郎、待ってろよ。地獄の鬼ごっこの始まりだ」
俺は空に向けそう吼えた。
「地獄なのは俺らにとってもじゃね? 痛っ」
俺は余計なことを言ったガッテンの足を思いっきり踏んだ。