美しい太もも
帝都の駅に着くと、特別列車の寝台車両へ案内された。車掌の話では、朝までにブラウンモールに到着するそうだ。
1車両に個室が4つしかない豪華客席を、2両貸切っての移動。9人で8部屋を分けることになるから。
「俺とライアンが……」
そう言いかけたら、ライアン以外の全員が嫌な顔をした。 ――どうやらこの誤解を解くのは、時間がかかりそうだ。
「リリー様は、あたしと同室で良いですよね?」
シスター・ケイトが、リリーにそう話しかけたら。
「うむ、かまわんぞエロシスター!」
リリーも嬉しそうに返事をしていたから、けっきょく部屋割りはそうなった。
個室に入ると給仕服を着た女性が食事を準備してくれる。
「お酒は飲まれますか? こちらのメニューから選べますが」
胃に食べ物が満たされると、眠気が襲ってきた。
「もう寝るから、水を一杯もらえないか」
若い獣族の女性はニコリと笑って、グラスに水を注いでくれる。 ……まったく至れり尽くせりだな。
給仕の女性のフリフリのミニスカートからこぼれる虎柄の尻尾と、ハリのある美しい太ももを思い出しながら……
――俺は疲れた野良犬のように、ベッドにもぐり込んだ。
++ ++ ++ ++ ++
そこは、見知らぬ森だった。
見たことのない木々や植物におおわれ、気温や湿度も高く。遠くから波の音が聞こえてくる。昔、書庫の資料で見た「熱帯ジャングル」というやつだろうか。
草木は原色の色合いの大きな花を咲かせ、うねりくねった樹には大量のツタが絡まり、その下には見たことのない実がなっていた。
「あらあら…… お早いおこしですわね。
もう少し、時間がかかると思っておりましたが」
切り株に座っている少女が、俺の顔を見てニコリと微笑んだ。
ストレートの腰まである金髪。やや眠たげな大きなタレ目に愛嬌のある顔立ちで、仕草は落ち着いていて大人の女の色気があるが、笑顔にはまだ幼さが残っていた。
「キミはさっきの女給だね…… ああ、これは夢か」
頭の上の虎じまの耳と、ミニスカートからこぼれ落ちる同じ柄の尻尾は、見覚えがある。服装も、さっきと同じだ。
「やはり気付いておりませんでしたか…… 声は先ほどの戦闘のとき、聞きましたでしょう? あたくし、アイギスと申します。以降、お見知りおきを」
アイギスと名乗った少女がペコリと頭を下げると。草むらから、教会であった妖魔がひょっこりと顔を出し。
「そいつはアイギスの太ももしか見てなかったよ、気付くわけねーだろ」
そう言って、アイギスの隣にドカッと腰を下ろした。
同じ金髪碧眼だが、アイギスより若く見え、ショートボブの髪型が元気そうなイメージを出していた。
教会であった時と同じようにシスター服を着ていて。
アイギスと違い、こっちは胸がドーンと盛り上がっている。
そして今は、ルウルみたいな狼耳と尻尾がついていた。
「疲れて寝入ったわりには、愉快な夢を見るもんだ」
2人の美女を前に俺がため息をつくと、アイギスとガロウはお互い目を合わせ。
「残念ながら夢ではありませんわ」
「これはアイギスの能力のひとつでさー、あんたは特殊な時空に取り込まれたんだ。まあ、夢ってのは半分あってるよ。
現実のあんたはベッドの上でスヤスヤお休み中だからな」
2人の言葉に、俺が戸惑っていたら。
アイギスが申し訳なさそうに説明をはじめた。
「安心してくださいディーン様、何も取って食べちゃおうってわけではありませんから。何千年ぶりにわたくし達の主になれそうな人があらわれたので……
――挨拶と言いましょうか」
アイギスの言葉を、ガロウが引き継ぐ。
「試験をはじめようと思ってさ」
「試験?」
俺の質問に、ガロウが頷く。
「そう、この空間は時間の流れがちょっと特殊でね。
現実で8刻もたてば、こっちじゃ1年以上の月日が流れる。
