真夜中の福音
ローラの行動は速かった。
「ぐおっ!」
司祭服を着たグールのような男がそう叫んで吹っ飛ぶ。
同時に落ちた旅行カバンには、傘は無く。
「あんたさあ、息が血生臭過ぎるんだよ」
そう呟くローラの手に、レイピアが握られていなければ。
何が起きたか、理解できなかっただろう。
いつ剣を抜き、何発突きを入れたのか……
左目のマーガですら。
ぼんやりと、あの明るい赤髪が揺れたことしか確認できなかった。
俺は懐のアイギスとガロウに手をかける。
室内に明かりはあるが、薄暗く。
俺でもはっきりと血の匂いが確認できた。
「ディーン、どっちが先頭になる?」
アタッカーとして勇者パーティーで活躍した、千剣のローラが先陣を切るべきかもしれないが。
「夜目は俺の方が効くからな、せっかくのデートだ。
並んで仲良く踏み込むとするか」
俺は念のために、左目のマーガに聖力を供給する。
視界が開けて、内部がハッキリと確認できたが。
この場所は聖堂なのだろうか? 祭壇には見慣れない宗教画が描かれ。100人は入れるであろう広々とした室内には、これと言った装飾もなく。
質素な机と椅子が無造作に並べられているだけで、誰ひとりとして人がいない。
「あら? それも素敵ね」
ローラは特徴的なツリ目を細めて、楽しそうに笑い。
倒れて動かなくなった司祭服の男を蹴り上げ、生死の確認をすると。
「じゃあ、行きましょう!」
レイピアの血のりを振り払い、俺に腕を絡めてきた。
押し付けられた弾力のある胸が、グニュリと形を変える……
――これ、シスター・ケイトより大きいんじゃないだろうか?
++ ++ ++ ++ ++
部屋の奥、祭壇の横に扉が在り。
そこを開けると明かりは灯っていなかったが、血の匂いが増した。
「こっちね」
ローラが何のためらいもなく、その回廊に進む。
ゆっくりとだが下がっているから、地下室があるのかもしれない。
「あの司祭服の男は、魔物だったんだろうか?」
確認してから潜入したかったが、ここまで血生臭いとその時間も惜しかった。
回廊は徐々に狭まり、いくつかの階段を下ると。
1枚の扉の前についた。
「さあ、答えはこの先にあるんじゃない?
――案ずるより産むがやすしよ!」
ローラが回廊の突き当りの扉を蹴り壊す。 ……剣士にしては足癖が悪いようだが。その度に見える、黒いレースのパンツが素敵だから。
俺としては、なんの文句もなかった。
扉が粉砕されると同時に、俺たちは姿勢を低くして室内に飛び込んだ。
ローラは右側の物陰に潜み。
俺は、左側のテーブルの下に滑り込む。
ここは…… 地下倉庫なのだろう。備蓄用の食料や、酒樽が置いてあったが。どれも血塗られた状態で、引きちぎられたような腕や足。
――四肢を失った遺体が、床に散乱している。
息を潜めて状況を確認していると「キュイーン」と、聞きなれない機械音が響き。腕が1本、俺の顔面めがけて飛んできた。
ガロウでそいつを受け止めると。
とんでもない力で、身体ごと吹き飛ばされる。
「ダーリン、こいつは魔力で動いてない! あたしじゃあ力を吸収できないよ」
ガロウの叫び声を聞きながら、受け身を取って距離を稼ぐ。
ローラを確認すると。
「ちっ! なんなのコレ」
同時襲撃されたようで。
14~15歳ぐらいの華奢なシスター服の少女に、剣を突き刺したまま。
それが抜けないことに、おどろいていた。
その緑の短髪の少女は、痛みを感じていないのだろうか? 感情が無くなったような顔で、刺さった剣を握りしめ。
――素手で反撃に出ようとした。
「もう!」
剣をあきらめたローラが、まわし蹴りを少女の顔に入れると。
ゴキン! と、鈍い金属音が響き。
首がへし折れたが…… そのまま、少女はさらなる攻撃を繰り出す。
「ローラ!」
アイギスに聖力を込め、鞘ごとローラに投擲すると。
――そいつを器用に片手で受け取り。
ローラは、レイピアに変形したアイギスで反撃に出た。
俺の目の前にも、二十歳前後の修道服姿の女があらわれる。
紫の長髪を振り乱し、返り血を全身に浴び。
躍動感あふれる美しい姿は、悪魔のような淫猥さと、聖女のような清らかさを感じさせ。――どこか悲し気なパープルアイを揺らめかせていた。
「なんだ…… お前はさっき逃げてった『感染者』じゃないね。
どっから紛れ込んだんだ?」
攻撃の意図が感じられなかったから、俺はガロウを下げ。
「転神教会のディーン。
――ディーン・アルペジオだ。
ウチの教会に、逃げ延びた村人から救助の依頼があった。
そっちにいるのは、サイクロン領の騎士団長ローラ・ラングスレンだ」
そう名乗る。
床に散乱している死体と同じ、禍々しい魔力は……
――この女からは感じられない。
状況からして…… 彼女たちが『旅人』の可能性が高い。
念の為ブーツに仕込んだ投げナイフには、手をかけたままにしておいたが。
「ああ、あんたが…… 噂には聞いてたけど、どおりで。
腕を貫かれたのは、何年振りかしら?」
女は自分の左腕を不思議そうに見た。
そこにはガロウが貫通した後があるが、自分の血は一滴も流れていない。
ただ返り血が滴っているだけだ。
「お前たちは誰だ? それから感染者って……」
「ここは財団の管理する教会だよ。
