誘惑の夏
通信魔法板を確認すると、リリーから
『みっしょんこんぷりーとじゃ!』と、メッセージが届いている。
混乱していた室内も…… 誤解? が解けたのか。
その後、3人で和気あいあいと話しだした。
「今は何刻だ?」
俺がそれとなく聞いてみると。
「あら、もう12の刻をまわってるわ! 皆さんお昼ご飯どうします?」
メリーザがそう言って席を立つ。
「あたしは兵たちと野営で食べるわ。
今後の指揮もあるし、状況確認もしたいから」
お嬢様がそう言い。
「じゃあ、あたしもそっちで」
ローラもそれに続く。
俺も意識を失っていた間に、兵たちがどうなったのか気になったから。ベッドからはい上がろうとしたら、お嬢様に止められた。
「あんたは念の為、まだ寝てなさい。
……でも、メリーザさんに手を出しちゃダメよ!」
2人が部屋から出てゆくと。
「楽しくて、優しい人たちね」
メリーザが嬉しそうに笑う。
「そうなのか?」
「まー、気を使ってくれてるのよ、アレ。
じゃあ、これから準備するけど。何か食べたいものある?」
どの辺がそうなのか、今ひとつ理解できなかったが。
「特にリクエストはない」
とりあえずそう答えると。
「はいはい、じゃあ適当に作っとくわ。
もう、なんだか休日のダメなお父さんみたいね」
含み笑いで、メリーザが部屋を出て行った。
そう言われると。
なんだが照れるような。 ――急に老けたような気になるのはなぜだろうか?
俺は通信魔法板を操作しながら……
――その謎についても、思考を巡らせた。
・・・ リリー ・・・
下僕からの『みっしょん』は、今晩この教会を守れ。
そして攻めてくる敵がおれば。可能なら、そやつらを生け捕りにしろ。
――そんな、たわいもないものじゃった。
下僕の予想では、『真夜中の福音』と呼ばれる聖騎士崩れが来る可能性が高いそうじゃが。あの鼻垂れ小僧じゃったアームルファムを崇めるようなやつらに。我が遅れを取るとは思えん。
「よいか! 敵が攻めて来ても無理をするでないぞ。
半端物とは言え、聖騎士じゃ。
主らの役割はかく乱なんじゃから、発見と同時に大騒ぎして撤退しろ!」
ドラゴン・バスターズの面々にげきを飛ばす。
この程度の事なら、初陣としてちょうど良いじゃろう。
「あねご、了解です!
現在、正門の陰にはフィーリーさんたちが。
その外の草原にはシンラさんたちが待機しております。
我等人族『リリー様親衛隊』は、この後教会の各所にて警備を開始します」
親衛隊長のマルコが、膝を着きながらそう叫んだ。
路地裏でギャングの真似事をしておったこやつを懲らしめたら。
――すっかり懐いてきおったので、このようなものを作ってしまったが。
なかなかの拾い物じゃったようじゃ。
街は活気にあふれとるようじゃが、貧民街も拡大しておる。
収入格差とか言うヤツが、問題らしいが……
今の冒険者や兵は、応用魔法兵器に頼るばかりで。その操作方法ばかり優れておって、本来の戦士としての気概をおろそかにしておる輩が多い。
このような逸材が貧乏だからと言う理由で、世に出て活躍できんのは間違っておるのじゃろう。このマルコなぞ、我が多少の訓練をしてやっただけで、あのエマとも同等の戦いをしておった。
お嬢様経由で、伯爵に相談したら。
「リリー様、なんと素晴らしい! 私も貧民街や、街でたむろする若者たちの未来を悩んでいたところです。
……彼らの将来が、幸あるものになるのでしたら。
このマーベリック、金も労力も惜しみません」
そう言って喜んでおった。やはりあの伯爵は多少の見どころがあるようじゃ。
ついでに、ここらの魔物を統べておったユニコーンのシンラと。
我が封印されておる間、この教会の温泉に住み着いておった妖魔のフィーリーにも声をかけ。
今のような形にしたが。
まだ下僕には詳細を話しておらん。
だがまあ、武勲のひとつも上げれば、あやつにも紹介しやすいじゃろう。
我のことを、最近自分の娘のように扱いよって。
しかもマルコたちを、我についた悪い虫か何かだと勘違いしておるようじゃ。
以前は下僕と、なんでも心安く話せたが。
最近はこのように悩むことが多い。
我もなんとかしたいと思っておるが…… これもきっかけの問題なんじゃろうか。
確かにマルコの見てくれは、金髪にリーゼントと呼ばれる異世界風の髪型に、学ランと言う異世界絵巻で人気の服装じゃ。
15歳とは思えぬほど、面構えもなかなか気合が入っておるが……
心優しい、良いやつじゃ。
我がいろいろ考えこんでおったら。
マルコが通信用の魔法陣を描き、他の隊と連絡を取り始めた。
「あねご、シンラさんから連絡がありました!
修道服を着た女が3人、こっちに向かってるようです」
「うむ、では作戦通り動け!
止めは我の仕事じゃから、手を出すでないぞ!」
きっと……
――きっかけさえできれば、下僕も気に入ってくれるじゃろう。
・・・ ケイト ・・・
ディーン様からお願いされたのは。
手紙を直接マリス・ノヴェル様にお届けして。
――それを読んだときの、マリス様の状況を『見て』ほしい。
そんな依頼でした。
昨晩はディーン様も別の用事で教会を離れてしまうし、襲撃の危険もあるということでしたので。リリー様にお任せして、あたしは夜のうちに帝都の教会に移動し。
今ナタリー司教と、マリス様のお屋敷に到着したところです。
「まったくディーン司祭も勝手なんだから! 急に連絡があったと思ったら、またマリスに会えるようにしろって。
ケイト…… あなたも苦労が絶えないでしょ」
ナタリー様は文句を言ってますが。
どうもまんざらでもないようで、どこか嬉しそうな雰囲気が……
――能力を使わなくてもだだ洩れでした。
たよられると喜ぶタイプなんでしょうか?
