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虚無への黙祷(R)  作者: 芝田 弦也
8/27

7曲

 私が知っていた日常はいつしか非日常になり、非日常と思えていたものが日常に切り替わっており心の整理がつかないまま今日までやってきた。

 同級生が死んだというのに、息が詰まるほど小さいこの世界は留まる事をしらず、淡々と進んでいく。

 終礼の鐘が鳴り、湿り気の抜けない陰鬱さが漂い続ける教室から飛び出るように抜け出した私。

 とりあえず昇降口で待っていれば、薫と会えるだろうと期待して。

 隣の教室を通過する際に、円が丁度よくドアを開けて出てきたけど軽く挨拶をして済ます。

『やっほ! 今日はクレープ食べて帰るー?』

『ごめん。予定あるからまた今度ね』

 断られると思っていなかったのか、鳩が豆鉄砲をくらったような惚けた顔をしている円を余所に目的の場所へと急ぐ。


 帰宅時間だけあって、吸い寄せられるように次から次へと人の波が続く。

 目敏く思われないように上級生の領地に入らず、この一帯をくまなく眺められる廊下側に立って、次々とやってくる人達の顔を目で追っていた。

 にもかかわらず、頭の中では芳樹の事が思い返されていく。

 以前、下駄箱で靴を履き替えている時に突然声を掛けられたっけ。

 なんの曇りもなさそうな笑顔をもう二度と見れないと思うと、胸が締め付けられて悲しくなってくる。

 感傷に浸りながらもなんとか気を保ちつつ探し続けて、やっと特異な姿の薫を見つけた。

『すみません! ちょっと話聞いてくれませんか』

 小走りで薫の元に近づいて、前を塞ぐように立ち止まった。

『無理』

 煙たそうに一瞥を投げよこし、素っ気ない一言を残して下駄箱へと向かう薫。

『お願いします!』

 私の声は聞こえている筈なのに、黙々と外履きに履き替えてこの場を後にしようとしている。

 薫の前に立ちはだかって両手を水平に広げて行く手を遮って見せた。

 何事かと好奇の目を注いでくる人達の視線が浴びせられるけど、そんなの気にしている場合じゃない。

『怖いんです。何も知らないまま何かに巻き込まれるのが! 何でもいいから知りたいんです!』

『そんなの俺の知った事じゃないよ。邪魔だからどけてくんない?』

『いやです! 教えてください』

『邪魔だっつの』

 掛け声とともに、右肩に薫の掌が近づいてきたのが見て取れた。

 気づいた時には鈍い痛みがやってきて、押された事によって体勢を崩してしまったのか転んでしまった。痛いな。もしかして殴られた?

『うざいんだよ』

 地べたに座り込んでしまった私に向かって、冷え切った声と蔑むように見下した視線が降り注がれるとは思いもしなかった。突然やってきた暴力に呆気にとられているのを余所に、薫は私の脇を通り抜けて視界から消えていく。


 ビビってんの?


 突如、頭の中に蘇った芳樹の言葉。

 朝一、唐突に言われた芳樹の訃報。

 感情を爆発させて、顔をぐしゃぐしゃにして涙ぐんでいたあの表情。

 もう見る事の叶わない、屈託のない笑顔で周囲に溶け込んでいた芳樹は、もうここには存在し得ない。

 彼はもう、いない。私はまだ、生きている。何ができるかは分からないけど、動く事ならできる。

 こんな生死にも直結しない程度で怖じ気付いていたら、芳樹に申し訳が立たないよ。

 動ける。私なら動ける。ここ最近の一連の出来事で弱気になっていただけなんだ。


 いくつもの視線が私を見下ろしている事に気づいたけど、誰一人として声を掛けてくれる事はないから野次馬の集まりなんだろうね。ちょっとイラっとしたけど、こんなのに構っていられないんだ。私は徐に立ち上がって、ねちっこい視線を送ってきた人達に一瞥を投げつけてやった。

 一瞬、見知った顔があった様な気がしたけど、気にしていられない。

 後ろを振り返れば、どんどん遠ざかっていく薫の姿が見えたらから急いで追いかけなくちゃ。

 地面を力強く踏みつけてその後を追いかけた。

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