少し遅れた鐘の音
司祭室に入ると。
「そもそも封印は、あのようなモノではなかったのです」
ハンドリーさんは、疲れたように語りだした。
多くの信徒が教会に通い、宝物庫にも多くの品が溢れていた頃は。
「柱の暦は自動的に動いておりました」
そして、妖魔があらわれることも無かったと言う。
「前職の司祭が去り、私が代理としてこの教会を預かって。
――しばらくすると、暦が動かなくなりました。
そして日付がズレると、あのようなことが……」
聖国から調査に来た者の話によれば。
教会の魔力が無くなってきたのが原因だが。柱の暦さえズレなければ、妖魔が実体化することなく。問題も起きないらしい。
「ですから、毎朝…… あのような形で、暦を合わせているのです」
そして弊害として。
「妖魔があらわれるようになってから。まったく信徒が訪れることがなくなりました。なんらかの妖術を使われているのかもしれません」
そこまでの話を聞いて、俺はハンドリーさんに確認した。
「聖国へは、連絡をしていますか?」
「いえ、以前訪れた調査官は。
――支援は無理なので、自力で解決してほしいと」
そう、ハンドリーさんが答えると。
シスター・エラーンが、俺とハンドリーさんを交互に見た。
「その現象…… 妖魔が実体化し始めたのは、いつ頃から」
もう一度ハンドリーさんに問いかけると。
「そうですね、春先でしたから。
シスター・エラーンがこの教会に来て、数日後ぐらいです」
ハンドリーさんの言葉に。
「そーですね。あたしが来た頃には、もうあいつはあんな感じでした」
シスター・エラーンは、少し怒った感じでそう言い放つ。
その言葉にハンドリーさんは、少し恐縮気味だ。
シスター・エラーンは、見た感じ16~17歳くらい。修道院を出てすぐに、この教会に来たのだろうか?
年度の入れ替わりだとして、その数日後。なら、ちょうど俺がリリーの戒めを解いた時期と一致する。
サイクロンの教会と、帝都の教会。ブラウンモールの教会の3カ所は、ラズロットの設計だ。
そして南部の『カルタスタ』と『ボールブ』にあるラズロットゆかりの遺跡が、今回の五芒星を結んでいることを考えると。
俺もこの件に、まったく無関係とは言えないだろう。
司祭室にあった時計が、ちょうど7の刻になる。
「もう、時の鐘はならさないんですか?」
ふと気になって、聞いてみる。
この教会では、朝7の刻と、夕5の刻に鐘を鳴らしていたはずだが。
「それも、今となっては」
苦笑いするハンドリーさんと。それを見つめるシスター・エラーン。
どうしても違和感がぬぐえなくて、俺がその2人を見ていたら。
「そうそう、こんな歌があるんです」
突然、ハンドリーさんが。
『いつなんどきも。
れいぎを持って。
かねを叩けば。
われここにあると。
りんと鳴る』
そう、歌った。
調子は外れ、手拍子も節の冒頭に強引に入れているだけ。
視線は、俺ではなくシスター・エラーンに向いている。
場をなごませようとしたんだろうか?
