ケイトアイシテル
ばーさんの話を総合すると、反逆罪の疑いでブラウンモールの教会が帝国の兵に占拠され、その連絡が今入ってきたそうだ。
「そのー、反逆? の、内容も詳細も言ってこないのよねー。ただー、帝国側は調査中だって。しかも皇帝名義の抗議文書までー、送りつけてきたのに」
事態は思った以上に大事だ。
「フェーク枢機卿、ブラウンモールの教会とは連絡が取れないのか?」
ばーさんに確認すると。
「さーっきの変な機密保持回線の通信以降、つーじないのよ。司祭をはじめ、教会にいるシスターもぜーんぶ、個人の通信魔法板も音信不通よー。もーこまったわ」
ため息交じりの返答だった。
占拠したなら、通信手段を断つのは常識だが……
クレッグ司祭の通信から1刻と経っていない。
――対応が早くて、的確だ。計画的な襲撃と考えていいだろう。
「俺たちは、さっきの通信を聞いて状況を知っただけだが」
お茶会で俺が語った推論を、要点をまとめて説明すると。
「そっかー、ディーンさんらしいわね。
それでー、この後の予想わー、どう見てる?」
多分ばーさんのことだ。もう、行動に移しているだろうが。
「逃げたウサギの情報が欲しい。帝国にいるのなら、早めに保護したい。
問題は、彼女の起こした行動だから…… その目的を調査してくれないか?
それが分からないと、次の手が打てない。
この教会も狙われる可能性があるから。2人のシスターは俺がマーベリック伯爵の別館へつれて行くが…… 問題ないか?」
俺の言葉に、ばーさんは。
「シスターさんたちの保護はー、こっちからー、お願いしたいぐらいよ。
助かるわあ。
じゃあ、情報はー、これからディーンさんの通信魔法板に送るね。
そーね…… 念のため暗号化しとくからー。解呪は詠唱で『ケイトアイシテル』と大声で唱えて」
そう言うと、俺が制止する間もなく。
――俺の胸元に入れていた、通信魔法板が震えた。
通信番号は教えてないのに、どうやって知ったのか。それに解呪の詠唱が、微妙すぎるんですが……
俺がため息交じりに、通信魔法板を取り出すと。
全員が、それをのぞき込んだ。
表示された画像はぐちゃぐちゃだが。なんとか人の顔であることが分かる。
「ディーン様、さっそく解呪の詠唱を!」
なにかを乞うように、シスター・ケイトがすり寄ってきて叫ぶ。
「そ、そうだな」
なんだか恥ずかしくて、小声で詠唱したら。
画面は変わらず…… 反応しなかった。
ナタリー司教が、見かねて俺の通信魔法板を取り上げ。
「かして! 声が小さいのよ。『ケイトアイシテル』これでどう?」
大声で怒鳴ったら。
……やはり無反応だった。
「あの、すっごく悪意を感じたんですが」
不貞腐れるシスター・ケイトに。
「ディーンじゃないと解呪できないように、ロックがかかってる」
それを無視してナタリー司教は、画面を見ながら怒った。
「ああ、ちゃんと次はやるよ」
俺はナタリー司教から通信魔法板を奪い返す。
覗き込んできたシスター・ケイトの胸が、ムニョンと肩に当たったが。
――なんとか、少し大きな声で詠唱する。
「良く聞こえませんでした! まだお声が小さいのではないでしょうか?」
シスター・ケイトが、上目遣いに聞いてきたが。通信魔法板を確認すると、画像が変化を始めた。
その画像を、また全員でのぞき込む。
「あっ、この子なら知ってます! ちょっとドジだけど…… 大人しくって目立たない、ひとつ下の後輩でした」
シスター・エラーンがそう呟き。
俺と、シスター・ケイトとナタリー司教が同時に息を飲んだ。
「フェーク枢機卿、急いでマーベリック伯爵に連絡を取ってくれ!」
俺が慌てて通信機に怒鳴ると。
「あらー、どーしたの?」
ボケた声が返って来たが。
