困った姉妹
ペンタゴニアの正門からあふれ出た魔族軍の先頭は、短剣を片手に持ったオーク兵だった。数にして10はいただろうが、半数近くをローラひとりで戦闘不能にしてしまう。
その間にアオイが詠唱を終え、ローラをかいくぐったオークたちを一撃で葬る。
後ろに控えていた勇者は、それを眺めているだけで1歩も動かない。
「な、なんで? なにが起きてるんだ?」
慌てふためく騎士隊長を、お嬢様が一喝した。
「整列! 隊を乱すな!」
その清んだ声に、20人ほどの聖騎士たちが慌てて隊を成す。
……これじゃあ、どっちが隊長だかわからない。
だが、お嬢様が指揮権を握るなら、後ろの兵も戦力として計算できる。
それに予想通り、むかえに来た聖騎士はこの襲撃を知らなかった。なら、この戦いに勝ち目は十分にある。
剣を握ったオーク兵の後ろから、第2弾として応用魔法兵器を持ったオーク兵があらわれた。魔族軍が好んで使う戦法のひとつだ。
勇者キドヤマが、無詠唱で軽く手を振ると。
オーク兵たちが持っていた銃器が一瞬で崩れ落ちた。
「ご主人様、高度の魔力干渉が観測されました」
アイギスからあきれたような声がもれる。
「あれが勇者の能力、魔法ハッキングだ」
俺もこの目で見るのは初めてだが、魔力を自在に干渉して敵の戦力を削り。
時には自分の戦力として利用する。
帝都戦ではたった3千の勇者を支持した軍勢で、5万の魔族軍を蹴散らし。
しかもその大半の軍勢は、勇者キドヤマひとりに敗れたというから……
フレッド先生はいったいどうやって、こんな規格外の能力を制したのか。
――想像もつかない。
「次は主力のバケモノが出てくると思うけど。さて、どうしよう?」
勇者が俺に話しかけてきた。
「ちょうど暇だったからな、付き合おう」
体長3メイルを超えるオーガが5体、大型の魔剣をぶら下げ近付いてくる。
その後ろには、ぼんやりとしか感じられないが。
駅で襲撃してきた幼女の気配と。もうひとつ、よく知る殺気が混じっている。
「ディーン様、あの獲物には手出し無用ですから」
ライアンが、妖艶な笑みを浮かべて魔剣を抜いた。狙いは例の幼女だろう。
「ほどほどにしとけよ」
その執念が、悪い方向に転ばなきゃいいが。
走り出すライアンと、その護衛についたルイーズを横目で確認しながら。
俺はホルスターから、ゆっくりとアイギスとガロウを引き抜いた。
乱戦になればなるほど、勇者の能力は圧倒的だった。文字通りあふれ出る魔物たちを、手玉に取るようにカウンターで次々と撃退してゆく。
俺もそれに合わせるように、アイギスとガロウで攻撃を加えてゆくが。
「しかしこれじゃあ、キリがない。
どこからあの魔物たちはあらわれてるんだ?」
正門前に倒れる魔物の数は、既に100を超えているだろう。
俺の呟きに、勇者が。
「空間のゆがみがあるね……
正門自体が、なんらかの召喚魔法として使われているのかな」
そう答える。
「なら、正門を破壊するか?」
俺の質問に勇者は。
「それも手だけど…… あからさま過ぎない? まるで壊してくれと言わんばかりの布陣だ」
首をひねった。
正門は高さ5メイル幅10メイルの石造りのアーチに、木製の扉が2枚重なったものだが。扉は完全に開いていないし、その奥が確認できない。
すきまから魔族軍が溢れるように出現するが、誰も門を守ろうとしない。
「例えそうだとしても、それ以外に方法はなさそうだ」
俺がもう一度勇者に話しかけると。
勇者はコクリと頷き。
「扉が邪魔で、どんな術式かハッキリとわからない。あの扉が完全に開けば、僕の能力で召喚魔法を止められる」
そう言って、俺に笑いかけた。
気配はするものの、例の幼女も。レイヴンも姿を見せない。これだけの大きな騒ぎなのに。聖国の兵士が、正門の騎士隊しかあらわれていない。
「どっちにしても、こじ開けるしかないか」
俺はため息をひとつのみ込んで……
――正門に向かって、走り始めた。
最前線は、ローラとライアンとルイーズの3人の剣士がオーガを抑え込み。
後方をアオイが魔術で援護している。
アタッカータイプの千剣のローラをライアンたちがタンクとして援護している。
即興の連携だが、ライアンが上手く立ち回り見事に機能していた。
しかし、ライアンの加勢に入ると。
「数が多すぎますね」
さすがの竜人剣士も息が上がっていた。
「門をこじ開ける、援護をたのめないか」
俺の言葉に、3人の剣士が同時に頷き。
門からあふれる魔物が途切れた瞬間、ライアンが強引に前に出た。
その後ろを俺が追走する。
「そうはいかないから!」
幼女の声が響き、長い木製の杖が門から延びた。
「待ちくたびれたよ」
ライアンが杖をかわしながら、喜びの声を上げる。
門から幼女が半歩飛び出すと、右からルイーズ。左からローラが同時に剣を叩き込む。驚くほど、息の合った連携だ。
幼女が防御魔法を展開した瞬間、俺はライアンの背から飛び出し。
正門の開いた扉の隙間に飛び込んだ。
++ ++ ++ ++ ++
……想像通り。
そこにはニョイを構えたレイヴンとフェーク・イミテルが対じしていた。
「ばーさん、年寄りにはきついだろう。助けが必要なら声をかけてくれ」
「あらーディーンさん、思ったより早いとーちゃくねー。
そー言ってもらえると嬉しいわー」
俺たちの会話に気付いたレイヴンが、苦笑いをしながら。
