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狒神祭(1)

 

  

  

  

  

 マナカ達の住む村は村人が五百名程の山間にある、小さな村だった。名をオチの村という。山の恵みは多く、田畑は村の東西に長く伸びて実り豊かだ。春から秋にかけて収穫に精を出せば、余程の事がない限り冬が越せるし、マナカが物心ついてから、飢えて死んだものはいなかった。このような豊かな土地ならもっと多くの人が集まってこようと思うが、余所から村へ移り住んでくる人を見た事がない。その理由をマナカは今回身を以て知る事になったのだった。


 三年に一度、その年最初の雪が降った日から数日せぬ内にお山に向かう行列が出来る。お山に住むひひがみ様に捧げる供物を運ぶ行列だ。三年に一度のその祭は名をヒシンサイという。

 夜半に選ばれたクギモチと村年寄りが集まり直会をした後、明け方にひっそりと行列は進むそうだ。クギモチには成人した若衆しか参加する事が出来ず、まだ成人前のマナカもアキも行列の松明の灯りさえ見ることは許されなかった。全てはマナカ達の家に白羽の矢が穿たれ、家の中が喪がりのように暗くなったのに理由を教えて貰えなかったマナカが、いつもマナカを可愛がってくれる三件隣のオババに相談した時に聞いた話だ。

 

 「マナや、狒々神様は恐ろしい神よ。唯人である我らが約定を違えて神域へ踏み込めば、忽ちに祟り殺されてしまうだろう。はるか昔から何人もの村人が約定を破り、命を落としたと聞く。その代わり、約定さえ違えなければ村に恵みをもたらし、近隣の村々から我らを守ってくださる」


 オババは、一度ゆっくりと薬湯を飲んでから話を続けた。

 

 「これからがマナの知りたい話よ。約定は神域のことだけじゃあない。狒々神様は村に恵みをもたらす代わりに……三年に一度嫁をとっていくのよ。白羽の矢は嫁に選ばれた家の戸口に刺さる。今年最初の雪が降ったら供物を沢山行李に詰めて村の男衆が山に登るだろう。ただし、必ずその行李の中の一つは嫁でなければならん」

「それじゃ、狒々神様のお嫁にいった子はどうなるの?お祭が終わったら帰れるんでしょ?」


 オババはゆっくりと首を横に降る。口をもごもごと動かして何かをすり潰すように唇を擦り合わせた。オババの目はもう殆ど見えてないらしく、いつも瞑っているように細められていた。


 「嫁にでた娘が帰ってきた試しはねぇ。お山の何処かで暮らしてるのか、病を得たか、誰にも分からんよ」


 オババは敢えて一番の可能性を伏せる。それは白羽の矢に選ばれたマナカ達への心遣いだったが、いくら成人前の子供とはいえマナカにそれが思いつかない筈がなかった。


 「……そっか、お山に行ったらもう帰ってこれないのね。私はアキより年上だからきっと私がお嫁に行かなきゃいけないと思うの。オババ、色々教えてくれてありがとう、それとこれまでずっと優しくしてくれて本当にありがとうね」


 家の中の雰囲気から、とても良くない事が起こっているのだと感じてはいた。だが、中身を開いてみれば、そんなに大層な事なのかと思ってしまう。山の神への貢物に自分が選ばれたのだと言われてもマナカはああ、そうかと思うだけであった。


 …オババは避けて言わないが、恐らく山に行けば狒々神様に食われるのだろう。ところが、どういう訳か、マナカには狒々神様が人間を食らう事は、とても自然な事のように感じられた。

 その時になったら痛いかもしれない。恐ろしいかもしれない。けれどマナカ達が、川でとった魚や猪肉を食らうのと一体何が違うのだろう。その事を自分の死と直結して考えようとしてみてもやはりうまく結び付かない。

 秋に食べる旬のチエブの美味しさ知っている。お山の裾に出てきた猪子や鹿は捕まえて解体され、肉は冬を越える大事な食料に、皮は冬を越える暖かな上着や履物に変わる。

 そうやって皆生きているのだから、今度はマナカがお山に返す番なのではないか。マナカはこれまで命を頂いてきた。だから命で返すのはとても自然なことだ。

 それにアキは大事な妹だ。自分が行くことで守れるのなら、それはとても誇らしい事のように思えた。

 いざその時になったらどうなるのか分からないけど、兎に角今は白羽の矢の理由が分かりすっきりとした気分だった。

 なのにオババはまた首を横に振りさっきより言いづらそうに口をもごもごさせていたが、遂には口を開き、マナカを労わるような優しい声音で言葉を紡いだ。


 「マナや、マナは大丈夫だ。安心しろ。マナが嫁に選ばれることはねえ」

 マナカは目を瞬かせて、え…と問う。

「マナは、その…ワシと一緒だで。大丈夫だ。嫁に選ぶにゃ狒々神との約定に従わねばならね。嫁には村の血を引いた成人前の娘が行かねばならん。それは誰にも違える事ができねえ事だ」


 マナカはすぐには何を言われているのか分からなかった。何が...で、何に..しろと言うのだろうか。


 「マナの目の色はワシと一緒だ。よくよく近くで見にゃ分からんが少しだけ灰色がかっておる。もう無くなってしまったがワシが生まれた村じゃ当たり前の色だった。この村で生まれたもんの目ん玉は皆一様に真っ黒よ。恐らく御前様はワシの村の最後の生き残りだあ」


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