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虚無への黙祷(R)  作者: 芝田 弦也
7/27

6曲

 翌日、学校に行ってみても何処にも芳樹の姿はなく、ぽつんと浮いて見えた席。

 日に日に増えていくもぬけの殻になった空席に、また一つ追加されてしまうの?

 周囲を伺ってみれば、芳樹といつも戯れている友人達はどことなく落ち着かない素振りで、他の同級生達も終始芳樹の話題で持ちきりだった。彼の行く末を案じて、頭が一杯になっているようだ。担任の長岡がいつもより早く教室内に入り込んで、教壇に立ったけど周りは気づいていないから。

『お前ら、ちょっと早いけど座れ』

 低くもよく通る長岡の声でざわめきついてた室内が一瞬静まり、同級生達は何かを察したのか文句も言わずに自分の席へと戻っていく。

 誰もが大人しく席に着き、口を閉ざして長岡の発言を待ち望んでいるように感じる程の従順ぶり。『薄々気づいているとは思うが、片岡芳樹は任命された』

 改めて言われると重くのしかかってくる言葉に、息を呑んだ。

 周囲の息使いも消失したのか、一切の物音が途絶えて何の音も聞こえない。

 静けさを破るように長岡は口を開くも、覇気の篭っていない声音で紡いでいく。

『本当は今日、挨拶をしてもらおうと思っていたんだけどな……』

 何かを諦めたような沈鬱な表情で眺めている先には、無人になった席。

『こんな事を上に知られるとまずいけど俺はな、未来あるお前達に行ってほしくない。行った所で何ができる? 怖くて何も出来ないのが目に見えているのに。ならこんなことからは目を背けて、なんなら身体さえも背けて違う方向に逃げて欲しいんだ』

 誰もが固唾を飲んで、独白を繰り広げている長岡に耳を傾けていた。

 言葉の先に待つものが何なのかを見守りながら。


 突如、聞き飽きても馴染めない公営放送の機械音が耳をつんざくように流れだし、教室内は騒然と忙しくなっていく。

『静かにしろ! 落ち着いて机の下に隠れろ!』

 私以外の同級生達が慌てふためきながらも、机の下に身を隠すように潜り込んでいく。

 こんな事をしても何の意味を見いだせない私は、窓の向こうに広がる景色をただ眺めていた。

 ガラス越しから眺める淀んだ世界に、米粒よりも小さい何かが尾の方から白煙をあげながら地表にむかって突き進んでいくのが見て取れた。街中から外れた山中に着弾したのか、一瞬の青白い閃光が見えたかと思ったら、小さな衝撃音が聞こえたあと空中には水滴みたいな物が飛散したのか太陽光に照らされてきらきらと光って落ちていくのが見えた。

『おい、何してる! 早く隠れろ』

 長岡の困惑に満ちた双眸で見咎められてしまった私は、形式ばかりに机の下に避難して見せた。

 芳樹はきっと、私みたいに隠れる素振りじゃなくて戦う素振りを見せつけなくてはいけないのだろう。

 心が逃げたがっても、状況的に逃げれなくなったら本当にやるしかなくなるのかな。

 先ほど窓越しからみた景色は、とうの昔に見慣れない物へと変貌していた。

 変わりたくなんてないのに、勝手に変化していく世界に追いすがるので精一杯。


 この日から一週間後に芳樹の訃報が届く事も知らずに、私は変わらずに日々を過ごしていた。



『今日は残念なお知らせがある……芳樹が、亡くなったそうだ』

 教壇に立ち、朝一番の衝撃的な事を突然宣った長岡。

 唐突すぎる芳樹の訃報に騒然となる同級生達。

 私はあまりにも一方的で唐突な報せに、胃の辺りを見えざる手で握り締められているんじゃないかと錯覚するほどの痛みが襲ってきて気分が悪くなっていた。

『嘘ですよね? なんかの間違いですよね? ねぇ?』

 芳樹の友達が声を荒くして訪ねていたのを、胃痛を堪えながら聞いていた。

『そんなつまらない事言う訳ないだろ! 朝に連絡がきたんだ』

 長岡も衝動を抑えられないのか、怒りの感情を露わにしている。

『なんだよそれ! 信じられねーよ!』

 芳樹の友達は吐き捨てるように叫んで、教室を後にする。

 それに釣られて取り巻き達も後を追っていく。

 私は呼吸を落ち着かせようと目を瞑ってみたら、芳樹と向かい合って話をした放課後の一幕がぐるぐると瞼裏に映し出され、何度も蘇る台詞に心が蝕まられていた。

 死にたくねーよ。

 何度も何度もリフレインしては、苦痛に歪められて吐き出された苦悩の言葉が頭にこびりついて離れない。

 生きる事を望んでいても、人はこうも簡単に死ぬというの?

 年がら年中、遊びの事しか考えなさそうな陽気な芳樹が、何かに選ばれた為に日常が崩壊して命の灯火までもが刈り取られるなんて。あまりにも急すぎるし残酷すぎて現実味が湧かない。

 私もいきなり何かに選ばれて、いとも容易く死んでいくのかな?

 いやだいやだいやだいやだいやだ。

 考えれば考えるほど憂鬱になるだけで答えらしい導きなんか閃かない。

 出てくるのは、満たされる事のないぽっかりと空いた喪失感と恐怖だけ。

 気付かない内に呼吸が浅くなっていたようで息苦しさを覚え、額はじっとりと汗ばんでいた。

 呼吸を落ち着かせようと深呼吸を試みた時に、酸素マスクがあれば楽だろうなと感じた時に思い出した。

 何か知っていそうな一つ上の先輩、薫の存在を。

 彼ならきっと何かしらの答えを持っていそうだ。

 なんでもいい。なんでもいいから聞き出すんだ。

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