父親としての優しい愛
少女は疲れからか…… その後、倒れるように眠りについた。
やすらかな寝息を確認して、俺はシーツをかけると。
「しばらくは眠っているだろうが、もう容態は落ち着いてる。
目が覚めたら、なにか食事でもとらせれば大丈夫だ」
不思議な格好で倒れ込んだままの2人にそう説明した。
「そうですか…… では、行きましょうか」
シスターがポツリとそうもらすと。
「そ、そうじゃな。うむ、そうしよう」
リリーがそれに頷き。
――俺は2人に引きずられるように、聖堂まで連行され。
懺悔室に監禁された。
「聖ラズロットの名のもとに……
ウソ偽りなく話し、悔い改め、2度と繰り返さないと誓うのであれば。
――その罪を許しましょう」
シスターの静かな声が、小窓の格子ごしに聞こえてきたが。
そっちが司祭の入る部屋じゃないんだろうか?
「いったい何のことだ?」
俺が聞き返すと。
「罪は罪です、ちゃんと素直に話してください!」
「そうじゃ、素直に言えば我もそこまで怒りはせん。過去のあやまちなら、広い心で許してやっても良い」
シスターとリリーの声が聞こえるってことは、あの狭い部屋に2人でいるってことか。まったく、暑苦しくないんだろうか?
「何が言いたいか想像はつくが、それは誤解だ。
そもそも、そう言う関係ではなかったし。
あの子の歳なら…… 12~13年前は、帝都で冒険者をしていた。
メリーザとは会うことすらなかった」
俺がため息交じりにそう言うと。
「エロシスターよ、どう思う?」
「リリー様、困りましたわ…… ここではウソかどうか。
あたしの能力じゃ、判断できません」
2人のコソコソ話が聞こえてきて。
「うむー、それでは異端審問に切り替える!」
リリーが妙なことを叫んだ。
「おいおい、そんなものはもう教会ではやらないし。
俺は賢者会出身だが教義は守ってる、異端じゃない」
その昔、教義から外れた罪を犯す者への宗教裁判として。
そんなことがあったらしいが……
――今ではもう教会の黒歴史だ。
俺があきれていると、ドカドカと2人が移動する音が聞こえ。
懺悔室のドアが強引に開き、シスター・ケイトが乗り込んできた。
「ディーン様、あたしの目を見てちゃんと答えてください!
その、えーっと。あの子のお母さんとは…… やっ、や、や」
俺の膝の上に手をつき、二の腕で胸をはさみ込むようなポーズで顔を近付けてきたと思ったら。そこまで言うと。
恥ずかしくなったのか、顔を赤らめ。シスターは自分から視線を外した。
うん、もうその『きゃみそーる』からこぼれそうな巨乳しか見えませんが……
「さっきも言っただろう、やましいことなんかしてない。
なぜあの子がそんなふうに俺を呼んだのか。 ――こっちが聞きたいぐらいだ」
俺がそう言うと、シスターは懺悔室から出て。
俺の頭上を確認した後、リリーの顔を見た。
「で、どうじゃ? なにが見える」
「そのー、リリー様。なんだかピンクい感じが、もわっと。
欲情しているということは、やっぱり……」
「阿呆! エロシスターよ、ここで下僕を誘惑してどうするつもりじゃ」
「えっ? そんなつもりはないんですが」
「仕方ない。なら、我が代わりに問い詰めよう! よく見ておれ」
2人でまた妙な会話をしていたが。
リリーが俺の前まで来て。
「下僕よ! 主はあの娘の父親なのか?
やったのかやってないのか。男らしく白状せい!」
片手を腰に当て、空いた方の手で俺を指さした。
「リリー、人を指さしちゃいけないし。
年頃の女の子が『やったやらない』なんて、大声で叫んじゃダメだ」
俺がリリーを注意すると。
クルリと振り返り。
「エロシスターよ、どうじゃ?」
リリーはシスター・ケイトに問いかけた。
「はい、父親としての優しい愛が見えます」
「と言うことは…… やはり、あの娘は」
「リリー様、それは違うと思いますが」
シスターが微笑みながらそう言うと、リリーは不思議そうな顔をした。
「らちがあかんな」「そうですね……」
そして2人が同時に首をかしげる。
なんだろうコレ? 新手のコントか何かだろうか。
俺はため息をつきながら……
――閉じ込められた懺悔室から、脱出した。
++ ++ ++ ++ ++
昼食の準備が終わる頃に、少女は目を覚ました。
もう自分で立って歩けると言うので、食堂でいっしょにテーブルを囲む。
「あたしの名前はジュリエッタって言います。お母さんや友達はジュリーって呼んでますから。お父さんもそう呼んでください」
ジュリーはそうとうお腹が減っていたみたいで。
シスターが並べてゆく皿に片っ端から手を付けていた。
「ジュリーとやら、もぐ。主は、もぐもぐ。どこから来たのじゃ、もぐ」
「あたしは、もぐもぐ。サインロードって村、もぐ、から来ました」
競争するようにリリーも食べ始め。
「そんなに急がなくても、たくさん作りましたから。2人とも、ゆっくりと召しあがってください」
シスターが慌てて料理を並べている。
「シスターの言う通りだ、とにかく落ち着きなさい」
俺がそう言うと。
「はい、お父さん」
ジュリーは嬉しそうにそう言って。
背筋を伸ばし、ゆっくりとスプーンを動かし始めた。
素直に言う事を聞いてくれるのは嬉しいが…… 何故か急に老けたような気がするのは、なぜだろうか?
