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虚無への黙祷(R)  作者: 芝田 弦也
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4曲

『今日も来ているみたいだよ。人攫い』

『マジ?』

『駐車場に止まっていたから間違いないわ』

『誰なん?』

『2年の長岡のクラスっぽいね。一緒に車の中に入るのを見たし』

『御愁傷様だ』

 声の方をうかがうように盗み見れば制服に付いている校章が3年生の様で、任命されてしまった芳樹を肴に食事を楽しんでいた。その会話を聞いてから私は食べ物が喉を通らなくなり、料理が冷めていくのを眺める事しかできずにいた。


 目の前に座っている円が、食事もせずただ黙っているだけの私を心配して声をかけてくれた。

『もしかして、友達?』

 二言うんと言おうとしたのに、言葉が出ない。

 頭の整理が追いつかなくてパニックになっているのかな。

『外で休もっか』

 のろのろと椅子から立ち上がったら、円は私の背中を横から支えるようにして手を回してくれた。 無償の気遣いがとてつもなく身に染みる。 

 外に出れば私の暗雲立ち込める思いとは裏腹に、うらやかな日差しが眩しすぎるくらいに対照的すぎてなんとも言えない気持ちさせてくれる。

『もしかしたらさ、幼馴染の男子が選ばれたのかもしれない』

 円は直ぐには何も言わず、私の背中を優しくゆったりとしたリズムで叩いて宥めてくれている。

 しばしの沈黙が訪れて、その間を壊すように口を開いた円。

『自分が選ばれるのと同じくらい、辛いことだね』

 私は黙って頭を縦にふるだけ。今はそれしかできないんだごめん。




 教室に戻ってみたけどいつもと変わらない賑やかな光景。

 各々が友達と楽しそうに談笑したりふざけ合ったりして過ごしている。ぽつりぽつりと座る人が居なくなって空っぽになった席が有るのに、そこは始めから存在していないかのように、誰もが注意を向けていない。

 その空席が新たに作られようとしているのに、同級生たちはその事実に気づいていないのだろうか、

 それとも薄々感じつつも知らないふりを決め込んで、いつもの世界に逃避しているのだろうか。

 端から見ているだけでは、何も見えないし分からないままだ。


 午後の授業が始まってからも芳樹の姿が見えることはなく、つつがなくいつもの日常が淡々と刻まれていく。もうそろそろ下校の時刻になるという頃、ホームルームの時間になってから長岡と共に帰ってきた。

 驚いたのは、昼間にあれだけ発散していた、溢れんばかりのお気楽な雰囲気が全て霧散していて、沈鬱な空気を全身に纏っていたのが印象的だった。

 芳樹の友人達はそんな状態にあるのを知ってか知らずか、茶々を飛ばしている。

『なっげぇ昼食だったなぁ! なに? 日本一の牛丼でも食ってきたの??』

『なんだよ! 日本一の牛丼って! 量なの? 質なの?』

『俺が知らねーから聞いてんだって』

 合いの手を入れて、馬鹿笑いしながらいつもの調子でふざけていた。

 いつもと同じように同じようなノリで返事がくると思っていたのだろうけど、誰もが予想だにしていなかった返答が憎しみをもって室内に響き渡った。

『っせーよ! お前ら少しは黙れよ!!』

 いつもの柔和な笑顔は掻き消えて、怒りを剥き出しにして眉間に血管を浮かび上がらせて友人達を睨んでいる芳樹。一瞬にして冷たく張り詰めた空気が室内を支配し、そのただならぬ雰囲気に息を飲んだ友人達が返す言葉を失い沈黙の時が訪れた。

 時間にして数秒の事なんだけど、長く感じた苦痛の一幕を開けさせた長岡の鶴の声。

『HR始めるから、芳樹すわれ』

 その言葉を切掛けに、大人しくも無言のまま自分の席に戻っていく芳樹。

 席に着いてしまったから芳樹の顔は窺い知れないけど、怒りが収まらないのか右手で机を思い切り殴りつけ、険悪な雰囲気がまたしても漂い始めてしまった。

『芳樹ッ!!』



 長岡が芳樹の行為を咎めて声を荒げたのと同時に、反抗を示すような芳樹の舌打ちが聞こえてきたので、誰もが固唾を飲んで見守っていた。


 予想に反して荒立った事は起きないままHRが進行し、下校時刻と同時に同級生達は何事もなかったかのように教室を後にしていく。一人、また一人と去っていく中で、芳樹だけが席から立ち上がる事なく異様な空気を醸し出していた。いつもなら一緒に帰っているだろう友人達は声を掛けるタイミングを逸したのか、何も言わずに姿を消していく。こういう時こその友達だろうになんて薄情なの。


 そっとしておいた方が良いのかも知れないけど、いつもとは違う雰囲気にあまりにも居た堪れなさを感じて、良心の赴くままに声を掛けてみることにしたんだ。

『なにかあった?』

 何週間も前から空席になってしまった芳樹の前の席に腰掛けた。

 机の天板を凝視したまま、私の問いに応えず微動だにしない。

『答えたくないならそのままで良いけど、もしかして任命されちゃったの?』  

 私の声に反応して急に顔を上げた芳樹。

 いつもニコニコと表情筋だけを使ってきた様な人なのに、苦悶に満ちた表情で覆われていた。似合ってないよその顔。

『なぁ。突然、自分の未来が決めつけられるってどういう気持ちになるか分かる?』

 一段と低い声音で心情をぽつりぽつりと漏らしていく。

 深淵を覗き込んでいるんじゃないかって錯覚するほど、底知れない暗さの二つの瞳が私を捉えている。

 異常な面持ちに気圧され一瞬息を飲んでしまったけど、怯んではダメ。ここで退いたらもう終わってしまう気がしたから。

『ごめん。今の私には分からないけど、他人事には思えなくて』

 芳樹は黙ったまま私の眼を凝視し続けてきた。まるで心の奥底をも覗き込むんじゃないかと思えるほどの威圧感が襲う。

『相手の言葉が全て、嫌味に憎らしく聞こえるほど心が壊れるんだよ』

『そっか』

 お気楽な調子でいる芳樹しか知らないから、こんな一面を見せた姿をみると別人に見える。

 私の知っている幼馴染の芳樹はどこかに行ってしまったかもしれない。けどそれは心のゆとりが消えたから見えてきた本心であって、目の前にいる人は正しくその当の本人。

 私が認めてあげないで誰が認めるの?

『俺さぁまだまだやり残していること沢山あるんだぜ。むしろまだ何もしてないっつの』

 芳樹は右手をおでこに当てて、顔を左右に振りながら苦しそうに喘いでいる。

『なんで俺なんだよ。他にも一杯ひといんじゃん。なんで俺? なんかした俺?』

 話すうちに言葉が段々と荒くなり、ついには湿り気を帯び始めてきた声。

『なぁ。俺生まれる時代間違えちゃってるよな。こんな時代に来るんじゃなかったよ』

『死にたくねーよ!!』

 堰を切ったように両目から涙がこぼれ落ち、荒い息づかいと共に声が掠れていく。

 思春期真っ只中の男子が泣く所をこんな間近で見る事になるなんて思いもしなかったし、よりにもよって、小さい頃から顔を合わせている気心の知れた芳樹のを見るなんて。

 なんて声を掛けようか迷いながらも、私は芳樹の頭を優しく撫でる事しか出来なかった。

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