「伯爵家が危ない! こいつは…… 今、伯爵家で給仕として働いてる」
そう説明したら。
「わかったわ。すぐ折り返すから待ってて」
真面目な声に戻って、通信を切った。
こうなると、この後の行動が明暗を分けることになる。
盗聴の可能性が高い一般回線での状況説明は危険だが……
しかし誰かに連絡しないと。
……暗号が理解できて、行動が早くて、確実な人材。
うん、いないな。
なら、ここは別の作戦でいくか。
俺はため息交じりに、通信魔法板を操作し。
「どうしたんだディーン?」
ルウルが出たことを確認して。
「忙しいところ悪い、『オッパイヲモマセテクレ』」
そう言って、通信を切った。
ハンドリーさんとナタリー司教が、ポカーンと口を開け。
シスター・エラーンの顔がまた青くなり、一歩後ろに下がったが。
シスター・ケイトは、さらに俺に身体をすり寄せ。
「ディーン様、その件でしたら。あたしが承ります」
耳元でそうささやいてきた。
押し付けられたおっぱいが凄いことになっているし。
シスター・ケイトの瞳も、ギラギラ輝き始めている。
ナタリー司教の目の端まで、ヒクヒクと引きつり始め。
……妙な緊張感が、司祭室をおおい始めた。
他の方法にしておけばよかったと……
――俺は通信魔法板を握りしめ、今更ながら深く後悔した。
・・・ 帝都の通信基地で ・・・
「対象『甲』から通信あり。連絡先は、リストの『乙4』です。
……再生しますか」
応用魔法具がズラリと並ぶ一室で、帝国兵士の制服を着た女性の魔術師が、器械を操作しながら上官らしい男に話しかけた。
「ああ、あの双子の獣族か。再生しろ」
若いその男は派手な制服をひるがえし、部下に言いつけた。
【忙しいところ悪い、『オッパイヲモマセテクレ』】
「……変わった暗号だな。まあいい、解呪兵、解読兵、作業にかかれ」
若い上官の後ろには数十人の魔術師が、最新の応用魔法具を駆使して、暗号と魔術の両方から解読作業を始めた。
「伝説の冒険者ジャック・ナイフだ、大賢者セーテンの弟子だと言っても、しょせんロートル。もう時代は変わってるんだ。
おっさんは、大人しく辺境の下町ですねてれば良かったんだよ。
――そうすれば、命まではなくさなくても済んだ」
いやらしい笑みを浮かべ、若い上官が椅子に座り直すと。
「続いて『乙2』、『乙3』へ通信あり。 ……あの、再生しますか?」
「どうしたイレーヌ? 構わん、再生しろ。2と3なら、北壁騎士隊の女と、あの黒髪の少女だな」
イレーヌと呼ばれた女性の魔術師は、少し悩んでから。
通信機器を操作し、再生ボタンを押した。
【よく聞いてくれ、『ツギハフトモモノミエルスガタデシヨウ』】
【これから戻る、『キスハソレカラダ』】
「なんだコレは? ずいぶんふざけた暗号だな。
――どうだ! 解読は進んでいるのか?」
若い上官は少しイラついた口調で、後ろの魔術師たちに確認する。
しかし全員、困惑の表情を見せるだけで回答はない。
「その最新の応用魔法計算機は、瞬時にどんな計算もこなすんだろう。たったひとりのロートル相手にこっちは30人体制なんだ! さっさと作業しろ」
男はそう怒鳴り散らすと、もう一度椅子に座り直し。膝を小刻みに震わせた。
「あの、その。 ……さらに通信が確認されましたが。再生されますか?」
申し訳なさそうなイレーヌの言葉に、男は応えず。ただ無言で睨み返す。
「乙1番、イザベラ伯爵令嬢への通信です」
イレーヌはそう呟くと、恐る恐る再生のボタンを押した。
【今晩の予定だが。『キノウハヨカッタ、ツギハモットハードナプレイヲタノシモウ』】
上官の足音が、コツコツからドンドンに変わり。
プレッシャーに負けてしまったイレーヌは、再生ボタンをオフにするのが遅れ。
