サービス終了&開始
「サービス終了、か」
俺の視線の先にあるモニターには、ポップな書体で書かれた『聖樹の国の魔物使い』というロゴ。
そして、そのロゴの下でペコペコと頭を下げる妖精のミニキャラ。
そのミニキャラからは吹き出しが出ており、『長らくのご愛顧、有難うございました』と書かれていた。
サービス開始時から既に秒読みとまで言われていたこの展開だが、いざ無くなってしまうと寂しさが募る。
「まぁ、また新しい過疎ゲーでも漁りますかね」
とは言え、暫く他のゲームをやる気になれないのも確かだ。
この俺、青木 孝文は、過疎ゲー愛好者である。
サービス停止寸前だったり、色々と宣伝方法を間違えてるようなソシャゲを発掘、そしてプレイする事に生き甲斐を感じる稀有な人間だ。
過疎ゲーの楽しさは、シンプルに言ってしまえば『特別なプレイヤー』になれるという事にある。
俺には金もゲームの才能も無い。
そんな、別のソシャゲやらMMORPGではその他大勢の有象無象にしかなれないような俺が輝ける場所。
それが過疎ゲーである。
所謂『鶏口となるも牛後となる勿れ』という奴だ。ちょっと違うか?まぁいい。
さて、そんな俺のプレイしていたMMORPG『聖樹の国の魔物使い』だが、そのプレイ人口は僅か30人。
最終的に残っていたのは10人程度という、空前絶後の過疎ゲーである。
あのプレイ人口で2ヶ月もサービスが継続されたのは、単に俺達『十傑』のお陰である。
まぁ十傑もクソもその呼び名で互いを煽り合っている頃にはプレイヤーは既にその10人しか居なくなっていたのだが。
この『聖樹の国の魔物使い』だが、内容は至ってシンプルである。
魔石(無課金で比較的簡単に手に入る地の魔石、課金要素の天の魔石の二種類がある)を使って魔物を召喚する、またはフィールド上の敵が落とす魔石とその素材から魔物を練成する。
そしてその魔物達と共に敵を倒す。それだけだ。
人間とエルフの確執がどうたら魔王がどうたらみたいなテンプレ設定があったが、その辺に関しては伏線を張る間すらなくサービスが終了したので結局よく分からずじまいだった。
最後の方は完全に内輪のノリで暴走してたし。
「はあ」
サービス終了に加えて今日は日曜日である。
憂鬱この上無い。
チラリと時計を確認する。午後10時。
寝るには少し早いが、これ以上何かする気力も無い。
仕方ない。
「寝とくか」
パソコンが無事シャットダウンしたのを見届けた後、モニター、部屋の電灯の電源を切る。
既に敷いておいた布団にダイブし布団に包まると、意識はすぐに暗転した。
「あー、健康になりそう」
寝起き一番、意味不明な言葉をぼやくと、俺は布団から跳び起きる。
そこから簡略式ラジオ体操を済ませ、歯と顔を洗うべく、洗面台へ向かった。
顔も歯も爽快マックスとなった俺は机の上に置かれたサンドイッチに手を付ける。
親は家を留守にしている。
懸賞で当たったハワイ旅行に行っているのだ。無論俺にも「学校には言っておくから行かないか?」との誘いがあったが、割と本気で行きたくなかった俺は「偶には夫婦水入らずってのも良いんじゃないか?」という意見を無理やり押し通した。
また妹も俺と同意見だったらしく、結果として俺達子供が四日間程度とは言え、家を任される事になったのだ。
ちなみにその妹の薫は初っ端から友人宅に遊びに行ったきり帰ってきていない。お兄ちゃんとしては嘆かわしい限りだ。
そんなこんなでサンドイッチを咀嚼し喉に張り付いた残骸を牛乳で流し込んだ俺は、ただ何をするでもなく椅子に座ってぼーっとしている。
時刻は午前6時。
一応学校には30分程度で到着できるので、30分程時間に余裕が出来た事になる。
