闇鍋
「じゃあ、いくぞ」
ジークが天の石を一つ手に持ち、掲げる。
「まずは一発目」
バキッと音をたて石が砕かれる。
部屋が光で満たされた。
「ガウ」
コボルトメイジ。
平常時であればそれなりに喜んでいたかもしれない、が……
「クソッ」
ジークが忌々しげに悪態をつく。
「おい魔女、お前からの補助は何かないのか」
魔女が可愛らしい動作で首を傾げる。
「なんで? 確かに、隷属付きの受肉をしてくれると、楽。でも私はどっちでも構わな――」
「分かったよ。そうだったな。そう言うだろうよ」
ジークが歯噛みしつつ次の石を握る。
「二発目」
ビカッと石が光り、魔物が現れる。
……ザントマン。
「タカてめぇピースすんの今すぐやめないと指をへし折るぞ」
「すまん、身体に染みついててな」
はぁ、と息をはく。
ジークが震える手で三つ目の石に手を伸ばす。
「おい、待てジーク」
「んだよ」
返したその声は震えていた。
「……今のお前じゃ引けねぇよ。ちと俺に一回やらせてみろ」
「はぁ?」
「今なら引ける気がするんだ」
「……チッ、一回だけだからな」
ジークが天の石をタカに投げてよこす。
「俺の運命力ってやつを見せてやるよ」
タカの手にぐっと力が入る。
やがて石にいくつか亀裂が入り――
部屋が、先ほどとは一線を画した光で満たされた。
「……おいおい」
絶句するジーク。
「ふははは! ようやく俺のガチャ確率が収束したっつーこったな!」
勝ち誇ったように笑うタカ。
そして、光は収まり、中心に一人の人物を残した。
「ふぉっふぉ。まさかこうしてまた生き返るとは。我輩は蝙蝠屋敷の……ぐべぇあ!?」
タカの強烈な蹴りが蝙蝠屋敷の主のスネに突き刺さった。
「まぁタカだしそんな事だろうとは思ってたよ」
あれから数分後、ようやく落ち着いたタカにジークが言葉をかける。
「くっ……つーかどうすりゃいいんだこの二体目のおっさんは」
「むむ? 二体目、とは?」
「うっせーな。ゴブリンに食わせるぞてめぇ」
「!?」
タカに脅され黙りこむおっさん。
「……そういやアルザが殺したんだったか。ならこいつの排出率も上がってておかしくはない、か」
ジークが渋面を浮かべる。
「どうする。あと四つしかねぇ」
「引くしかねぇだろ? 残りはお前がやれよ」
「……分かった」
残る石の内一つを掴む。
「おい、いいのかそれで」
「はあ?」
「こう、掴んだり離したりして乱数調整、みたいな」
「本気で言ってる?」
ジークが呆れつつも、手に持った石を机に戻し、次は別の石を掴んだ。
「じゃあ、とりあえず四発目な」
少し緊張の色が抜けた様子で、ジークが石を持つ手に力を入れる。
石にヒビが入り、あっという間に砕け――
部屋が、先ほどと同じぐらいの光で満たされた。
「おい! おっさんてめぇ!」
タカが反射で怒鳴り声をあげる。
「えぇ!? 我輩は何もしていませんぞ!?」
「んふっ」
シュウトの押し殺したような笑いの後。
光が、収束した。
「――困るなぁ。こんな酷いことをされるなんて思ってもみなかった」
ポカンとして固まるタカとジーク。
それに反して、蝙蝠屋敷の主の動きは早かった。
ガキィンと金属音が響き、遅れて状況を把握したタカが言葉を発した。
「やめろおっさん! 何やってんだッ!」
「主殿。やつは悪逆の化身ですぞ。忘れもしない、我輩ごと、我輩の屋敷は崩れ、焼け落ちた……!」
「ふふ、君が弱いくせに生意気だったからいけないんだよ?」
「アルザも煽るんじゃねぇよ!」
ジークとタカに止められ、渋々といった様子で両者が武器を下ろす。
「うん。じゃあ。私の話に、戻っていいかな?」
一瞬の空白に差し込むようにして魔女の声が響いた。
「……どうぞ」
蝙蝠屋敷の主はタカの隣に。
アルザはジークの隣に座る。
「良かった。アルザ君が、こっちの手駒になって。これで魔王を殺しやすくなった、ね?」
「おや、僕をスパイとして使う気かい?」
「うん」
「それは無理だろう。魔王を甘く見すぎじゃないかい? 僕が以前とは違うって必ず気付くはずだ」
「それも知ってる。だからね、えいっ」
可愛らしい掛け声と共に、魔女がアルザに向け手をかざす。
瞬間、アルザが唸り声をあげつつ倒れこんだ。
「うぅぐッ、ああァッ!」
「てめっ……クソ! 何となく察しはついたけどよ、せめてやる前にもうちょっと何かあるだろ!」
タカが抗議するが魔女は涼しい顔で説明を続けた。
「うん。アルザ君に、見せかけの呪いをくっつけた。魔王には。こう説明してね? この弱体化の呪いが、人質代わり、って」
「がはッ、はーッ、はーッ……はは、見せかけ? これで?」
「見せかけ。だから、つらいのは、さっきの一瞬だけだった。でしょ?」
アルザがジークによりかかりつつ、力なく笑った。
「さて。じゃあもうお話は終わり、だよね? 帰りも狼を呼んであるから。はやく帰って影を殺すといいよ?」
そこまで言うと、魔女が席を立つ。
そしてタカ達に一瞥もくれず、奥の扉を開け、別の部屋へと姿を消した。
「……帰るか」
タカがそう呟き、立ち上がる。
「そうだな」
ジークもそれに続いて立ち上がり、アルザ、蝙蝠屋敷の主もそれにならった。
「狼を二匹手配するぐらいには気が利くらしいな」
洋館を出たタカ達を待っていたのは、行きに乗った狼とは幾分サイズの小さい狼二匹だった。
「じゃあ右の狼に俺とおっさん、左の狼にジークとアルザで」
「構わないけど、ジーク君。出来れば僕の話を聞いてくれないかい?」
「え? 狼乗りながらじゃダメか?」
「僕は構わないけど、君がびっくりして狼の背から落っこちちゃうかもしれないからね」
不穏な臭いを感じ取り、ジークの顔が歪む。
「……じゃあ、どうぞ」
「うん。あのさぁ、良くも僕が死んでまで守ったプライドをズタズタにしてくれたよね」
ジークが怯んだように黙り込む。
「…………悪い」
「いやいや? まぁ君達のやったことの良し悪しを語るつもりはないよ? 不毛だからね」
そこでアルザは言葉を止める。
「でも、ね。これだけは分かっていて欲しいんだ。君は僕の内側をずたずたに引き裂いて……それでできた隙間や傷口に忠誠心を注ぎ込んだんだ」
アルザの声がどんどん艶っぽさを増す。
近寄ってこられたジークがよろける。
アルザはその肩をがっしりと掴んで、言った。
「僕はもう君しか寄りかかるものがない。分かるかな?――この手を振りほどけると思わないことだよ。どんな状況でも。覚悟してね?」
「あ、ああ、分かった」
ジークが気圧され頷くと、アルザが満足げに微笑んだ。