白羽の矢
3日前から続いていた雨は未だ止む気配がない。今は秋も深まり、日一日と寒さを増して辛く長い冬の到来を感じさせていた。このまま寒さが厳しくなれば雨は霙にやがては雪に変わるかもしれない。
あれはいつのことだっただろうか。
まだ、暑さの残る秋晴れの朝、マナカ達の家の戸口に一本の白羽の矢が刺さっていた。朝から井戸に水を汲みにでた母親がそれを見つけ、慌てて父親を呼び、すぐに矢を抜いて隠したものの、マナカ達が暮らす村の朝は早い。慌てて隠した所で今更なのだが、父親も母親も咄嗟にそうせずには居られなかった。
その日から家の中はまるで息を潜めるように暗く縮こまっている。そして、今夜も奥の部屋ではマナカを除く家族の三人がいつまでも終わらない話し合いを続けていた。まるでそうしていれば天から何がしかの僥倖が落ちてくるかのようにいつまでも額を付き合わせている。その家族の輪にマナカはいない。あの日からマナカの家族だった人達は全くの他人のようになってしまっていた。
少しだけ開いた引き戸にそっと身体をつけると、母親は嘆きの嗚咽を漏らし、妹は涙も尽き果ててなお啜り泣きの鼻をすする。父親はぽつぽつと何事か母親に囁き掛け、何度目かの重いため息を吐く。彼らは自分達からは決して言おうとしない。彼等の中のなにが彼等を押しとどめているのかマナカには分からない。分からないけど、明らかに彼等はマナカが折れるのを待っている。その先に確実な死が待っていると分かっているのに。
「父さん、母さん、アキ。」
戸の陰から声を掛けると全員が息を呑み、次のマナカの言葉を待っている。この数十日のうちに嫌という程思い知らされていたが、やはり心が引き裂かれそうになる。本当の家族だと思っていた。マナカは心からそう思っていたのに。
中に入る勇気なぞ持てず、引き戸を背に少しだけ開いた隙間から声だけを聞かせる。家族のどんな顔も今は見たくなかった。
「…お山のお嫁には私が行くよ。私はアキより年長だけど、背格好は大して変わらないし、白粉で顔なんて分かりっこないもの。綺麗な着物も着れるし、お山に登る前の日には沢山のご馳走が食べられるんでしょう?ヤマモモやアケビや梨が幾らでも食べられるのだと聞いたもの。それに神様の花嫁さんになれるなんて名誉なことよ。私、お山の上に一度登ってみたかったの。そしたら、お山の天辺から周りを見渡すことも出来るもの。行商のおじいさんが言っていた都が見えるかもしれないわ…」
この数日間で何度も練習した台詞を一気にまくし立てる。途中で止まれば次の言葉が出てこなくなりそうで焦るように早口になる。それに、それにと自分がアキの身代わりになりたい理由を次から次に挙げ連ねていくが、結局最後の方は上手く言えず、次第、か細い声になっていった。
父親は何も言わなかった。
母親は何も言わなかった。
アキの「お姉ちゃん…」と蚊の鳴くような声だけでが聞こえた。それだけでマナカはほんの少しだけ救われたような気がした。