あんたが寝ている間にあたし達で、本当の主たる人物かどうか見極めようって」
「なにをする気なんだ? お前たちが気に入らないのなら……
もう一度教会に戻してもいいんだが」
俺が苦笑いすると。
「それを判断したいのですわ。
もちろんお断りするのでしたら、試験は致しません。その代わり、今後あたくし達がディーン様の前にあらわれることはないでしょう。
この空間には、ラズロット様が封印された数多くの魔物が放たれております。
わたくし達がディーン様の武器となり、それらの魔物と戦って。すべて倒すことができるのなら。 ……お供しようと思いまして」
アイギスがそう、優雅に答えた。
今の状況では、戦力は多いに越したことはない。
ましてや伝説の聖具からのお誘いだ。
実戦で使い方を覚えれることも魅力的だが。
「他に、なにか条件でもあるのか」
――話がうますぎる。
「とくにねーよ。あたしらは、すでにあんたの考えの大半を読んだ後だし。
さっきの騎士団や皇帝とのやり取りも見てた。
あたしが乗っ取っていたエラーンって娘も、お前のこと凄く評価してたしな。
だから後は、あたしらを使えるかどうかの判断だ」
ニコリと笑うガロウに。
「付け加えるのであれば…… そうですね。
この空間で魔物に襲われても、無傷ではすみません。最悪精神体が消えて、死に至る場合も有り得ます」
アイギスが、説明を続けた。
つまりは…… 初期試験は通過したけど、最終試験はまだ。
試験を断れば、アイギスとガロウは使えないし。
試験中、俺が使えないやつだと判断すれば殺す。
ラズロットが封印した魔物なら、すべてSクラスのモンスターだと考えた方が良いだろう。中には、ランクの付けられない神話級の魔物も存在するかもしれない。
この条件じゃあ、まるで悪魔との契約だ。
サラやシスター・エラーンを乗っ取ったことを考えても。
……すでに人としての感情が希薄になっているのかもしれない。
彼女たちになにか、できることがあるとしても。
先ずこの試験を突破しなくてはいけないだろう。
「美人の誘いは、基本断らないことにしている。ルールがあるのなら、先に説明してくれ」
俺はできるだけクールに見えるように、そう呟いた。
「そうですか、ありがとうございます」
アイギスがそう呟き、妖艶に笑って、説明を始める。
「試験が始まりましたら、途中で止めることはできません。すべての魔物を倒すか、ディーン様の命が尽きるまで。眠る度に、この空間に招かれます。
この空間ではディーン様は精神体ですが、人としての欲求は消えません。
肉体と心は切っても切れない関係にありますので。
ですから、食欲が出たらあの実を食べてください。多少の傷は治りますし、飢えもしのげます。
それから眠たくなったら、お休みください。もっともその間、魔物が襲って来るかどうかは分かりませんが」
そこまで話したら、アイギスは顔を赤らめガロウを見た。
「あー、それでだな。欲望って言ったら、アレもあるだろ!
――下手したら何年もここにいるわけだしな。
あたし達もオニじゃないから、言ってくれれば好きなだけヤラしてやるって話さ。変に襲われるよりましだし。あたし達にだって、そっちの欲はあるしな」
ガロウが背中をそらせ、片腕をあげて大きな胸を強調しながらウインクすると。
アイギスはスカートの裾を上げながら、口に手を当て「ふふっ」と笑った。
「食事と睡眠の件は分かった。それからそっちの話は……
――好意だけ受け取っとくよ」
俺がそう言って苦笑いすると、2人は目を合わせ。
「これで面接は終わりですよね?」
「そーだな、これで合格で…… 次は実地だな」
ブツブツと何かを話し合った。
ひっかけ問題だったんだろうか? ……危ないところだった。
「じゃあ、あたしは短刀になるけど。形状は多少変えられるぜ!
