おっぱいの大きさ
仕事とは、目標が決まったら。
それに向かって出来るところから確実にこなしていくのが最善で。
関係なさそうだからとか面倒くさそうだからと、厄介ごとを後回しにすると。
後々それが足を引っ張ったりする。
冒険者をやめて…… 放浪していた頃に学んだ、数少ない教訓のひとつだ。
「昨夜は大変だったようね。ケイトやイザベラからも通信で聞いたけど。
――まさか、隠し子がいたなんて」
ナタリー司教はからかうように微笑んで、サラの入れてくれたお茶を手にした。
帝都の教会の司祭室は、ナタリー司教の好みなんだろうか?
調度品が一掃され、効率重視の事務所のような雰囲気を醸し出していた。
「どこでそんな話にこじれたか知らんが。
母親も無事保護できたんだ、その誤解はすぐ解けるだろう」
昨夜のうちに関係個所から連絡があり。
――この件は極秘扱いで。
母親と娘はただサイクロンの教会に旧友を訪ねて来ただけで。
それ以上のことは一切他言無用と、釘を刺された。
その時ナタリー司教と相談して。
マリス・ノヴェルのことも含め、帝都で会おうということになり。
「まあ、こんなに早く来るとは思わなかったけど」
今朝一番の列車で、俺は帝都に移動した。
「救助した2人は、教会でまだ寝ている。
親子水入らずを邪魔したくないし、体力が戻るまでは時間がかかるだろう。
話はそれからでも遅くないし。
今日はウチの教会も、これと言った仕事は無いし……」
「いたたまれなくなって、逃げてきたんでしょ」
ナタリー司教の言葉に、俺は苦笑いしながらカップを口元まで運ぶ。
そして、少し悩んでから。
「なあコレ、白湯じゃねーか?」
色だけついたお茶の感想を素直に伝えた。
「サラはね…… 悪い子じゃないんだけど」
そう言って、眉根を寄せながらお茶を飲み干すナタリー司教に。
上司の苦しみを……
――垣間見たような気がした。
++ ++ ++ ++ ++
マリス・ノヴェルの邸宅は、東壁地区の高級住宅街にあり。
他の屋敷を凌駕する豪華さは、目を引く存在だった。
「朝、文化院に連絡したら。
直ぐ本人から連絡があって、『自宅で昼食でもどうか』って言われたわ。
なかなか会えない人らしいけど…… そんなに仲が良かったの?」
教会まで迎えに来てくれた馬車から降り。
ナタリー司教と、その屋敷を見上げながら。
「俺が知っているマリスは、腹減った! 金がなーい! って。
叫びながら売れない原稿書きなぐってた、貧乏作家だ。
――こうなったのは知ってるけど、もう何年も会ってない」
俺はため息をついた。
案内をしてくれた給仕の少女は、無表情でなにもしゃべらなかったから。
マリスの書斎に案内されるまで、俺たちも口をつぐんで歩を進めた。
前髪がそろった、14~15歳ぐらいの華奢なライトグレーの短髪の少女が。
「ご主人はこちらでお待ちしております」
抑揚のない声でそう呟いた。
表情が無いから、人形のような印象を受けるが。
笑えば可愛らしい少女なんだろう。
給仕服の露出度が高くて、痩せているけど艶やかな四肢が目に眩しい。
手足のサイズが、実に危険な感じだ。
「ありがとう」
ナタリー司教が礼を言うと、少女が少し首を傾げる。
ひょっとしたら、それが返答だったかもしれない。
そしてどこかで、キリキリと歯車が回転するような音が聞こえてきた。
部屋に入ると。
「ディーン、まったく何の連絡もなく帝都を去って。
どれだけあたしたちが心配したか!
ひと月前の大騒ぎが起きるまで……
――なんど探しても、見つけることさえできなかったんだから」
栗色のウエーブの髪をひらめかせながら。
高級仕立のワンピースを着た。
どう見ても30歳前後の美女が、そう言って飛びついてきた。
「――マリスなのか? 変わらないな」
相変わらず大きなおっぱいに、俺がおどろいていると。
「あんたは…… 老けたわね。
あの美少年だった頃の面影は、どこに置いてきちゃったのよ!」
マリス・ノヴェルは、俺の腕の中で楽しそうに微笑んだ。
――よく見ると化粧が濃くなってるような気がしたが。
そこは言っちゃダメなところだろう。
なかなか離れてくれないマリスに困っていたら、ナタリー司教が。
「お、おほん! 初めまして。
わたくし転神教会で帝国との交渉を担当しております。
ナタリー・バウラと言います。 ――以降、お見知りおきを」
こめかみを引きつらせながら、自己紹介をした。
「ねえディーン、あれが新しい女なの。あんた趣味が悪くなったんじゃない?」
マリスが挑発的に、ナタリー司教を睨んだが。
「ご主人様、来賓室にお食事の準備が整いました」
例の人形少女が声をかけてくれたおかげで。
要らぬ戦いは……
――どうやら、避けられたようだ。
広々とした来賓室に、10人は座れるだろう大きなテーブルがひとつ。
そこに3人で座り、昼食をとる事になった。
「メリーザとは、子供ができるまでは交友があったのよ。
彼女はそれまで賢者会に務めてたからね。
キュービがあそこで鉄を採取して、ひと山当てたでしょ。
あたしが執筆に行き詰る度にあの宿に行って。
3人で良く温泉に入ったんだけど」
給仕はあの少女ひとりだけのようで。
彼女がぽつんと部屋の隅に佇んでいると…… 尚、静けさが増す気がした。
マリスとナタリー司教が話してるスキに、もう一度よく少女をよく確認する。
やはり、細く美しい手足は危険だ。
初めは険悪な雰囲気だった2人も、マリスの話が進むにつれ。
「そ、そのっ、『夏の日の少年』って。
やっぱりディーン司祭とキュービ会頭が、モデルなんですか?」
ナタリー司教の目が、ミーハー化してきた。
賭け事やゴシップに、たまーに暴走する彼女が。
――微妙に心配なんだが。
「そうよ、ディーンから聞かなかった?
