偽の密命書 【後編】
コツコツコツと3回、通信機の向こうでなにかを叩く音が響く。
「なぜ私だと分かった? これは興味本位の質問だが、答えてはくれんか」
微笑みを交えた声だが…… こちらを値踏みしているのは間違いない。
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「聖国との開戦が目的で、しかも秘密裏に行わなくてはいけない。
それが必要で、可能な人物が、陛下しかいなかったからです」
次は、コツと。1回だけ音が響いた。
なにかの合図? いや、わざと聞こえるようにやってるから。
俺の返答に点数でもつけているのかもしれない。
「なぜ秘密にせねばならん」
「民意です。いくら疲弊した転神教会とは言え、相手に非がなければ表立って宣戦布告はできない。まだ残る献身的な教徒が暴動を起こしかねないし。有力貴族の反対も出るでしょう。そうなれば、貴族院を納得させることはできない」
だから理由をねつ造したい…… と、言いかけて言葉を飲む。
必要ない事までしゃべって、不評を買ってはダメだろう。
次はコツコツと2回、音が鳴った。
ひょっとしたら、前回より少しは評価してくれたのかもしれない。
「なかなかの仮説だが、なぜ聖国に攻め入らねばならん。あんな疲弊した国を取っても、なんの旨みもないだろう」
「国益です。今の帝国を支えている…… いや、産業全体を支えているカギが。
――あの国にあるからです」
少し遅れて、次はコツコツコツコツと。
合計4回音がした。
当たりを引いたか…… 皇帝陛下の怒りを買ったのか。
判断に迷っていると、楽しそうな笑い声の後。
「なかなか壮大な推理だな! その論理を語ってみろ」
ソフィア皇帝陛下は、そう言った。
俺は周りを確認した。馬車に乗っているメンバーはもちろん。近くに控えているカイエルにも、この会話は聞こえている。
もし推論が当たっているのなら、この内容は公にできないはずだが。
……俺が戸惑っていると。
「かまわん! カイエルは腹心のひとりだ。 ――心配するな」
もう一度、陛下の言葉が響いてきた。
ついでにギ~ッと、なにかをひっかくような音が聞こえてきたから。
減点されたのかもしれない。
ここで返答を誤れば、俺たちの命はなくなるだろう。
俺は慎重に考えをまとめてゆく。
そもそもの始まりはどこだ?
サイクロンで起きたナタリー司教の件や、駅での出来事、伯爵家の事件は、もう結果が出ていて、その作戦の過程だとすると。
前の大戦…… 転神教会が国教を外されたカルー城の戦いが引鉄か?
いや、俺がひっかかったのはそこじゃない。
考えろ…… そう、黒幕は皇帝陛下じゃなくて『魔族』から選ばれた、『真実』を知った男。賢者会でガンデルと名乗っていたやつだ。
陛下はこの争いのスキをついて、利益を得ようとしているのだろう。
なら『真実の扉』、第三の門とはなんだ? ガンデルと名乗っていたあの男は『移転魔法』の真実を隠そうとしていた。
もう一度、この暗闇を照らす応用魔法街灯や手にしている通信機を確認する。
この技術こそが、今の帝国の生命線……
――間違いない、これは確信だ。
「応用魔法のもとになっている『移転技術』や『転生者』は、真実の扉…… 第三の門から、もれ出たものだ。
帝国はその技術の独占と、コントロールを狙っている。
大戦の前から活発になった応用魔法に、聖国はなんらかのブレーキをかけようとした。だから濡れ衣をかけ、転神教会を国教から外し。
……疲弊しきった今、そのコントロールを奪おうとしている」
俺がそこまで言い切ると、しばらくの間沈黙が続く。
あいた手を腰のガロウに伸ばそうとしたら。
カイエルがゆっくりとランスを構え直した。
こっちも、気を抜くことができない。
通信機を握る手に、ジワリと汗がにじむ……
俺が呼吸を整え直そうとしたら。
聞き取れないほどの大きさで、コツコツコツと3回、例の音が聞こえてきた。
「9点か…… いや、最初に名前を当てたのを加点すると12点だな。
――なかなか面白い推理だった。
いいだろう、お前が解きたいと言っている『誤解』とやらの話を聞いてやる」
何点が合格だったのか分からないが。
やはりコツコツと叩く音が加点で、ひっかく音が減点だったようだ。
「俺の目的は、応用魔法の利権じゃない。
聖国や転神教会の復権でもないし、ましてや帝国に逆らう気もサラサラ無い。
俺が知っているやつらの…… 命を助けることと、このからまった復讐劇を終わらせることだ。
陛下から見れば微々たるものでしょう。
――そこを見逃してもらえるのなら。
聖国が握る応用魔法のカギをお渡ししてもいい」
「はっ! 大きく出たなディーン・アルペジオ!
