夏の日の彼女 4
カグレーさんの部屋は、この宿唯一のスイートで。他の部屋を2つ合わせたほどの大きさがあり。ベッドルーム以外にリビングが存在している。
「おや、バイトの学生さんだったんだね。さきほどは考え事をしておったんで、ちゃんと挨拶もせずにすまなかった」
俺の顔を見ると、カグレーさんはニコリと笑った。
メリーザさんがリビングのテーブルに食事を運び。
俺がいつものように部屋を見てまわろうとしたら。
「掃除はいいよ、まだ汚れてはいない」
やんわりと断られてしまった。
なんとかベッドルームをのぞき見たら。
そこには大小さまざまな工具が並べられている。
とくに紙やペンと言った筆記用具は見つからなかったが。
「ここの人も、なんかちょっと怪しいわね」
部屋を出るなり、メリーザさんがそう言った。
「同意見かな…… 宿の主人が言ってたけど。
谷への柵は、特殊な工具か魔法で壊されたんじゃないかって。
安全のために、結構頑丈なものが使われてるみたいだから」
常連客なら、それを知ってた可能性は高いし。
彼は何かを深く悩んでいる。
「これじゃあ、誰が手紙の主か分かんないですね」
メリーザさんはそう言ったけど。
手紙の主に見当はついている……
――これはそんな、複雑な問題じゃない。
++ ++ ++ ++ ++
だから本当に悩むべきことは別にあった。
残ったワゴンの食事、2人分を自分たちの部屋に運び込み。
「じゃあディーンさん、あたしたちもいただきましょうか」
メリーザさんと2人っきりになり。
あらためて自分の置かれた危機的状況に、心の中で苦笑いする。
食事が終わったら、谷を見張ると言い訳して。外で野営の準備をして。
ついでに手紙の主に釘を刺しに行こう。
翌朝、ことの顛末をメリーザさんに話せば、この件は終わりだ。
その後手紙の主がどうするかまでは…… 俺には何ともできない問題だろう。
――そこまで考えて。
「どうしたんだ?」
テーブルに出されたお茶を飲んでいたら。
メリーザさんはモジモジと自分の身体を触りだし。
「なんかこの服、ちょっとサイズが合わなくて。あー、やっぱり。見て下さいディーンさん! ここ、赤くなっちゃいました」
メリーザさんが突然、給仕服の胸元をガバッと開ける。
大きな胸がボインと音をたててこぼれ出て、肝心な部分は手で隠しているが、ほぼ全開状態だ。
「ぶーっ!」
俺は、飲んでいたお茶を思わず吹きこぼす。
その下に、ブラジャーはしてなかったんですね……
「あん! もー、濡れちゃったじゃないですか」
「いや、ごめん。そ、それより見えちゃってますが」
顔と胸にお茶がかかった妙にエロっぽいメリーザさんから、なんとか視線をそらすと。
「見せてるんです! 今更なに照れてんですか?」
吹っ切れちゃうと女性の方が積極的になるって言うけど。
――この状態はちょっと想定外だ。
「ディーンさんて人族だけど、確か魔力を持ってましたよね。
回復魔法使えましたっけ?」
魔力を持つのは魔族や、レアな獣族。
そしてフレッド先生のような、代々魔力を保有する一部の人族しかいない。
「術式は覚えてるけど、俺は魔力が安定してなくて。 ――カスリ傷程度しか」
「じゃあこれは大丈夫ですよね」
「でも…… 直接触れないと無理だから」
顔をそらしながら会話をしていると。カサコソと音が聞こえてきて。
「じゃあ、お願いします! 放っておいたら消えないアザになっちゃうかもしれませんし。こんなとこ、他の人に触れられたくないですから。
あ、ちゃんと後ろ向いてますから安心してください」
視線を戻すと。脱いだ上着を胸元に抱えて、背中を見せたままベッドに座るメリーザさんがいた。
「でも……」
俺が困ってたら。
「お茶をあたしに吹きかけたのも、お風呂であたしの裸を見たのも怒りませんから。それに、こんなトコに変なアザができたら、あたしお嫁にいけません!