このトーヘンボクをあたしとキュービで取り合っちゃったのよ。
もう、若気の至りね……」
あっけらからんと言うマリスに、俺はスープを吹き出しそうになったが。
なぜかナタリー司教は、うっとりとした顔で。
「なんだか素敵ですね」 ……そう呟いた。
バカバカし過ぎて読んでなかったが。
『夏の日の少年』を、念の為チェックしておこうと心に決め。
「マリス、そんな話のためにわざわざ呼び出したのか?」
俺が苦笑いすると。
「そーだったわね、急いでたのは別の事情よ。
キュービなんだけど、半月ぐらい前から消息が途切れちゃって。
それで10日ぐらい前かな? 手紙と…… まあ、後は読んでもらってからね。
宛先はあたしだけど、あなたにも重要なことじゃないかな」
マリスは俺に向けて、テーブルの上に封筒を差し出した。
俺が手紙を取り出すと。
隣にいたナタリー司教がそれをのぞき込んでくる。
そこには……
初めの1枚に大きく『ディーン、あたしたちの子供を守って』とだけ書かれ。
後は白紙が2枚、封入されていた。
「なんだコレは?」
俺があきれてると。
「さあ、あたしにもサッパリ? で、その手紙と一緒に来たのがあの子よ」
マリスは、部屋の隅に佇んでいた少女を指さした。
左目のマーガで確認したが、魔力は感知できない。
――なら、魔法的な偽装をしているわけでもなさそうだ。
少女は俺たちの視線に気付くと、相変わらずの無表情でぺこりと頭を下げる。
ナタリー司教がポツリと。
「ねえ、そのネタは…… 使いまわしじゃない?」
意味不明なことをおっしゃった。
++ ++ ++ ++ ++
なにも書かれていない紙を、窓からこぼれ入る光に透かして見る。
特に筆圧や薬品の後は見受けられなかったが。念の為左目のマーガに聖力を供給して、確認すると。
「微妙だけど、魔力の残滓がある」
俺の言葉に。
「キュービって未来視の魔術以外に、なにか使えたっけ?」
マリスは不思議そうに聞いてきたが。
「4人が出会ったあの温泉宿の話は、キュービも詳細を知ってるのか?」
俺は質問を重ねた。
「ええ…… 3人でよく懐かしんで、あの宿で話したわ」
マリスが不思議そうに首をひねる。
「カーテンを閉めて、魔法灯をつけてくれ」
下手に説明するより、実践した方が早いだろう。
そう、このネタは使いまわしだ!
なにも書かれていない紙は、あの頃の俺たちを知らない限り分からない暗号。
そしてキュービは『幻覚魔法』が使える。
少女とマリスがカーテンを閉じ、やや暗くなった部屋に魔法灯をともす。
俺が紙をその明かりに照らすと。
複数の計算式があらわれ、最後に。
「アームルファムの秘宝」
――そう、記されていた。
「それって」
ナタリー司教が、小声で呟くのを聞きながら。
懐のガロウに手をかけた。
「この計算式は見覚えがあるが……」
俺はその紙から視線を外さず、足音に意識を集中し。
距離と方向を確認してから。
足音を消して近付いてきた少女の首筋に、ガロウを滑り込ませた。
「なぜ財団がそれを狙ってるんだ?」
ガロウを素手で握りしめ、反撃に出ようとした少女に体当たりをする。
「ダーリン、昨日のバカ力女と同じだよ! 魔力が感知できない」
ガロウの叫び声と同時に、アイギスも懐から抜き。
自前の聖力を込め、小型の盾に変形させた。
突き飛ばされた少女は、無表情のまま俺を見て。
「なぜ気付いた」と呟く。
「髪も瞳の色も、顔も微妙に違うが…… 手足がまったく一緒だ。
エマ、次からは体格ごと変えるんだな」
……胸も小さいし。
首を振る度に機械音がする少女なんて、他に知らない。
ローラの蹴りの影響が、まだ残っているのだろうか?
少女の鼻や頬が、キュイーンと聞きなれない機械音を発し。徐々に昨夜見た顔に戻り、髪と瞳の色も緑に変わった。
「手足の長さを変えると、上手く稼働できない」
少女は立ち上がりながら、俺の視線を追って。
恥ずかしそうに胸元を押さえながら。
「でもおっぱいの大きさは、変えたい」
微妙な希望を……
――俺に打ち明けた。