俺はもう一度頭の中で歌詞と手拍子を思い出し。
「ハンドリーさん、本当に……」
ついつい聞き返してしまう。
「これでも、この教会が賑やかだった頃は。ゴスペルのソロも歌っていたんですよ。 ――本当に」
そう言って笑うハンドリーさんを確認して。
「それでは、妖魔退治でもしましょうか。
お2人が手伝ってくれれば、そんなに時間はかかりませんから」
俺がそう言うと、2人はもう一度顔を見合わせる。
司祭としての責任を果たすのも大変そうだと……
――俺はクールに、心の中でため息をついた。
++ ++ ++ ++ ++
地下の宝物庫に戻り、もう一度柱を確認する。
これは、ラズロットの手による封印魔術で間違いないだろう。
回転式の暦と五芒星が一体化して、鍵になっている。
……相変わらず、複雑で強力な魔法だ。
「椅子と、退魔ロープと、それから短刀の鞘を持ってきました。
これで、いったいなにをするんですか?」
シスター・エラーンが不思議そうに聞いてきた。
「退治するにも、先ずは妖魔をおびき寄せないといけませんから。
これはその仕掛けです」
俺はそう言いながら、ダイヤル式の暦を確認する。
年が4桁、月が2桁、日が2桁。合計8桁の暦は一般的なものだが。
面白いのは、年号が一番上ではなく、一番下に設置され。
月、日がその上で横並びになっていることだ。
柱に刻まれた魔法陣は、ラズロット独自の5角計算術式。
箱の解呪と同じ理論だとすると。 ……2つ数字が足りない。
「この柱は、聖堂の大黒柱ですよね」
俺の質問に、2人が頷く。
「鐘突き堂は、どちらの方角ですか」
念のため確認すると、ハンドリーさんが東を指さす。
「鐘を突く時刻は、古くから決まってましたか」
ハンドリーさんは頷きながら。
「この教会が設立されたときからの決まりだと聞いています」
そう答えてくれた。
――なら、間違いないだろう。
足りない数字は、7と5だ。
「これは三角関数…… 日時計を応用した魔術で。
この教会全体が、太陽神から魔力を受けて動作する仕組みなんでしょう」
……今日の日付が正弦の値になるのなら。
解呪は『逆写像』の値。
階数を一定に保つ魔法陣が上に描かれているから。
v: TF(p)N → V で F(U) ⊆ V かつ微分……
dFp: TpM → TF(p)N が v−1 ∘ F ∘ u に等しくなるはず。
初めに7と5を置いて、以下の2重の数値を割り出す。
ひらめきに身を任せ、計算式を確立すると。
ジャスト8桁。
間違いなく、こいつが「今日の」解呪の数値だ。
――良かった、まだ勘は鈍っちゃいない。
「まず、柱の近くに椅子を置いて。
シスターはそこに座ってください」
俺がそう言うと、シスター・エラーンは不思議そうに椅子に座った。
「ええっと? はい……」
大きな碧眼を瞬かせ、俺を眺めるシスターを。退魔ロープで縛りあげてゆく。
後ろ手で腕を拘束し、腰も椅子に固定し。ついでに足も動かないようする。
「これは、妖魔をおびき出すためのエサです。安心してください、危害は加えませんから。 ――どこか痛い所は無いですか?」
不安そうに頷くシスター・エラーン。
教会の地下で縛り上げられる、若いシスターと言う構図のせいだろうか?
妙にエロいんだが……
純朴そうな顔立ちと、年齢の割に大きな胸とくびれた腰が、さらに拍車をかけている。なんかもう背徳感満載で、直視できない。
彼女が動くたびに形を変える胸の形や、太ももに食い込むロープは。
――もう、お金を払いたくなるレベルだ。
自分でやっといて、今更だが。とにかくとっとと終わらせよう。
不安そうにこちらを見ていたハンドリーさんに。
「危険ですから、下がっていてください」
そうお願いして、俺は暦のダイアルを回し。
計算した8桁の数字に入れ替える。
部屋がかるく揺れ、どこかから「カチリ」と何かがかみ合う音がすると。
青髪の大人しそうな少女が、壁からゆっくりと顔を出した。
「しゃべれるか?」
俺の質問に、彼女はゆっくりと首を振る。
「キミが…… シスター・エラーンかい?」
青髪の少女が驚いた表情で、俺と奥に立っていたハンドリーさんを見ると。
――コクリと小さく頷いた。
俺は短刀を柱から抜き取り。
縛り上げておいた少女に、その刃を向ける。
「で、お前の本当の名前は何なんだ?」
「いつ気付いたんだ? でもまあ、そんなものはどうでも良いか。
