襲撃者か来訪者か
「正式な名付けではなかったのですね」
「ああ。便宜上つけた名前だ」
ようやく落ち着いた様子のおっさん。
おっさんが言うには名付けというのは本来儀式を要するモノらしい。
そういやゲーム時代じゃ課金要素の一つだったしな。流石にその場の勢いだけでやれることじゃねぇか。
と、まぁ、名付けについてはこの辺にしておくとして。
「これからどうする?」
「主殿にお任せします」
そう言われてもな。
ヤワタの領域破壊の能力を何とかするにしても、方法に関してまるで見当がつかん。
「アルザに聞くべきか?……いや、領域内でそれが分かるような奴が居れば、砂漠の女王かお代官さんが既に教えてくれてるか」
一応後で掲示板使って確認は取るが、まぁ、有益な情報は期待できねぇだろうな。
「ふむ……やはり本人に聞くのが一番では」
「それもそうか」
やるじゃねぇかおっさん。確かにその手があったな。
「領域破壊?」
「ああ。お前に備わってる力のことだ」
「よくわかんない」
力の自覚から始めなきゃならん、か……
「そうか……」
自覚する為には何が必要だ?
……領域、だな。それは分かってる。
だがそれは俺らじゃ用意できない。
「そもそも領域破壊つったって原理もよく分かってねぇってのに」
情報が無い。
いつものことだ。
さて、どうするか……
「タカー、戻ったよー」
「お、おつかれ」
モータルが部屋に入るなり全身血塗れの状態で部屋の椅子に座った。おい。
「身体なんとかしろ」
「あー、そっか」
そっか、じゃねぇよ。
……たしかオークの巣に行ってきたんだったな。
一時間ちょっとしか経ってないだろうにもう潰したのか。
「オークの巣に何かめぼしい物は?」
「いや、巣じゃなかった。移動の最中の仮宿だったみたい」
仮宿?オークが?
「そりゃどういう事だ。移動ってどこに向けての移動だ」
「一匹、オークジェネラルが居たんだけど、そいつがオークエンペラーの元へ、とか何とか言ってて。それ以上は殺しちゃったからよく分かんないや」
オークエンペラー?
「オークキングじゃなく?」
「うん」
ふむ。
「オークキングでレイドボスなんだからそいつも当然レイドボス、だよな?」
「え?さぁ、知らない。そもそもここはもうゲームじゃないんだからそのくくりは意味無いんじゃ」
ああ、そうだな。
十傑以外はな。
「忘れたかよ、俺らはレイドボスを倒せば初回のみとはいえ石が貰える――ガチャれるんだよ」
モータルは普通に嫌そうな顔をした。
「ギャンブルはよくないよ。ねぇタカ」
「だーっ、もう!分かったって!分かってるっての!」
あれから10数分後。ねぐらとしていた空き家を発った俺達は、オークエンペラーなる魔物を探しつつ、京都にある鳩貴族さんが元いた避難所へと向かっていた。
「普通の人は徒党組んでもオークキングですらキツいだろうに、その上位個体っぽいオークエンペラーなんて野放しにしておけないだろ」
「タカは建前作成EXってほっぴーが言ってた」
余計なこと吹き込みやがって……
「じゃあ俺の建前を否定できるのか?」
「ううん」
「ならいいじゃねぇか。本音である必要はない。善か偽善かはその行動の受け手が決めるんだぜ」
オークエンペラーの討伐で助かる人がいる。いくら下心があろうがそこは揺るがん。
……しっかし、久々のガチャともなると流石に心が踊っちまうな。げへへ。
「誰か今すぐガチャを引かせてくれ。今なら都合よく騎乗できる系の魔物が当たりそうなんだ」
「主殿。吾輩がおんぶ致します」
「勘弁してくれ」
歩き始めてからかれこれ数時間。人が去り、魔物が暴れ、荒廃しきった街は、最初こそ新鮮である種幻想的な風景であったが……
「流石に気が滅入ってきたぞ」
廃墟マニアなら終始興奮できたのかもしれないが、そうではない俺には少し苦しい。
自らの強化された肉体をもってすればチャリンコぐらいの速度で京都まで進み続けることぐらいは可能だろうが、疲労がえげつなさそうなのでやりたくない。
アレだ、マラソンの何がしんどいって精神的スタミナの枯渇じゃん?
いっくら身体能力上がったって精神は強化されちゃいないんだ。学校の行事ですらしんどかったというのに京都までマラソンなんて精神が断裂する。
「そう考えるとマラソン選手ってやべぇな……」
「急にどうしたの」
「いや、ちょっとばかし畏敬の念が」
モータルはふーん、と興味なさげに返した後、ふいと正面に向き直り淡々と歩みを続けた。
お前もすげぇよな。精神的スタミナに強壮薬でも盛ってんの?
ぶつくさ言いつつも足はせっせと動かし続け、気付けば西日が差し始めていた。
「そろそろ宿代わりの空き家見つけねぇとな」
「主殿、我輩が探してきます」
「お、頼めるか。じゃあよろしく」
「御意に」
さて、と。ふかふかとは言わずともそれなりにクッションの反発力が生きてるベッドかソファに寝たいもんだな……
あと丸四日、いや五日は歩かないといけないわけだし、休めるときはなるべくストレスフリーな環境で――
「ぐぉおおおおあああああ!!?」
思わず耳を押さえてしまうほどの爆音、それと同時におっさんが悲鳴をあげつつ俺のいる方向まで吹っ飛んできた。
こっちが処理落ちするまでトラブル畳み掛けてくるのはやめろォ!
「クソッ!敵だ!構えろ!……モータル!」
「なに!?」
「出来れば生きたまま捕獲で!」
「了解!」
その会話の間に煙が晴れ、敵の姿があらわになる。
見えたのは、人影。そして……人とはあまりに違い過ぎる……鱗。
「ドラゴノイドか!」
おそらく数日前にこっちの世界に入ってきた群れの生き残りだろう。
「スキルの餌だ!やっぱ殺せ!」
「ちょ、ちょっと待て人間!」
あぁん?
「俺に敵対の意志はねぇ!」
「派手にドラゴンブレスぶっ放しといて適当こいてんじゃねぇぞ!?あぁ!!?」
「いや、まぁ、それは正当防衛というか何と言うか!とにかく、俺に敵対の意志はないんだ!」
意志の有無なんぞ関係ない。
害の有無が重要なんだ。
「ま、待て!俺は人間と繋がりがある!」
「……何だと?」
短剣を握っていた手をピタリと止める。
「京都の避難所だ」
……
「京都の避難所に居た魔物とその所有者は」
「……えぇと確か……鳩貴族?って人のバジリスクだ」
ふむ。少しは信憑性が出てきたか。
「モータル、いつでもそいつの首が斬れるようにしとけ……少し、話を聞く」
少しばかり顔に安堵の色をのぞかせたドラゴノイドを厳しく睨みつけつつ、俺は質問を始めた。