インテリジェンス交渉術
ザッ、ザッ。
自分の足音とそれに合わせて動く景色。
そのくらいの認識しかできなくなるぐらいには歩き飽きた頃、ようやく砂漠が姿を現した。
「……おお」
「インテリジェンス……ッ!素晴らしい!なんという完成度の領域!」
横にいるオクテリがぎゃあぎゃあ騒ぎ始める。
「うるせぇぞオクテリ。今からどうなるか分かってるんだろうな?」
「ふむ?拘束、後に――和解。そうでしょう?」
「……まぁそうするつもりだが」
そこまで自信満々に言い切れるとはな。俺は正直不安だぞ。
いや、もしかすると俺に黙ってるだけで何か秘策を持ってるのかもしれん。
「どうしました?」
「いや。何でもない。さっさと領域に入っちまおう」
「了承」
互いに頷き合い、砂漠へと一歩を踏み出した。
「――お待ちしておりました」
俺とオクテリの前に突如として現れた砂漠の女王は、ニコリと微笑むと砂中から鎖を出現させながら言った。
「歓迎しますわ」
砂塵と鎖が舞った。
「拘束方法がホラーすぎない?殺されるかと思ったんだけど」
俺は鎖を巻きつけられた身を数度よじりながら砂漠の女王含む9人に抗議した。
「妙な真似をされると困りますので」
「そういうことだタカ君、すまないね……さて、君がオークドルイドかな?」
申し訳無さそうな表情を浮かべたお代官さんが一転し厳しい目つきに変わる。
「オークインテリジェンスとお呼び下さい」
「呼ばん」
「そうですか……」
オクテリのふざけた物言いに頬をひくつかせつつもお代官さんが続ける。
「さて、と。今回の行動の意図についてきこうか」
「和解、それ一点です」
お代官さんが目を細める。
その隙にオクテリが言葉を続ける。
「後ろの方々はこの領域を管理する中でも要となっているメンバー、ですかね」
「あぁ?コラ」
すかさずほっぴーが威嚇する。
「隈がすごいじゃないですか。よほどここの管理が忙しいのでしょう」
「忙しいのは今だけだ。もう少しすりゃまだ状況が落ち着いてくる予定だ……まぁてめぇらがいる限り落ち着けはしねぇけどな!」
殺意高ぇなコイツ。
「おぉっと、ノットインテリジェンス。それは認識違いですよ」
「オークだけドロドロに溶かす化学物質とかねぇのかな」
「ほっぴー君、落ち着きなさい」
そうだぞ。ビーインテリジェンス。
「……クソッ」
お代官さんに制され渋々といった様子でほっぴーが下がる。
「で?認識違いとは?」
「それを語るのは、この領域外の管理についての見解を教えていただいてからになります」
オクテリの発言の意図を半ば察したのかお代官さんの表情が一気に険しくなる。
「悪いが我々が侵略者に領土をやることなどありえん」
「いえ違いますとも。レンタル料を払うので土地を貸して頂きたいのです」
「……そんな事をしてこちらに何の利がある?そもそも何を用いてレンタル料を払うつもりなのかね?」
そうたずねられたオクテリの顔に笑みが浮かんだ。
「まず、我々が管理することで放棄された土地に他の国の人間や妙なモノが住み着くのを防げます。そしてレンタル料ですが、指定された場所に指定された量の兵力を派遣する……つまりは兵力による支払いでどうでしょう。ああ勿論、これ以上許可なく軍備を拡大することはありませんよ?」
「派遣させた場所の兵力を撤退させずそのまま領土化されかねん提案だな」
「そのような事はしません」
背後のほっぴーが鼻で笑う。
「口じゃどうとでも言えるんだよなぁ」
ガラが悪すぎる。
「そうまでして気になるのであれば異世界にでも派遣し魔物を狩らせれば良いではないですか」
「んな事して何の意味があるんだよ?」
そこでオクテリがぐっと首を傾け、宝石のついたネックレスを露出させた。
「こういうの、欲しいんじゃないですか?」
ネックレスを見たお代官さんが訝しげな目でそれを見つめる。
「なんだそれは」
「いや、お代官さんこれは……」
「分かりますか?……魔石ですよ。これはまだ我が王がオークジェネラルだった頃に討伐したヴァンパイアの魔石です。ひとまずの前払いとしてお受けください」
レンタル、そして魔石での支払い……俺は全然聞かされてないぞ。
「おっとマイソウルメイト。事前に言わなかったのが不服、といった表情ですね。ですが考えて欲しい。もし教えれば貴方は掲示板で彼らに教えたでしょう?」
「ああ、そうだが」
「それじゃあダメなんですよ。これは信用や誠意が物を言う。掲示板で伝えられただけでは一蹴されていたであろうことは想像に難くない」
そこでオクテリが一度息継ぎをする。
「こうやって直接赴き、魔石の実物を見せて説得することに意味があったのです」
「それを今ここで言って良いのか?」
「これも誠意を示すことに繋がります。事実、今は気持ちが揺れているでしょう?」
そうなのか?
俺がお代官さん達に目線を向けると、バツが悪そうに目を逸らされた。
「おい」
「いや、タカ君。魔石は魔術燃料としての有用性もあるのだよ」
「……必要なのか?」
「必要か不要かであれば、不要だ。しかし生活の質が変わる。それに今やってる仕事の内いくつかが魔石の投入でかなり楽になる」
「それ必要ってことだろ」
お代官さんがうぅむと唸り眉をひそめる。
「いかがですか皆様。インテリジェンスな提案でしょう?」
「……少し待て。魔王軍との同盟もある。そちらとも話をつけたい」
「いえいえ、今お決めになる方がよろしいかと。魔王軍と同盟?ふむ……しかし魔石などの援助も何もない時点で名ばかりなのは明らかでしょう?」
「魔石はあちらも入り用だそうでな。事が済めば貿易は考えると言っている」
「貿易、貿易ですか……いくらふっかけられるか分かったものではないですよ?第一、通貨も共通していないでしょうに。しかし、我々ならより話は簡単だ。貿易ではなく、献上。献上ですよ?」
レンタル料からしれっとより耳触りの良い言い方に変えてやがる。
俺もよく使う手だ。
「くぅ、しかし……うぅむ……」
悩むお代官さん。
その肩にポンと手が置かれた。
「……ほっぴー君、どうかしたのかね」
「まだお前らの城に囚われてる人間がいるだろう。その処遇はどうする気だ」
「言ったではないですか。許可なく戦力の拡大はしないと」
「……返してくれるってことか?」
「ええ」
それを聞いたほっぴーが溜め息を吐きつつ目をつむる。
やがてふんぎりを着かせるように顔を数度振ると目を開き、言った。
「悔しいが魅力的な提案だ。お代官さん、この提案……のもう」
「……そうだな」
その言葉をうけたオクテリがパッと表情を明るくさせる。
「素晴らしい!その決断、決して後悔させません!我がインテリジェンスに誓って!」
しゅるりと鎖の拘束が外れる。
「砂漠の女王、良いのか?」
「ええ。他ならぬお代官様の選んだ道です」
そうか。
「ではさっそく私は城に戻り王に報告してきます」
「まぁ落ち着けよオクテリ。半日ぐらい休んだってオークエンペラーもとがめやしない」
「うぅむ、ですが……」
「スマブラとかあるけど」
「マジ?超インテリジェンス。お言葉に甘えましょう」
提案しといて言うのもアレだがスマブラ知ってたのか……