聖国の犬は黙ってて。
まあ、お互い情報が錯綜してたみたいだから、今回は大目に見てやるけど。
次はないから。 ――有名人さん」
ローラと戦っていた少女が、ガシャガシャと機械音をたて。
自分で折れた首を力業で直し、腹に刺さった剣を引き抜いた。
「ブラディ隊長、この女はどうすれば?」
少女の声に。
「エマ、そこのビッチは…… 闇族でも、その使徒でも、感染者でもなさそうだから、今日の作戦はもう終わり。
あなたもそろそろ、その隠しナイフから手を離してくれないかな?」
ブラディ隊長と呼ばれた紫髪の女が答える。
俺がブーツからゆっくりと手を離すと。
女はクスリと微笑んだ。
「ビ、ビッチ!?」
ローラがもう一度レイピアを構え直したが。
「やれやれです、おばさんは執念深くて」
無表情のまま、エマと呼ばれた少女は両手を広げ。
ギリギリと壊れた機械のような音をたてながら、左右に首を振る。
「ふん、貧乳軍団が…… 妬みかしら?」
ローラの言葉に、残り2人の視線に殺気がこもった。
ああ、確かに2人ともスレンダーで貧乳だが。
それは言ったらダメだろう。 ……特にローラは。
無意味な緊張感が徐々に高まり。
俺が戸惑っていたら、通信魔法板が緊急通信の点滅を始めた。
「ディーン司祭、今大丈夫?」
懐から取り出すと、ナタリー司教の慌てた声が響いてくる。
俺は辺りを見回し。
「微妙かな?」正直に答えたら。
「なにそれ?」と、返されていまった。
「今聖国から撤退の命令が出たわ、財団から圧力がかかったみたい。
――見なかったことにして戻れ。
ただそれだけで、なにを言っても。 ……応じてくれないのよ」
横では、ローラも通信魔法板で話を始めた。
こっちの会話が聞こえてたようで。
「イザベラからよ。同じように、帝国から連絡があったみたい」
ローラはそう言いながら、俺にアイギスを投げ返した。
「じゃあ、ここはもうお開きね。後片付けは、あたしたちに任せて。
そうそう、まだあたしは名乗ってなかったかしら。
――第13聖騎士隊長、ジェシカ・ブラディ。
『真夜中の福音』の方が分かりやすいかな?」
ジェシカはそう言うと、切れ長のパープルアイを揺らし……
――また、少し悲しそうに微笑んだ。
++ ++ ++ ++ ++
俺たちは村を出ると、少し離れた丘の陰で隊を隠し。
念の為待機しながら様子をうかがっていた。
「ねえディーン、ここから見えるの?」
左目のマーガに聖力を込め、視界を調整していると。
ローラが訪ねてきた。
「なんとかな…… いま黒服を着こんだ数人の男が、死体を教会から運び出して燃やしてるが。たぶん被害者は4~5人だ。後はどう見ても魔物だな。
生きてる村人は、無事救助されてる。結構な人数が教会から出てくるから。
あの倉庫の奥が、避難所だったんじゃないか」
こういった辺境の村には、魔族襲撃に備えた地下の隠れ家があると聞いたことがある。きっとここは、教会がそれを管理していたんだろう。
「凄いわね、暗闇であの距離で、村の詳細が分かるなんて」
ローラが俺の隣に座ると、お嬢様も近付いて来た。
「帝国からまた連絡があったわ。今回の件の口止めを財団側が要請してるのと。
あの子のお母さんが、あなたと子供に会いたがってるって。
それから、ようが済んだらさっさと撤退しろとも言われたわ!
ここに隠れてるのも、バレてるみたい。
――財団には、帝国の経済界の重鎮も多いみたいで。
あまり無理は言えないってゆうか…… もうこれじゃあ言いなりね」
ため息交じりにそう言って、お嬢様も俺の近くに座る。
「今回の魔族の襲撃の狙いが分からないのが痛いな。
どう考えても、あの村を乗っ取って……
――街を襲撃しようとしていたとしか思えん」
サインロード村を起点に、戦力を増強されれば。
サイクロンの中心街は危険にさらされる。
問題はそんなことをして、魔族に何のメリットがあるかだが…… 強固な平和協定下にある『帝国』と『魔族合衆国』の間に、問題があるとも思えない。
「でもこうなったら、手も足も出ないわよ。
それに、情報戦は苦手だし」
ローラがそう言ってゴロンと寝転がった。
まだあの破壊力の高い修道服を着たままだから、その。
いろいろ見えてるんですが……
俺がローラからそっと目をそらすと。
「ねえ、あっちから人が歩いてきてない?」
お嬢様が、村の方向を指さした。
そちらに目を向けると。懐かしい青髪の女性が、ゆっくりと近付いて来る。
「あらディーン、いい男になったわね。
娘が…… ジュリーが迷惑かけたみたいだけど、元気?」
少しやつれたような気もする、その照れたような笑い方は。
時間を超えて、俺の心を揺らした。
「ああ、ウチの教会で元気にしている」
俺がメリーザに笑いかけると。
娘のことで安心したのか、ホッと一息ついて。
「それでディーン、駆け落ちの相手ってどっちなの?」
変な事を聞いてきた。
「あっ! はーい。それ、あたしだけど」
その質問に答えるように、ローラがニコニコと手をあげると。
「か、か、かけおち……」
お嬢様は。
また不思議な格好で、崩れ落ちるように倒れた。
それ、絶対わざとだよな?
俺は、いろんな疲れを飲み込んで……
――心の中でクールにため息をついた。