「いいえ、あたしはいつもディーン様にたよってばかりで。
こんな状態でなにかをお手伝いできるのは、嬉しいです」
あたしがそう言ったら。
ナタリー司教の頭上に優越感の光がともりました。
……実に分かりやすい女性です。
まあそんな素直なとこが、ナタリー様の魅力でもあるんですが。
素直と言えば…… 聖国で成長されたリリー様が。
それ以来、ちょっとディーン様とギクシャクされてます。
何かあったんじゃないかと、女の勘が危険信号を出してましたが。
ディーン様の思いは、まるで自分の娘を愛するような形でしたから。
安心したんですが……
――リリー様は、そこが不満なのかもしれませんね。
ディーン様は優しくて強くて、とっても素敵な方ですが。
そのせいか、まわりに素敵な女性が多すぎです。
ラズロット様も、伝承では女性関係がアレでソレだったそうですが。
どうやら聖人というのも人の子のようで。
あたしたちの聖人様も、いろいろ問題をお抱えのようですね……
最近はローラ様がグイグイ行ってるようなんで、心配事が絶えません。
だからこうやってたよられると、ナタリー様じゃないですが。
ちょっと嬉しいのも事実です。
今回の件もそうですが、せっかくの誘惑の夏なんですし。
あたしもあの爆乳に負けないようグイグイ行ってみようかと……
――決意を新たにしてたら。
「ごめんね、今使用人がいなくて。あたしがマリス・ノヴェルよ」
品のある栗色の髪の美しい女性が門を開けながら……
あたしに微笑みかけてきました。
ナタリー様とは面識があるようで。
2人は軽い挨拶を交わすと、微笑み合いました。
その豪華なお屋敷に入ると、大きな来賓室のような部屋に案内され。
マリス様自らお茶を入れてくれます。
なぜか、高価な調度品に彩られたお部屋も、この美しいカップも…… どこか寂し気な印象を受けました。
住む家と言うのは、持ち主の性格がどうしても反映されるようです。
サイクロンの教会も、ディーン様がお見えになってから。優しい光が満ち溢れるようになりましたし。
「突然申し訳ありません、通信でもお話しましたが。ディーン司祭が直接マリスさんに手紙を見てほしいと」
ナタリー司教がそう言って、あたしに目配せしました。
「ディーンが? あいつにしては珍しく、まどろっこしいわね」
優雅にお茶を飲みながら、マリス様が微笑みます。
あたしはディーン様が書いた手紙を取り出して。
「こちらです」
そっとテーブルの上に置くと。
「今見なくちゃダメなのかな?」
マリス様は、不審そうにあたしの顔を見ました。
「はいその…… その手紙はマリス様がお読みになったら。
――その場で破棄してほしいと。ディーンはそう話しておりました」
あたしが申し訳なさそうに頭を下げたら。
「じゃあ、しかたないわね」
マリス様があきらめたようにため息をついて、封筒を開けました。
……そして、手紙を読むと。
「ありがとう…… 帰りの馬車は、こっちで手配しようか?」
静かにそうおっしゃいます。
「大丈夫です、あたしたちでなんとかしますから!」
ナタリー司教がそう言って、あたしたちは慌てて席を立ちました。
簡単な挨拶だけして、逃げるようにマリス様のお屋敷を出ると。
「もう、ディーン司祭のせいで、帝国との交渉が難航したらどうするのよ!
――あいつに責任取ってもらおうかしら?」
ナタリー様はそう言いましたが。
頭上にともる光は、どう見てもディーン様とマリス様を心配する輝きです。
こういう所は、素直じゃないんですね。
「それでケイト、あの手紙にはなにが書いてあったの?」
しかしナタリー様の疑問に答える術を、あたしは持ち合わせてません。
「見るなとは言われませんでしたが…… 他人宛の手紙でしたから。
――その、読んでないんです」
そう言ったら。
「あー、ケイトらしいわね」
ナタリー様に笑われてしまいました。
真夏の昼下がりの光を受けながら、乗合馬車の通る大通りまで2人で歩いてたら。ディーン様から通信魔法板にメッセージがありました。
『こちらもリリーも、作戦は問題なく終了した。シスターも手が空いたら、折り返し連絡をくれ』
あたしがそれを見て、歩きながら返信を書こうとしていたら。
「ケイトは相変わらず通信魔法板が苦手ね」
ナタリー様がそれをのぞき込みながら、クスリと笑いました。
「どうしてもなれなくって」
「なら直接、会話通信で話したら? メッセージを送ってきたってことは、ディーン司祭も手が空いてるってことでしょ」
ナタリー司教にそう言われて、あたしは『通話』ボタンを押しました。
少しドキドキして待ってたら。
「シスターありがとう、早速で悪いがどうだった?」
ちょっととぼけたような、あの優しい声が響いてきました。
「はいディーン様、先ほどマリス様にお手紙を読んでもらったところです」
「それで、マリスはどんな様子だった」
あたしは小さく深呼吸してから。
「とてもとても、深い悲しみの色が見えました。
――ディーン様、どうかマリス様をお救いください」
そうお伝えすると。
「ああ、任せておけ。
ただの司祭だが…… そうできるよう、全力をつくす」
とても優しく、とても強いお言葉が返ってきます。
あたしは通信魔法板を握りしめ……
――あたしたちの聖人様に、深く祈りを捧げました。