お前ごときが、神話の時代からあの国が隠し続けてきた秘宝を。
敵対国の皇帝である私に、渡せるというのか?」
やっと…… 交渉のテーブルにつけた。ここからが本当の勝負だ。
「陛下の誤解は、そこでしょう。
そもそも聖国にも、帝国にも応用魔法の権利など無い。
『真実の扉』、第三の門の正当な持ち主は、最古の『名も無き龍の王』だ。
そして、神話の通りそれを継承したのは龍姫リリー・グランド。
俺はリリーの下僕です、だから彼女の代弁をここで申し上げましょう。
正当な持ち主『伝説の古龍』が、下等なる人族の皇帝に……
――秘宝の一部を恵んでやる。
その代わり、下僕のつたない願いを聞いてやれ」
自信満々に言い切って、あふれ出た手の汗で通信機を落としかける。
それを見ていたリリーが、不安そうに唇をかんだ。
なあリリー、お前はそんな心配そうな顔をするな。
これは愚かな人族たちの、バカな騒ぎごとなんだから。いつものようにふんぞり返って、高笑いでもしてればいい。
そう願っていたら、高笑いは通信機から聞こえていた。
「はっはっは! 傑作だ、実に愉快だ!
いいだろう、伝説の古龍の下僕とやら…… 要件を言え!」
俺は通信機を強く握りしめ、大きく深呼吸する。
「ブラウンモール教会の包囲解除。
それから俺たちを安全に聖国まで輸送してほしい」
「いいだろう、しかし下等なる人族にも都合があってな。
聖国への作戦の延長は10日間だ、それ以上は待てん。
それから保険が必要だ。私も人の上に立つ以上、ただでと言う分けにはいかん。そこにいる帝都のシスター2人と、逃げた修道女は人質としてもらおう。
安心しろ、貴賓待遇でもてなしてやる。但し10日を過ぎて、約束のものが届かないのなら。作戦は続行するし、人質の命はない。
――そこが妥協点だ」
俺が慌ててシスター・エラーンとサラ、ハンドリーさんを見ると。
3人は俺に向かって両手を組み、頭を下げた。
10日間の猶予が長いのか短いのかの判断もつかなかったが。
お嬢様もシスター・ケイトもルウルもナタリー司教も、コクリと頷き。
御者台を確認するとライアンが親指を立て、ルイーズも頷いてくれた。
結局俺は、いつも周りの人間に支えられて生きてきたんだろう。
心の中でひとつため息をついて。
ポカーンとアホ面のまま口を開けているリリーに。
「俺に…… いや、俺たちに任せてくれないか」
そう、問いかけた。
「うむ。よ、よいじゃろう……」
その言葉を確認して、もう一度通信機に話しかける。
「龍姫、リリー・グランドの了解が得られました」
俺が短く語りかけると。
「そうか…… なかなか面白い話だった。なので、ひとつ褒美をくれてやろう。
お前は聖国との開戦が目的と言ったが、そこは間違いだ。
作戦名は『聖国動乱』 ――狙いは、カギを握る宰相の暗殺と、あの化け物ババアの失脚。その後で帝国の息のかかった人材を投入して、傀儡政権をたてる予定だ。
そしてこの計画を知っているのは、帝国でもほんの一部。
お前の友人や、そこにおる魔族からの借り入れ騎士は知らんだろう。
ここまでがお前にしてやれる最大限の援助だよ。
――健闘を祈る、伝説の古龍の下僕とやら」
含み笑いをこらえるように、16代皇帝ソフィア・クラブマンは。
そう言って、通信を切った。
俺がカイエルに通信機を投げ返すと。
「戦後…… 守るものを失って、腑抜けたやつらを嫌というほど知っている。
どうやらお前は、よい仲間たちに出会えたようだな」
俺の目をジッと見据えて、その後馬車のメンバーを見回し、そう呟いた。
そして漆黒の巨馬をひるがえし、カイエルは後方に控えている騎士達に。
「この者たち、皇帝陛下の密命を受けた本物の騎士である!
