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狒神祭(2)

  

  

  

  


 その後オババから聞いた話は、マナカにとって狒々神様の供物となることよりよっぽどの衝撃だった。


 オチの村では狒々神様の加護を受ける代わりに、村で生まれた娘を神の供物として捧げなければならない。近隣の村々からすれば、いくら豊かな実りがあるとわかっていても、自分の孫やひ孫が神の嫁という実質上の贄に選ばれるかもしれないとわかっていて嫁を出すわけがない。また、この村人達からすれば、嫁が実家に里帰りした際に村の掟や神との約定をべらべらと漏らす危険を冒すわけにはいかない。


 ところが、小さな村の中で婚姻を繰り返せば血の障りが起こり、真っ当な子供が産まれなくなる。そのためにいつの頃からか口減らしに売られた子供を贖ってくるなどして、幼い頃から他の子供達と変わらず村で育てる事が因習化したのだという。


 「御前様はこの村の大事な産み腹、何より狒々神が望むのはこの村の血を引く娘だけよ。マナが狒々神んとこに嫁に行く事は絶対にねえから安心しろ」


 オババは、マナカが狒々神様の供物とならない事を心から喜び、またマナカもそうであると信じて疑わない。本当は成人してからでないと血の繋がりのない事や狒々神様の事を話してはいけない決まりなのだという。だから内緒にしておくようにと何度も念を押され、マナカはオババの家を後にした。


 オババの家から自宅へはほんの半刻だったが、マナカの足取りは重く、中々家に着かない。マナカは何度も立ち止まってはじっと足元の石くれを見つめていた。秋の乾いた冷たい風が頬を掠め、カサカサと枯葉が足元にまとわりつく。


 マナカにとっては狒々神様の供物となることよりも家族の中で自分だけが血の繋がりがない事のほうが余程心を抉っていた。

 マナカはこれまで父と母の子である事を疑った事などない。それに父親も母親もちらりともそんな素振りを見せた事がない。それくらいマナカはアキと分け隔てなく育てて貰ったのだ。


 秋の収穫を終えて、今年も豊作だったと屈託無く笑う父の顔がよぎる。日々成長するマナカの衣を自分の衣類から仕立て直して背中に当ててくれ、大きくなったね、と呟いた母親の顔がよぎる。小さい頃はよく手を引いて散歩に連れだった妹の顔がよぎる。ケンカをした後はいつもマナカが折れてくだらない事を言って笑って仲直りした。本当の妹だと思って遠慮なんか全然しなかった。涙の跡がついた顔で可笑しそうに笑うのを見て私もよく笑った。その時の自分達がよぎる。


 自分ではよく分からないが、マナカの目の色は灰色がかっているのだという。村に鏡は少なく、あってもとても小さく汚れていて自分の顔なぞよくよく見た事が無かった。水鏡ではぼやけていて寝癖を直すので精一杯だ。でも人から見れば、家族の中でマナカだけが異質に見えただろう。血の繋がりがなければ、顔立ちも似てないに違いない。頭の中に父そっくりなくせ毛と母に良く似た妹の顔がよぎる。

 アキはこれまでマナカの目の色や顔立ちについて何も言った事がない。きっと似てない私を不思議に思っていただろうに一度も言った事がない。だから、アキも知っていたのかもしれない。マナカだけが家族と違う事を。



※刻=48刻

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