「勇者まで引っ張り出して、僕たちをハメたつもりだろうけど。あの御方は既にペンタゴニアの中に入られた。
ここで時間さえ稼げば…… すべては思惑通りだ」
ニョイを俺に向ける。
ばーさんの能力の詳細を知らないが。
今までレイヴンを抑え込んでたのなら、接近戦能力も高いのだろう。
あんなこと言ってるが、表情には余裕がある。
形としては、俺とばーさんでレイヴンを挟み込んでいるし。
周囲に他の敵もいない。
ペンタゴニアの結界で、魔物が中に入れないのだろう。かろうじて侵入できたのは、レイヴンと幼女、それから例の『あの御方』ぐらいか。
「発!」
レイヴンが俺に向かってニョイを発動させると。
「そろそろ、返してもらおーかしら」
ばーさんがレイヴンの背中に向かって左手を振った。
ドンと鈍い音が響き、地面が揺れ。
「なにをした!」
レイヴンが振り返りながら悪態をつく。
「時間稼ぎをしてたのわー、あなただけじゃないのよー。
よーやく役者がそろったからー、こっからは本気かもー」
ばーさんの手にはニョイが握られている。返してってことは…… もともとあれは、ばーさんの物なんだろうか。
1メイル半ほどの長さにして器用に振り回す姿は、堂に入っている。
以前セーテン老師が神龍と100日間戦い続け、和解したときに友好の証としてもらったと言っていたが。その話が本当なら……
――ばーさんの正体がだんだん怪しくなってくるが。
得物をなくしたレイヴンが腰から剣を抜き、ばーさんに襲いかかる。しかし、レイヴンの剣はことごとくばーさんにかわされた。
「今なら封印できないか!」
俺はアイギスとガロウに問いかける。
「ご主人様、どちらを……」
「男の方だったら、イケるんじゃね?」
「安心しろ! 俺は年寄りに優しいんだ」
レイヴンの背に、ガロウを投擲しようとすると。正門がゆらりと揺れた。勇者が結界に干渉したのだろうか? そちらに目を向けると。
「ま、間に合ったか!」
リリーが扉の隙間から入り込んできた。
俺が慌てていると、後ろから。
「えい!」
可愛らしいかけ声とともに、ばーさんがレイヴンをニョイで殴り倒した。
あまりのことに、あっけに取られていたら。
「下僕よ! 伏せるのじゃ!!」
突然リリーが俺に覆いかぶさり。その上を、高濃度の魔力が通過して行った。
「あらー、今までこそこそ隠れてたくせにー。やーっぱり…… 邪魔をするの?」
ばーさんがリリーを睨む。
「下僕をどうするつもりじゃ!」
リリーは俺に乗っかったまま、動こうとしない。ばーさんは殴り倒したレイヴンを踏みにじりながら、ゆっくりとニョイをこちらに向け。
「せーっかくあらわれた聖人候補なんだから……
あのヤローと、勇者を呼び寄せるために開いた『破滅の門』をー。閉じるのに使うに、決まってるでしょー」
ニコニコ笑いながら、不審なことをおっしゃる。
ばーさんが勇者や『選ばれし魔族の男』をペンタゴニアに集めるために動いていたことまでは、想像がついている。
そもそも彼女がサイクロンの教会に来ていたのも。シスター・ケイトの問題だけが理由じゃないだろう。なにせ、怪しい動きが多すぎた。
しかし、主体的に事件を動かしていたわけでもない。選ばれし魔族の男がおこす事件や、皇帝陛下の狙いを利用しながら。
――俺や勇者を導いてきたのだろう。
なぜなら、ばーさんの行動にはいつも優しさがあった。正確になにを考えているかまではわからないが。今もそうだ……
あの魔力は完全に俺とリリーを狙っていなかったし、殺気すら感じなかった。
やはり俺の考えは間違っちゃいない。
「リリー、いいかげんあのばーさんの正体を教えてくれ」
「うむー! そ、そうじゃな。もう、隠し立てする必要もあるまい」
リリーはうつ伏せに倒れた俺の背で立ち上がり。
「テルマよ! そんな姿で、いったいなにをたくらんでおる!」
両足でグイグイ俺を踏み付けながら、そうわめいた。
「姉さん…… そーんなこと、ペラペラしゃべるわけないでしょー!」
ばーさんはそう答えると。
全身を淡く輝かせて……
――黒髪に黒い瞳の17~18歳ぐらいの少女に変貌した。
顔つきもリリーそっくりで。
あと5~6年歳を重ねたら、リリーもそうなるんじゃないかと思える姿だ。
テルマと呼ばれた少女がニョイを俺たちに向けて構えると、ブルンと大きな胸が揺れる。今のリリーが成長しても、あのサイズは無理じゃないかと…… ふと、そう思ったら。 ――リリーに頭を踏まれた。
「下僕よ、なにを考えておる」
「いや、妹なのにあっちの方が成長してるな…… と」
「あやつは封印されておったわけじゃないかのう」
そう言ってさらにグイグイと頭を踏み付ける。
――地味に痛いんだが。
テルマも、対抗するようにレイヴンの頭をグイグイ踏み付けた。
まったく困った姉妹だ。男を虐待する趣味でもあるのだろうか?
さっきまでピクピクと動いていたレイヴンの手が、パタリと地に落ちる。テルマがなにかを確かめるように、ニョイで動かなくなったレイヴンを数回突くと。
グイーンと低い音をたて、正門の扉が開いた。
「姉さん、じゃーまたねー!」
それを見たテルマが慌てて走り出すと。
「ま、待つんじゃ、テルマ!」
リリーは大声で叫んだが。
俺の後頭部に乗せた足を強く踏み込んだだけで……
――なぜか、追いかけようとはしなかった。