縛り上げたって無駄だったんだよ。
短刀を抜いた以上……
――次は、あんたを乗っ取ればいいだけだからな!」
もがきながら、恍惚とした表情で叫ぶ少女は。
ロープがあちこちに食い込んで、エロさもさらに2割は増している……
――いろいろと、事態を急がなくちゃいけなさそうだ。
++ ++ ++ ++ ++
こうなることは、分かっていたから。
俺はため息をつきながら、握りしめていた短刀にスキルを発動する。
『アンティーク・ウィスパー』どんな強力な呪器だろうが魔法具だろうが、会話をもとに制御が可能になる絶対スキル。
厄介な発動条件がなくなってからの使用は初めてだが。
――眠気覚ましにはちょうどいいだろう。
「黙って鞘に収まってな!」
俺がそう唱えると。
身体を乗っ取ろうとしていた魔力が収まり、目の前の少女が大人しくなった。
「何をしやがった!」
叫ぶ少女の姿の妖魔に。
「さあな。しかし長生きはしていても、頭の回転は鈍いようだ。
シスター・ハンドリーが教えてくれなきゃ、こんなに上手くはいかなかった」
俺がそう言うと。
「なんのことだ?」
妖魔は、悔しそうに顔を歪めた。
「鐘の歌は、即興なんだろう……
――手拍子の冒頭部分を並べてみろよ」
まばたきをしながら、考え込む妖魔に教えてやる。
「い、れ、か、わ、り。だよ」
やっと気付いた妖魔が、俺とハンドリーさんを交互に睨んだが。
短刀を鞘に納めるとガクリと力が抜け。
髪が青色に変わり、ウエストはそのままだったが……
――残念なことに、胸がしぼんでしまった。
退魔ロープを解いても。
青髪のシスター・エラーンは、上手く歩くことができないようだったので。
俺は彼女を抱えて、司祭室に戻った。
その間、シスター・エラーンは真っ赤な顔で俺を見つめていたが。
――変なところは、触ってないはずだ。
ソファーに寝かせ、聖典を取り出し、回復の祭辞をのべると。
シスター・エラーンの体力も回復し。太ももに残っていたロープの跡も、キレイに消えた。
ついついその美しい太ももに見入ってしまったら。
シスター・エラーンはモジモジと身体を動かし。
「あのっ! ディーン司祭様ですよね。
妖魔に乗っ取られていた間も、記憶は共有してました。
――あたし帝都の出身で。子供の頃からファンだったんです。
それに、そのっ。なんとお礼を申し上げたらよいか」
真っ赤な顔のまま俺の視線を追うと。
彼女は少し悩んでから、スカートの裾を少し上げた。
例の白いパンツが見えた辺りで、我にかえり。慌てて視線を外すと。
ハンドリーさんは、祈りの姿勢で。
「主よ、この奇跡とディーン様に感謝いたします」
深々と俺に頭を下げている。
「よしてください、俺はただの……」
おっさんと言いかけて、言葉を飲み。
「――ただの、新人司祭ですから」
俺はそう呟いた。
2人が落ち着いたあたりで、俺の要望を話す。
一般回線では盗聴の危険があるから、教会の機密回線を利用したいこと。
ナタリー司教が、この教会と接触したかどうかということ。
「そうですか。聖国への機密回線は、妖魔があらわれてから途絶えてましたが。
ひょっとしたら……」
ハンドリーさんの言葉に。
「たぶん、鐘を鳴らせば教会の機能は回復します。いちど戻って出直しますよ」
俺がそう言うと。
「それでは改めてお待ちしています。
ナタリー司教の件は残念でした。このような状態でなければ、彼女を救えたかもしれないと思うと、無念でなりません。
私は、彼女が帝都に寄ったことすら知りませんでしたから。
一般回線のニュースで知りましたが…… あのような奇病があるとは」
ハンドリーさんが、寂しそうな表情になる。
「ナタリー司教をご存じなので?」
「ええ、修道院で賛美歌を教えていた頃の生徒です。
融通の利かない子でしたが、真面目で…… とても良い子でした」
「それなら彼女も連れてきましょう。
聖国に相談するにも、その方が説得力もあるでしょうし」
俺がそう言ったら、ハンドリーさんは驚き……
そしてまた、2人のシスターが、そろって俺に祈りを捧げる。
早めに逃げ出すのが得策だろうと。
「この短刀もちゃんと調べておきたいですし、預かってもよろしいですか」
要点だけ確認して、急いで教会を後にする。
少し遅れた鐘の音と、美しい2人組の賛美歌を背に。
振り返りたい衝動をグッと抑え……
――俺はクールに、朝の街を歩きだした。