敬意をもって、戦場までの道をゆずれ!」
――大声で、号令を掛けた。
++ ++ ++ ++ ++
「ディーン司祭様、ご武運を」
シスター・エラーンがそう言って馬車を降りる。
続いてサラとハンドリーさんが同じように馬車を降りると。
「ご婦人たちを丁重に扱え、陛下からは貴賓待遇と仰せつかっている」
むかえにきた数人の騎士達に、カイエルが注意を促すように呟く。
俺がそれを見送っていたら。
ハンドリーさんが笑いかけてきた。
「ディーンさん、そんなに心配されなくても大丈夫です。
見て下さい、まるで歌劇の登場人物のようで……
なんだかウキウキしているぐらいです」
豪華な馬車に、風格漂う騎士団。
静まり返った大通りは、応用魔法街灯に彩られ。帝都の街並みを美しく輝かせている。確かにそれは、物語の1ページのように美しい。
「しかし、ハンドリーさん……」
人質を取られたのは痛い、彼女たちのこの先が心配だ。
「ディーンさんがいなければ、あたしたちの命はもう無かったのでしょうし。
必ず約束を果たしてくれると信じております。
――そこに、なんの不安もありません」
俺が苦笑いしていると。
シスター・エラーンとサラが、なにかをハンドリーさんに伝えた。
「まあ、それは素敵ですね」
ハンドリーさんはその言葉に優しくそう答え、カイエルに話しかける。
「騎士団長様、あたしたちは教会のシスターです。
この2人、サラとエラーンはあたしの教え子でもあります。
どうかこの3人で、ディーン様たちをお送りするための歌を。
――歌わせていただけないでしょうか」
「構わんが…… 先を急ぐのであろう。それほど時間は取れんぞ」
カイエルの言葉に。
「もちろん時間は取らせません。
お送りする間、歌わせていただければいいのですから」
ハンドリーさんは、ニコリと笑いながら答えた。
カイエルがハンドリーさんの言葉に頷き、後ろの騎士達に手を振る。
それを見た上官らしき騎士が。
「隊別れ! 担え槍、敬礼!」と、号令すると。
100騎を超える騎士が2隊に別れ、一斉に整列し、道を開けた。
「ディーン、次は。ゆっくりと飯でも食おう。
娘も会いたがっていたが……」
カイエルはそこまで言って、馬車のメンバーを見回し。苦笑いすると。
「とにかく生きて帰ってこい」そう付け加えて、馬を引く。
御者台のライアンが俺を見たので、頷くと。「はっ!」と唸って、ムチをいれた。
騎士達の中央をゆっくりと馬車が進み始めると、後ろから歌が聞こえる。
『伝説の魔獣を倒し 太古の迷宮を征し
その名大陸に響かん
ジャックナイフ・ディーン 冒険者の中の冒険者
悲劇の戦 カルー城に散ったは 仲間と最愛の花嫁
おお ディーン ひとはサビたと云うけれど
その瞳の奥にあるのは 復讐か希望か 』
3人のコーラスは、よどみなく美しく響き。
夜空と静まり返った帝都の大通りを彩った。
お嬢様が、ポツリともらす。
「これは、歌劇の一節よ」
そしてコーラスの途中で、ハンドリーさんのソロに切り替わり。
『その者深き知と技を持ち
溢れんばかりの愛を持って
聖ラズロットの名のもとに
第三の門の戒めから人々を救わんと復活せし
おお ディーン 伝説の体現者
予言の書を超え 我らの前に
その深き 瞳の奥に 幸あれ 』
そのアドリブらしき歌声が響くと。
ナタリー司教が祈りを捧げるように手を組み。
「聖者復活の章の、冒頭文ですね……
――ハンドリー先生にも、聖ラズロット様の加護がありますように」
そう呟いた。
シスター・ケイトも同じように深く祈りを捧げる。
南壁騎士団の間を抜け、帝都の駅まで馬車を進める最中。
俺たちは無言だったが。
リリーがふと、沈痛な面持ちで呟いた。
「下僕よ、先に言っておくが…… 我は愛の形を差別したりはせん。
たとえお主が、男にしか興味がなかったと分かっても。
か、変わらず…… 付き合ってやろう」
俺はその言葉に、心の中でため息をつく。
なあリリー、お前が心配してたのって……
――そのことなのか?




