譲れないもの
帝都に呼び出されたのは俺とシスター・ケイトの2人だった。
始発の列車で移動し、11の刻を少し過ぎた辺りで。
ようやく帝都城『白亜宮殿』に着く。
正門前には、検問魔術師と衛兵が立ち。
その門をくぐると、ひとつ目の掘りの橋を渡ることができる。
文字どうりまっ白で荘厳な壁は、帝国の繁栄と絶対的な武力の象徴として。
見るものを圧倒した。
「何度も往復させてすまない」
「そんな、ディーン様と2人っきりで旅ができるなんて!
――とっても嬉しいです」
楽しそうなシスターには申し訳ないが、いやな予感しかしない。
「皇帝陛下と財団の実質のトップ、ダンフィル卿からの呼び出しだ。
今の状況からして、決していい話じゃない」
ただの司祭とシスターが呼び出される事すら異例だろう。
陛下はもとより、ダンフィル卿は……
皇族家につらなる帝国公家の当主のひとりで。
帝国の商会や金融所を統べる『財務院』の責任者でもある。
しかも帝国で反転神教会を主導し。
国教から外れてからは、財団主導の『真・転神教会』を設立しようとした……
――そんな噂まである人物だ。
「シスター、できるだけ俺から離れないようにしてくれ」
城内でも、何が起きるか分からない。俺が心配してそう言ったら。
「はい! 分かりましたディーン様」
シスターは例のけしからん爆乳を俺の腕にドンとぶつけて、照れたように腕を絡めてきた。改造してない夏用の修道服の胸元が、ムニュと形を変える。
なぜだろう? 最近シスターとの意思疎通が……
――上手く行ってないような気がしてならないんだが。
++ ++ ++ ++ ++
衛兵に身分証明を渡し、ナタリー司教から聞いた内容を話すと。
念の為だろう、検問魔術師が証明書と俺とシスターを確認して。
「お待ちしておりました、ディーン司祭殿。規則ですので、武器の類はこちらでお預かりします。中庭を抜けた待合所でお待ちください」
俺が司祭服の下に着ていたナイフ・フォルダーを外して、衛兵に渡すと。彼らは門を通してくれた。
「あたし初めて門の中に入ったんですけど……
――とてもキレイな場所なんですね」
堀を渡る橋も、そこを抜けて広がる庭園も。歴史や建築物の芸術性は聖国のペンタゴニアが上だろうが。
その巨大さと広さ。そして攻撃から守るために作られた重厚さは。特異な雰囲気を持っていた。
「圧倒感が勝るが…… 確かにキレイな場所だ」
砂漠の中のオアシス特有の豊富な湧水が、中庭の噴水や池を潤している。
俺たちが中庭を抜けた場所にあった建物に入ろうとしたら。
「おいおい、ここはデートで遊びに来るような場所じゃないんだ。
――しかもその女は、ずいぶん闇族臭いじゃねーか」
どこかで見たような気がする、ロン毛の品のない男が話しかけていた。
「まあ、デートだなんて!」
なぜかシスターは嬉しそうに笑ったが。
武器を持ち込めないはずのこの場所で、衛兵でもないのだろうに腰に剣を下げ。しかも同じような傭兵崩れのような男を3人、従えるようにしているのは……
「よかった、無事だったようだな。
逃げ足が速いのは、生き延びるためには重要なスキルだ」
サインロード村の自称司祭だ。
冒険者風の出で立ちからすると、その自称司祭もやめている可能性が高いが。
「大口を叩けるのは今のうちだ! 俺たちはダンフィル様の護衛として来ている。
本来なら、お前たちのような裏切り者はあの門をくぐる事さえできないが…… 皇帝陛下様の気まぐれなのか、今回の件の落とし所を直接決めたいとおっしゃったようで。
首の皮一枚で、まだ生きているだけなんだからな」
ならこの件は……
――ダンフィル卿の圧力から、陛下が俺たちを守ろうとしてくれての事か。
「しかしダンフィル卿のところは、人手不足なのか? お前たちが護衛じゃあ、さぞ心もとないだろう」
いきり立つロン毛キモ男に、素直に聞いてみると。
「お前はカルー城戦で仲間が死んで、半死半生だったから知らねえだろうが。あの戦いの後方部隊で活躍したA級パーティー『バッフルズ』のリーダー。
チャング・バーズが俺だ!」
ロン毛キモ男は、自慢げにそう言うと。
腰の剣を抜いて品の無い笑いを俺たちに向けてきた。
そのパーティー名も、チャングと言う名も。まったく知らないが……
――カルー城戦の後方部隊なら。
俺たち前線の生き残りに、裏切り者の汚名を着せて。
戦場で仲間を次々と切り捨てた、あの腐れ部隊の一員ということだ。