「そんな…… ディーン。わかったわ、あたし、その、頑張ってみる」
てれたイザベラ伯爵令嬢の返答まで、再生してしまう。
――慌ててボタンをオフにしたが。
「あのエロおやじめ…… か、必ず殺してやる!」
男は椅子から立ち上がり、顔を真っ赤にして……
――大声で、怒り狂った。
++ ++ ++ ++ ++
一通りの連絡が終わり。ばーさんとも幾つかの情報交換が済むと、俺は別館に連絡して迎えの馬車を呼んだ。
「その、目立たないように移動しなくてはいけないのではないでしょうか?」
心配するハンドリーさんに。
「大丈夫ですよ。どうせここにいるのはバレてますし。
時間稼ぎはしましたから、襲われることはないでしょう。
なら、ゆったりと移動した方がいい」
俺は笑いかけて、緊張をほぐす。
迎えに来た、豪華な2頭立ての大型馬車に乗り込むと。
「ねえ、あの暗号? ちゃんと伝わったのかしら??」
ナタリー司教が、不思議そうに聞いてきた。
「あれに、意味なんか無いが…… まあ、意味不明な変な事を言えば、何かあったって心配して集まってくれるだろう。そこが狙いなんだ。
それに盗聴されてるなら、相手が誰だか、想像がつくしな。
混乱を狙うのと。ちょっとした、悪戯だ」
俺がそう言っても、ナタリー司教は首をひねるばかりだし。
シスター・ケイトは。
「はたしてそうでしょうか?」
心配そうに、そう呟いた。
しかし、伯爵家の別館まで襲撃はなかったし。
着いた早々、ルウルに話しかけられた。
「ど、どうしたんだ? その。びっくりして慌てて戻ってきたんだけど」
「悪かった、急ぎで対応しなきゃいけないことが起きたんだ。
詳細はこれから話すが、来てくれて助かった」
ルウルはなぜか残念そうに俺の顔を見ると。
「そーか、そーだよな」
小声でブツブツ言いながら、俺たちの後を付いてきた。
ちゃんと意図は伝わったんだと、安心したが。
フリフリのワンピースの胸元が、歩くたびに妙に揺れる……
形もなぜか、ハッキリと分かる。ブラジャーはしているのだろうか?
心配しながら歩いていると、俺たちの声が聞こえたのだろう。
別室からルイーズが飛び出してきた。
「ディーン様! 急ぎ参上しました。緊急の事態でしょうか?」
こちらはちゃんと伝わったようだ。
「ああ、ありがとう。お嬢様はもう帰ったか?
全員集まりしだい、作戦を練りたい」
「はっ!」と、頭を下げたルイーズは。
珍しくミニスカート姿だった。
キラキラ輝くような生足が眩しい。 ……うん、たまたまだよね。
ルイーズに案内されて、お嬢様の部屋に入ると。
「ディーン…… どうしたの? こんな大人数で」
お嬢様は、通常の受け答えだし。表情も、変わっていない。
さすが伯爵の娘だ。緊急事態に対する勘も、他の奴らより高いしな。
「相談事は、ブラウンモールで起きた事件だ。
どうやら、伯爵家も巻き込まれているか…… 一枚かんでるのかもしれない」
「えっ? 相談……」
お嬢様はそう呟くと、テーブルの上にあった何かをそっと隠した。
――見間違いじゃなければ、あれはムチだと思う。
全員の視線が冷たい。
このままでは、ブラウンモールの件が動く前に。
俺の命が危険かもしれないと、心配になってきたら。
「下僕よ、お主はまったく!」
元気よく、お嬢様の部屋にリリーが飛び込んできた。
さすが、伝説の古龍だ! 俺の意図を理解してくれたヤツがいたと。
胸をなでおろそうとしたら。
「と、とつぜんあんなこと言われたら、こ、こまるじゃろう……」
真っ赤な顔で、モジモジしだした。
「まったく」と。
俺はクールに呟いて。
『どげざ』と呼ばれる異世界式の最上級謝罪姿勢で……
――深く深く、頭を下げた。