「サインロードなら、ここから馬車で3刻ほどだが。
――ジュリーはどうやってここまで来たんだ?
それから、いったい何が起きたんだ?」
サイクロンの中心街から南東に進んだその村は、魔族領との境にあるボールブ山脈のふもとにあり。
さらに山沿いを馬車で1日下ると、賢者会『東の学び舎』に行くことができる。
うろ覚えだがメリーザの生まれが、その村だった。
「昨夜、村が魔物に襲われて…… あたしはなんとか逃げのびることができたんで。昨夜からずっと歩いて。
お父さんが最近、サイクロンの教会の司祭になったって噂を聞いてたから。急いでここまで来たんです」
急に昨夜のことを思い出したのか、少し震えはじめたジュリーの肩を。
シスターが、そっと支えるように抱きとめた。
「ジュリーちゃん、安心して!
優しいお父さんが、ちゃんと助けてくれるから」
「うむ! ジュリーとやら。
その男の下半身は信用できんことが分かったが、多少は頼れるヤツじゃ。
我も力になってやるから、心配するでない!」
2人の言葉を受けて、微笑むジュリーは愛らしかったが。その横で俺を冷ややかに睨む2人の視線は、とても恐ろしく見えた。
「まずは詳しく事情を話してくれ。その後、サインロードに向かうとしよう」
俺は3人の視線を同時に受け止めながら。
はたして生きて帰れるかどうか……
――いろんな意味で不安になってきた。
++ ++ ++ ++ ++
食事が終わって直ぐ、通信魔法板でお嬢様に連絡を入れた。
この教会の領の管理担当者は彼女だし、サインロードはサイクロン領だ。教会を数日空けるかもしれないし、魔物の襲撃から領民を守るのも領主の仕事になる。
1コールで出てくれたお嬢様に、ジュリーから聞いた詳細を話すと。
「そう、ここ数年山脈を越えて魔物が襲撃に来ることがなかったけど。
辺境警備兵は山脈沿いに常駐してるから、連絡してみるわ。
それから、あなたもサインロードに行くの?」
「サインロードに昔の馴染みがいるようだし、助けを求めてきたのはその娘だ。
放っておくわけにはいかんだろう。
――それに、いやな予感がしてならない」
ジュリーの話だと、村を襲ったのは知能の高い魔物だ。計画的に村を孤立させ、そこを拠点として何かをたくらんでいる可能性が高い。
「じゃあ、領主城からも対魔物の部隊を出すわ。
陣頭指揮はあたしがとる。ねえでも、今から向かったら現地につくのは夜よ。
どうするの?」
セオリーでは魔物との戦いは昼を選ぶ。夜目が利き、夜の魔力を味方にするやつらと戦うには、不利な時間になるからだ。
「昨夜村を襲って、村人たちを教会に集めたそうだ。
なら、今晩までは生きている可能性は高いが…… 明日は、難しい」
日が落ちれば、やつらは何かの準備と。
――選別と食事を始めるだろう。
「そうね…… 分かったわ、半刻ほど待ってて。
馬車を準備して、そっちに行くから」
お嬢様との会話を、3人に説明し。
ついて行くと言ってきかない、リリーとジュリーを説得していたら。
「ディーン! ついたわよ」
指揮官服を着こなしたお嬢様が、さっそうと食堂に飛び込んできた。
ジュリーが俺の背に、そっと隠れたので。
「紹介するよ、こちらはイザベラ・プレセディアさん。この教会の責任者のひとりで、領主の御息女だ。今回魔物討伐の陣頭指揮も執ってくれる」
そう言って、お嬢様の前に立たせると。
「宜しくお願いします」
ジュリーはペコリと頭を下げた。
「この子がサインロードから助けを求めてきたんだ」
俺がお嬢様に紹介すると。
「なかなか可愛い子ね」
お嬢様はジュリーに笑いかけた。
「イザベラ様も、お父さんも。
……どうかお母さんと村の人を、助けてください」
ジュリーがもう一度、祈るように頭を下げたら。
「お、おとうさん?」
お嬢様がそう呟き、シスターとリリーを見た。
2人が同時に、ゆっくりと首を振ると。
「申し遅れました。
あたしディーン・アルペジオの娘で、ジュリエッタと言います」
ジュリーがそう言って、お嬢様に微笑みかける。
その言葉に。
「む、む、むすめ……」
お嬢様は、リリーやシスターがやったのと同じ格好で。
崩れ落ちるように倒れた。
それ、流行ってるのか?
俺は、微妙な不安を飲み込んで……
――心の中でクールにため息をついた。