ディーンさん、責任取ってください」
メリーザさんは怒ったように、そう言い捨てた。
「わかったよ、じゃあその…… 失礼します」
俺は、しかたなく彼女の横に座る。
「あたしの言う通りに手を動かして」
「で、どうすれば」
「まず胸の下あたりがむず痒くて、そこに手をまわしてください」
俺が背中から抱え込むようにして胸の下に手を入れると。
「あっ、ん」
メリーザさんがビクリと震えた。
「ご、ごめん。ひょっとして痛かった?」
「だ、大丈夫です。その辺りをまずお願いします」
手先に魔力を集中して、回復術式を組むと。
「はぁ、んん」
またメリーザさんが、身体を震わせた。
「これで大丈夫だと思うけど」
「じゃあ、そのままゆっくり…… 手を上に滑らせながらお願いします」
言われた通り手を動かすと。
張りのある大きなおっぱいが、俺の手の中で形を変えてゆくのが分かった。
――しばらく彼女の言う通り、手を動かす。
なぜか太ももの内側や脇にも指示が出るので……
だんだん自分が何をしているか分からなくなりかけた頃。
「ディーンさん、さっきあたしに言い訳でもして。
この部屋を出て行こうとしたでしょ」
ぐったりと俺にもたれかかりながら、メリーザさんが小声で聞いてきた。
「……どうして、分かったんだ」
「女の勘です。ちゃんとそう、ディーンさんの顔に書いてありましたから。
ちょっとズルいって思ったけど、どうしても引き留めたくて」
『女の勘をあなどっちゃダメだ』
俺にそう教えてくれたのはジャスミン先生だった。
ああ、でも今は。先生のことを考えたらメリーザさんに失礼なんだろうか。
俺は、考えがまとまらないまま。
「その勘では、誰が手紙の主だと思った?」
ふとメリーザさんに質問した。
手を引き抜こうとして、微妙な場所を触ってしまうと。
「あん、もう…… バカ。
あの、ですね。根拠のない考えですけど。
やっぱりキュービさんには深い悲しみが。カグレーさんには大きな悩みが。
でもマリスさんは……
――締め切りに追われる劇作家にしか見えませんでした。
ディーンさんは、もう手紙の主が分かってるんですか?」
息遣いも荒くうるんだ瞳のメリーザさんが、途切れ途切れにそう呟く。
「ああ、たぶん手紙の主は……」
俺がそこまで言うとメリーザさんは俺を見つめ、ゆっくりとその大きな瞳を閉じた。
俺が戸惑いながら彼女の背中を支えると、カサリと紙がスレる音が聞こえる。
「これ、給仕服のポケットに入れたままだったわ」
抱えていた上着から、メリーザさんが例の紙を取り出す。
俺はそれを受け取って、ふと天井にある魔法灯にかざした。
「なるほど、劇作家か……
――メリーザさん、今は何刻だ!」
「えっ、あの…… 11の刻を少し過ぎたぐらいかな?」
くそっ! なんてことだ。
思ったより長い時間、メリーザさんを揉ん…… いや。治療に専念してしまった。
俺はもう一度、思考を今回の件に切り替える。
そう、これは恐ろしくシンプルな出来事だ。
……ただいろいろとタイミングが悪かっただけで。
だがまだ間に合うかもしれない。
今なら…… 彼女の言った『分かれ道』の手前だ。
俺が慌てて立ち上がると。
「ディーンさん、どうしたんですか?」
メリーザさんが、心配そうに聞いてきた。
「これをよく見て下さい」
例の紙をメリーザさんに渡す。
「ええっと」
文字の書かれた紙を、もう一度読もうとしたから。
「白紙の方を、透かすように! ペンの筆圧で、その内容が読めます」
メリーザさんは俺の指示で、白紙を魔法灯にかざす。
「へっ? えーっ!? な、なにこれ……」
上半身裸で、あきれたように驚いてるメリーザさんを後に。
もう一度しっかり、その美しいおっぱいを目に焼き付けてから。
俺は急いで……
――部屋を飛び出した。