「事を荒げるつもりはない、気に障ったんなら謝ろう」
陛下の面目も傷つけたくないし、カルー城戦の事は……
――気になることも確かにあるが、復讐はしないと心に誓っていた。
だからヤツの蹴りが、俺の腹めがけて飛んで来た時には。
あえてよけずに、素直にもらってやったんだが。
「ディーン様!」
俺をかばうように前に出たシスターの行動は計算外だった。
「危ない! 下がって……」
そこまで言ったところで、残りの3人の傭兵崩れの剣が俺の喉元まで延び。
シスター・ケイトがロン毛男に捕まってしまった。
「闇族臭い女だが…… なかなか悪くねーな。
――特別に俺が可愛がってやろう」
動きを止めた俺を拘束するように。
傭兵崩れが俺を3人がかりで地面に倒した。
そしてシスターを抱きかかえたキモロン毛が、そう言いながら俺の顔を汚いブーツで踏みにじる。
シスターが心配で顔をあげると。いつも通りの素晴らしい太ももがスカートからこぼれ落ちて見えたが。
問題は、キモロン毛がシスターの胸を揉もうとしたことだ。
脳内で何度も計算するが。どう考えても、陛下の面目や今後の事態悪化より、シスターのおっぱいの方が大事だと結論が出る。
大人しく殴られても良かったが……
――世の中なかなか上手く行かない。
俺は3人の傭兵崩れを、ジャスミン先生秘伝の『ジュウドー』で投げ飛ばし。
キモロン毛からシスターを奪い返して。
ついでにさっきもらった蹴りを数倍にして、やつの腹にお見舞する。
「く、くそがっ! こんな事して、ここから生きて帰れると思うな!」
のたうち回るキモロン毛を無視して。
「大丈夫だったか?」
シスターを抱き寄せると、彼女は俺の頭上をチラリと見て。
「はい…… その、このおっぱいはディーン様のものですから。
決して他の男には触らせません」
俺の耳元に口を寄せ、照れたように妙なことをおっしゃり。
その細い腰にまわしていた俺の手をつかみ。
祈るように、そっと自分の胸元に持って行った。
ムニムニと弾力満点の胸の間に挟み込まれ。
俺が慌ててその手を離したら。
「へへっ」と、シスターは可愛らしく笑う……
――やはり最近、シスターとの意志疎通に問題がある気がしてならない。
「なんの騒ぎだ!」
待合室の奥にある通路から、高価そうな貴族服を着たヒキガエルのような男が。
怒鳴りながら近付いてきた。
「ダ、ダンフィル様! こいつが……」
息を詰まらせながら、キモロン毛がヒキガエルに訴えかけた。
「騒ぎを起こせと言ったが、まったく何をやっとる」
のたうち回るキモロン毛をつまらなさそうに見下ろしたヒキガエルは。
小声でそう呟くと、自分の後ろにいた衛兵に。
「こやつらをひっとらえろ! 暴動罪でも不遜罪でも、なんでもいい。
――変に抵抗できんよう、念入りに可愛がってやれ」
そう怒鳴った。
俺は両手を上げ、周りを確認する。
反対側の通路から走り込んできた、線の細い兵を見つけ。
「シスター、あそこにいるルイーズのところまで走っていけるか?」
そう小声で伝えると、シスター心配そうに俺を見つめて。
――しばらくするとコクリと頷いてくてた。
ダンフィル卿の部下らしい兵が俺を拘束し。キモロン毛たちも混じって、俺を袋叩きにし始める。
シスターが無事ルイーズに保護されたのを見届けたら。
安心できたせいか、徐々に意識が遠のいてゆき。
俺は手に残る、シスターの張りのあるおっぱいの感触を確かめながら。
この程度の痛みなら安いもんだと……
――薄れゆく心の中で、クールに呟いた。
++ ++ ++ ++ ++
目が覚めると。ポタリ、ポタリと水滴が落ちる音が聞こえてきた。どうやら、むき出しの岩肌に手足を拘束されて、俺は転がされているようだ。
右目ははれ上がって、上手く開けることができなかったが。左目のマーガに聖力を込めると、なんとか視野を確保できた。
薄暗い…… ここは地下牢か何かだろう。
床も壁もむき出しの岩だったが、光がもれるやや高い場所には、鉄製の強固な格子があり。俺の手足を縛っている鎖には、耐魔の術式がしっかり刻まれている。
岩肌からこぼれる水滴は、湧水だろう。なら、ここは帝都で間違いないだろうし。
俺の服の血が完全に乾ききっていないから。それほど時間はたっていない。
ならここは帝都城の可能性も高い。
身体をズラしながら、手足の鎖につけられた南京錠を確認していたら。鉄格子の向こうから声をかけられた。
「なんであんな安い罠に引っかかったんだ?