「テレビでも点けるか」
テレビのスイッチを入れる。
最初に映ったのは、手馴れた様子で司会をこなす熟年のキャスター。
不倫がどうとか議員の不正がどうだとか、毒にも薬にもならないような事を報道している。
何度も報道し過ぎて味のしないガム状態と化したそのニュースを呆け顔で眺めていると、突然番組スタッフとみられる男が駆け寄って司会に何やら耳打ちをしていった。司会の表情が強張った事から何やら重大な案件である事が察せられる。
「……同時多発テロ、ね」
何やら全国各所で何者かによる破壊活動が行われ、既に死者も出ているという。
国が発表している危険区域は……東北を除く、ほぼ全国区。
戸締りをし、窓をカーテンで覆い、なるべく物音を立てない。外出等は勿論自粛して下さい。そんな言葉を司会が大声で繰り返す。
うるせぇな。俺はとりあえず音量を1まで下げた。
テロか……
一介の高校生である俺には少し縁が遠すぎて実感が湧かない話だ。
スマホで妹に電話をかけつつ冷蔵庫を漁る。
流石に学校は休みになるだろう。というか仮にあっても怖いので行かない。
どうせ休みならちょいと豪華な朝食にしてやろうという腹積もりである。包丁を取り出している最中、ようやく妹と電話が繋がる。
『もしもし?どうしたの?』
「お前ニュース見たか?」
『見た見た。やばいね』
他人事か。いやまぁ、実感湧かないってのは分かるが。
「流石に学校は休みだろうし……今友達の家か?そのまんま居させて貰え。戸締りは忘れずに……ッ!?」
『……お兄ちゃん?どうしたの?』
俺は無言で電話を切ると、ガチャリと音のした玄関ドアの方向から隠れるようにしてキッチンの隅に縮こまった。
(マジかよ俺、鍵かけ忘れて……いや違ぇ、昨日薫の奴、友達の家に遊びに行った時に開けたままにしやがったな!?)
ヒタヒタと廊下を歩く音が聞こえる。その音は、確実に俺の居る台所及びそれに隣接されたリビングへと近づいてきていた。
(やばいやばいやばいやばい!どうする!?どうするよ俺!?)
とりあえず取り出しかけの包丁を握ってはみたが人を刺し殺すような勇気なんてある筈も無い。
願わくば玄関の物色だけで満足して帰っていって欲しい。
そんな俺の悲痛な願いは届く事無く、廊下とリビングを繋ぐドアがキイ、と音を立てて開け放たれた。
それと同時にドブ川のような悪臭がリビングに漂った。
(……な、んだよ、この臭い……!?)
その悪臭の根源であろうテロリスト。いや、火事場泥棒の可能性も捨てきれないか。
兎も角、そいつはじわじわと俺の居る場所へと近づいてくる。
(まずい!どうする!?一か八か飛び出して襲い掛かるか!?……いや待て、普通の人だったらどうする!?)
家に無断で侵入している時点で異常な人物である事は確定したようなものなのだが、動揺し切った頭ではそんな単純な事すら考え付かない。
そうして覚悟を決めあぐねている内に、俺はその侵入者と対面を果たす事となった。
「……グゲ?」
しゃがんだ俺と同程度の体躯に、薄汚れた緑の肌、醜い顔。
すっかりファンタジーというジャンルが浸透した現代において、その名前が咄嗟に浮かぶ人間は少なくない。この俺も例に漏れず、ソレが何かを否が応でも悟る。
――ゴブリンである。
「う、おおおおおお!!!?」
反射的に手に持っていた包丁を投げつける。
俺の手から放たれた包丁は、素人が投げたとは思えない程の綺麗な軌跡を描き、ゴブリンの額に吸い込まれるようにして命中した。
「ガフッ!?」
ゴブリンが短い断末魔と共に崩れ落ち、じわりと台所に血溜まりを作る。
俺はその光景を、ただただ呆然と見つめていた。
――此処に異界の法は解かれた。
人よ。世界よ。魔道を進め。