大物の魔物が多いから、なんなら大剣になろうか」
近寄ってきたガロウに。
「いや、もっと小さく。 ――ナイフになれないか?」
そう伝えると、彼女は1本のナイフに変わった。
「わたくしはどうしましょう?」
問いかけてきたアイギスに。
「ナイフになれるのなら、そうしてくれ」
そう言うと。
少女の姿が消え、切り株の上に1本のナイフが刺さっていた。
左手にアイギス、右手にガロウを握りしめると。森の奥から、大きな足音が響いてくる。姿を見せたのは、体長4メイルを超えるゴーレムの戦士だった。
「あれは、魔王の宮殿にいた門番ですわ」
左耳からアイギスの声が聞こえ。
「動きは遅いが、やたら硬くて力も強い。
魔力攻撃も効かない相手だが…… さあ、どうする?」
右耳から、ガロウの言葉が響いた。
「そうだな、まず相手の能力を把握したい。とりあえず正面からぶつかろうか」
そう言うと、2人から歓声のようなものが上がる。
俺は2本のナイフを握り直して……
――巨大なゴーレムに、ゆっくりと歩み寄った。
++ ++ ++ ++ ++
目を覚ますと、シーツの端に膨らみがあり。そいつがもそもそと動いている。
「おいこらリリー、こんな所でなにしてる!」
俺が布団をまくり上げると。
「おお、下僕よ! 起きたのか!」
パジャマ姿のリリーが目を丸くして驚いていた。
「ちゃんと服を着てるんだな」と、思わず安心してそう言ったら。
「お主は我の事をなんじゃと思っとる!
クローゼットの中に、パジャマぐらい置いてあったぞ」
そう言えば、そんな説明も聞いたような気がしたが……
疲れていて、急いでベッドにもぐり込んだから。俺は上半身裸のままだ。
列車のカーテンを開けると、上りかけた朝日が入り込んでくる。
就寝時間を逆算すると、6刻といったところか。あの空間から帰ってきたせいか、熟睡したせいか。節々に痛みがあるが、寝起きとしては悪くない。
「ここからアイギスとガロウの邪気が感じられた。
あやつらがちょっかい出すのは、もう少し後じゃろうと思っておったが……
なあ、下僕よ。やつらと変な契約は結ばんかっただろうな?」
「変な契約?」
俺がとぼけて聞き返すと。
「うむ、実はじゃな。やつらはラズロットの手を離れてから、強者を求めて…… とある試練を課し、それを成したら使役しても良いというのじゃ。
幾人もの歴代の剣聖や勇者が挑み、誰ひとりとして突破しておらん。
――みな長い眠りにつき、そのまま死んでしまったそうじゃ」
「そんな話があるんだ。よく知ってるな、それはおまえが封印されてからの出来事じゃないのか?」
「ラズロットのやつが設計した教会は、それぞれ龍力でつながっておる。アイギスとガロウが教会に縛られるときに、封印にたずさわった教徒どもが騒いでおった。
たぶん、歴代の剣聖や勇者の関係者がこの話を恥だと思い。
伝承をねつ造でもしたんじゃろう…… 正確な記録が残っておらんが」
やはりそうか、前々から疑ってはいたが。
リリーは最近、通信魔法板で収集した情報だけじゃなく。封印中もなんらかの形で、情報を得ていたのだろう。
まだ確証はないが、何かを隠している気がしてならない。
「リリー、お前……」
やはり自分の命をかけても『真実の扉』、第三の門を閉じようとしているのだろうか。そこまでいいかけて、俺は言葉を飲んだ。
「アイギスとガロウなら、話をしたよ。
契約だったか、試験だったか。そんなことも言っていたな」
「ふむ、下僕がこんなに早く目覚めたということは…… 断ったのじゃな。
確かにあの武器があれば、戦いは有利になるかもしれんが。
――下僕にしては良い判断じゃ。
そんなことせんでも、我の力をもってすれば……」
まだ戻りきらない力。無理な過食。周りを明るくしようとする振る舞い。
不安そうに見つめるリリーの瞳の奥には、やはり影がある。
何千年と生きた古龍なのかもしれないが。
こいつの精神年齢は、やはりガキだ。この姿がすべてを物語っている。
サイズが大きすぎるパジャマを羽織ったリリーの頭をなぜ。
「もうその試練とやらは終わったよ。2人とも俺のお供になってくれるそうだ」
俺がそう言うと……
――リリーはアホ面で、ポカーンと口を開けた。