これじゃあダンフィルの思うつぼだ!」
来るとしたら、ライアンかルイーズだと思っていたが。
「男には、何歳になっても譲れないものがあってね」
声の主に、クールにそう伝えたら。
「はっ! あのエロ可愛いシスターちゃんは、ちゃんと保護してやったから安心しろ。今頃帝都の教会だ。
それより自分のことをもっと心配したらどうだ?」
クスクスと笑い返された。
「せっかくの厚意を無駄にしてしまったようで。
……申し訳ない。この後の動きに、問題がでなきゃいいが」
南京錠には耐魔術式だけじゃなく、高度な封印術も施されているようで。
何度か自分の回復も試みてみたが、傷が癒えることはなかった。
「その程度の事は気にするな! あのブサイクおやじの思惑のひとつやふたつ…… もみ消す事など、大した事ではない。
――だが今の状況で、公にお前を牢から出すこともできん。
政治と言うヤツは、融通が利かんからな」
ダンフィル卿は貴族院でも力を持っているから。影でのやり取りを潰すのとはわけが違って。今回みたいに堂々と罪を被せてきたモノを、強引に解き放てば。
いくらなんでも、議会でいらぬ反発を招きかねないということだろう。
「ソフィア陛下、お心遣いありがとうございます」
だがそこまでしてくれれば、とりあえずの心配事は無い。
俺が素直にそう言うと。
「今は町娘のミリオンだ、その名で呼ぶな!」
そう言って鉄格子の隙間から。
正門で預けた俺のナイフホルスターを投げ寄越した。
ミリオンか……
あの怪盗ごっこは、まだ続けているんだろうか? 聖国からの帰りに俺も巻き込まれたが。付き合わされていたクライや勇者の顔を思い出すと……
――不覚にも、笑いがこぼれる。
「いいのか?」
俺ははいずりながらホルスターに近付く。
確認すると、中にはちゃんとアイギスとガロウがあり。数本の投げナイフと…… 開錠用の金具も差し込まれたままだ。
「ジャックナイフ・ディーン! お前に開けられぬ箱と扉は無いと聞く。
安心しろ、監守のやつらは謹慎程度の軽い罰にしといてやる。
――たまには、あいつらにも休暇が必要だ」
1メイル程の高さにある鉄格子を見上げると。
陛下は格子を両手でつかみ、しゃがみ込んだ姿勢で俺を見下ろしていた。
きらびやかな金髪を、肩の辺りでひとつにまとめ。
町娘が着ているような野暮ったいシャツとスカートを穿いているが。
その美しさと、高貴さは…… ぜんぜん隠せていない。
イザベラお嬢様とは遠い親戚だと聞いているが、やはりどこか似ている。
あいつも23歳になったら、あんな美女に変貌するのだろうか。
しかもスカートでしゃがみ込んでいるせいで。透き通るような美しい太ももの内側と、高価そうなレースのパンツがハッキリと見えた。
「助かるよ」
その気品あふれるパンツを観ながら、礼を言ったら。
「ああ、それから…… バリオッデからもプレゼントだ。
なんでも渡しそびれていたものだそうで。闇族がらみの問題なら、必要だろうと言ってたな」
陛下はスカートのポケットから半分に欠けた魔法石を取り出し。ホルスターの上に、放り投げてくる。
陛下がモジモジと動いたせいで、レースのパンツに縦のスジがよった。
「期待してるぞ、復活した真の聖人殿!
あの帝国にはびこる悪を、叩き潰してくれ」
そう言って立ち去るソフィア陛下を見送りながら、俺は開錠棒をくわえ。
「ただの司祭なんだが」と、心の中で愚痴りながら。
目を瞑って、神経を集中し。
まず、あの高貴なパンツの縦スジを……
――全力で脳裏に焼き付けた。




