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虚無への黙祷(R)  作者: 芝田 弦也
6/27

5曲

『もういいよ。少しだけ独りにさせてくれ』

 芳樹は顔を下に向けたまま呟き、私の右手を掴んで引き離す。

『無理、してない?』

『これ以上、無様な姿をさらけだしたくないから』

 さっきよりはほんの少しだけ、声に落ち着きを取り戻してきた様だけど。

『何いまさら格好つけてるのさ』

『今くらい、格好つけさせてくれ』

 格好良く台詞を決めたつもりなんだろうけど、顔を上げて見せれば作り笑いの目元に溜まっていた雫が頬を伝って机に零れ落ちていく。そんな姿を見せつけられたら、私までもが釣られて涙が溢れてしまいそう。

『無理しないで』

『してねーから。とっとと行けよ』

 痛ましいほど言動と表情が伴っていない。

 見ているこっちが堪えきれ無いほど悲しくてやりきれないほどに。

 こういう時はどうするのが正解なんだろう。芳樹を立てて去った方が良い? 独りにはさせられないから一緒にいる? 考えようとするよりも先に私の感情が崩壊してしまいそう。

 くしゃくしゃに歪んでいる芳樹の顔が自分の涙で滲んで見えてきたから。

『いいから行けって』


 どっちのか分からない洟のすする音がして、無意識のうちに唇を噛んでいたのか下唇に鈍い痛みがやってきた。両目から溢れ出してきたやりきれない思いを人差指で拭って、ゆっくりと席を立った。

 芳樹の意を汲んでこの場から去った方がいい。このままじゃずっとこのままだ。

『またね』


 芳樹は黙ったきり何も言わなかったけど、大丈夫だよね。 



 教室を後にした所で、廊下の壁に寄りかかって虚空を眺めている円がいた。

 円は私の存在に気づいて、右手を少し挙げて軽い挨拶をしてきたから、同じように返してやった。

 私も円もお互いに口を閉ざしたまま開く事なく、寡黙のまま歩き連ねていたけどこのままでいいのかな? 気持ちが落ち着か無いよ。

 昇降口へと続く階段を降りる際に、沈黙な状態に終わりを告げる様に口火を切った私。

『任命ってさ、具体的に何するかわかる?』

『んー。徴兵みたいなものって聞いたことあるよ。戦地に行くのかな?』

『何もしてくれない国の為に自分の命を差し出すの?』

『なのかなー?』

『何も知らない素人に何ができるの? それってただの犬死じゃないの!』

『そんなこと私に言われてもわからないよー』

『ごめん』

 困惑の色を隠せない友達に向かって、矢継ぎ早に質問を浴びせているのは重々承知しているけど止められない。自分の中に燻っているモヤモヤが理性を通り越して口の中から飛び出していく。

『無理して行かなくていいじゃん』

『それができるなら、クラスメイト減らないよね……』

『なんで? なんで従うの?』

『わっかんないよ』

『拒否すればいいだけじゃん』

『だね……なんでだろうね』

 答えの見えない会話を繰り広げながら昇降口を出ようとした所で、聞き覚えのある声を耳に挟む。

『逃げられない。選ばれたら監視されいずれ連行される。逃げたら収監されるまでだ』

 声の方を向けば、ガスマスク姿の薫が佇んでいた。


『朝の個性的な人』

 円は小さく嘯き、それ以上は何も言わずに黙っていた。

 黙った円に代わって、私は疑問を口にする。

『監視? 収監? なんですかそれ?』

『そのままの意味だ』

『どこでそんな事を知ったんですか?』

『俺のクラスメイトにも居たからな。観察してたら分かる』

『本当なんですかそれ?』

『信用できないならここまでだ』

『ぁ! そういう意味じゃないんです』

 これ以上は会話をする気がないと言わんばかりに、背中を向けた薫。

 背中越しに声をかけても聞こえてないふりをしているのか後ろを振り返る素振りすらない。

 直ぐ去っていくのかと思ったら、立ち止まって空の様子を伺っているのかつむじが左右に動いている。

 釣られて上空を見上げてみたら、一直線に連なって広がっていく飛行機雲が青空に描かれている最中だった。


『さっきのどう思う?』

『わかんないなぁ』

 円はチョコクレープを一口頬張りながら、思案気に答えてくれた。

『あれ? おばちゃんチョコのメーカー変えた?』

『えー? いつもと同じところのだよ』

 おばちゃんは私が頼んだバニラクレープを作り終えてから、チョコがたっぷり詰まった袋を賞味期限のシールが見える様に見せつけてくれた。

『そっかぁ』

 円はさっきよりも眉間に深い小じわを生みだしながらクレープを噛み締めている。

『何々? 評論家気取りでも始めたの?』

『んー』

 私も今しがた受け取ったバニラクレープに舌鼓を打ちながら、その先を待っていたけど円は黙ったまま。おばちゃんはチョコホイップをスプーンに捻り出して味見をしてくれたようで、なんともなさそうにしている。

『日頃から美味しいもの食べすぎて舌が肥えちゃったんじゃないの』

 おばちゃんは、はははと豪快に笑い飛ばしながら楽しそうにしているので、私たちも釣られて一緒になって笑っていた。

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