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虚無への黙祷(R)  作者: 芝田 弦也
3/27

2曲

 先ほどまでの出来事など初めから無かったのかのように、辺りはしんと静まり返っていた。あの状況を打開してくれたマスク姿の彼はもう見えなくなり、目の前の黒い塊は徐々に小さくなり更に黒さを増していく。安心したらぽつりと心から言葉が出てきた。

『怖かった……』


 後ろから同年代くらいの女子の会話が小さくも聴こえてきた。

『なんか座っている人がいるんですけど』

『なんだろね?』

 ひそひそと声量を抑えているのだろうけど、耳に入ってくる言葉。

 あまりの恐怖に少し涙ぐんでしまったのか視界がぼやけて見え、通学路ということもあるし気持ちを強くもって何とか押しとどめようとしたけど、意に反して涙が溢れてくる。

 気にしないように意識すればするほど、自分の思いとは裏腹に瞼が腫れ上がっていく。

 怖い。怖い。怖かった。

 潜めながらも聴こえていた声が明確に聞こえる位になった時、話をしながら歩いていた子達が私の横を通り過ぎる際に顔を舐めるように視線を投げつけてきた。

 泣き腫らしている私を見てか、二人の窄んでいた口が大きく開き、目が一瞬見開かれたのを見逃さなかった。気にかける素振りもなく、まるで異物を見るかのような蔑みの視線が堪える。

 私の気持ちなんか微塵も知らない癖に、勝手に決め付けるな。

 臆病になりかけていた心を奮い立たせる為にも、哀れみの目に反抗するように睨み返してやった。

 二人は反射的に顔を背けて素知らぬ振りを決め込んだのか、違う会話を始めたようだ。


 気を強く持ったからか、さっきまで足に力が入らなかったのが嘘のように改善し、立ち上がることができたから帰ることにしよう。さっきの二人にはムカつくけど、それによって歩けるようになったのはなんて因果なものか。心の中は恐怖と怒りが混ざり合って何とも言えないけど、今はどうすることもできないから時間が過ぎるのを待つしかないのかな。


 我が家が見えてくると、さっきまで混沌としていた心に少しの余裕が生まれたのか落ち着きが取り戻ってきたのが分かる。浅かった呼吸にゆとりが生まれてきたのが身をもって知れたから。

 玄関の扉を開くと上がり框に母親の靴が有ったから、タガが外れたのか大きめな声がでちゃった。

『ただいまー』

『おかえり』

 呼応するようにリビングから母親の返答が聞こえてきたから、誘い込まれるように歩んだ。

『今日は早いんだね』

『早上がり週間だからね』

 キッチンで料理をしながらも、こちらに一瞥をくれたからお互いに目があって、少しの気恥ずかしさが生まれた。

『どうしたの? 目、腫れてない?』

 正直に答えるか、否か。

 あんな物が在った事を言った所で信じてもらえるかな?

 でも、言わない事にはその結果は分からないままだ。

 なら、遠回しにでも言うべきでは?

『怖い目に、あっちゃってさ』

『何があったの?』

『見たこともない変な大きい生物がいたんだよね。なんか近寄ってきてさ』

『生物? 昔から虫とか嫌いだったもんね』


『虫じゃないよ! 子供位の大きさだよ? それが襲ってきたんだよ?』

『ん? 犬とか猪とかでも出たの?』

『キノコみたいな形をしてた』

『キ、キノコ? 何を言うかと思ったら』

 はははと笑いながら、具材に塩胡椒で味付けをしている母。私はふざけてなんかいないのに。本気で身の危険を覚えたのに。

『嘘じゃないってば! ほんとなんだって! もうこんな街いやだ! 引っ越したいよ!』

 少し声を荒げてしまったけど、母親は興味を無くしてしまったのか私には目もくれず料理に集中する事にシフトしてこちらを見る事もしなくなった。

 こんな事なら言うんじゃなかった。期待した分だけ自分が馬鹿を見るみたいでむかつく。

 テーブルに置いてあったリモコンを手に取り息を吹き込んだ筐体からは、私が求めている情報は何一つ流れておらず、更に虚しくなっただけ。

 どこのチャンネルに変えても、いつもと代わり映えのしない戦況を淡々と述べるアナウンサーのバストアップ姿と、何処かを切り取った映像だけが延々と垂れ流されている。

『本日夕方頃、敵国からの飛翔体を確認致しましたが、領土を飛び越えて東海里に落ちたようで被害は発生せず犠牲者も出る事なく……』

 その後も面白みの欠けた映像ばかりが流れ続け、知り得たかった事は一向に流れなかった。


 布団に入り目を瞑れば、下校時での出来事が鮮明に浮かび上がり、やっと静まり返ってきたと思った気持ちがざわつきはじめて、心拍数が上がって呼吸が荒くなっていく。

 自分自身に落ち着けと念じてみても身体は言う事を聞かなくて、悶々とした思いを内に秘めながら夜が更けていく。

 熟睡することが出来なく、浅い眠りのまま朝を出迎えたせいもあって頭がぼうっとする。

 いつもなら気にする事のない友人との登校が億劫に感じる。できる事ならまだ布団で休んでいたいよ。

『目の下に隈ができてるよ? どったのー?』  

 親友の(まどか)が、一夜にしてつくりあげられた即席のクマを気にかけてくれた。

 なんど止めようとしても止まない欠伸を噛み殺しながら、回らない頭を今出せる力で回転させたけど、何て答えようか結論が出せなくて言葉に詰まる。

『んー? 黙ってたらわからないよー』

『んーとさ、今から言う事、真剣に聞いてくれる?』

 言葉を探りながら訥々と述べていけば、伝わるだろうか。 

『なにいってんのー! 私はいつだって真剣に人の話をきいてるよー! 見くびらないで、もー!』

 わざとらしく頬を膨らまして目元が少し笑っているのが少し気に障るけど、円らしい仕草の一つだから気にかける程ではないんだ。心を落ち着かせるため、澄み切った空気を思いっきり吸い込んで、淀んでいた空気を吐き出す。

『昨日の帰り路ね、キノコみたいな変な生き物に出会ったの』

『んん? え? キノコ?? なにそれ? え?』

『ちっちゃい子供位の大きさのキノコが歩いてきたの』

『え? え? どういうこと? 全然わからない』

『分かんないよ。私にも分からないから困ってる』

『分からないなら、私はもっと分からないよー!』

 声音をいつもより低くして、相手の目を見据えて真剣に言ったにも関わらず伝わらない。

 円の顔にはいくつものクエスチョンマークが出来ているのが見て取れる。

 眉間に浮かんだ小さな小じわが不釣り合いなほど印象的だから。

 言葉で表現できないのなら写真でも見せれば分かるのだろうけど、あの時そんな発想に至るほどの余裕はなかった。私の説明不足と非日常な出来事の話とあって、円の閾値を超えてしまったのか違う方に話がずれ込んでしまった。

『あー! そうだ、昨日は一緒に帰れなくてごめんねー』

『ううん。気にしなくていいよ。一緒に帰れたら見れたかもしれないけどさ』

『あ、うん。そうだねぇー』

 言葉尻が小さくなって聞き取りづらくなっていく円の返事。

 学校に着くまでの間、私たちはそれ以上の会話をせずに黙って歩くことになったけど、考えて見れば、私が逆の立場だったら同じような反応になっていたかもしれないね。


 校舎に辿り着いた時、今まで黙っていた円が沈黙を破るようにひそひそと声を潜めて語りかけてきた。『3年生の下駄箱の所を見て、変な人いるよ……』

 視線を上級生達が利用する下駄箱の方に向けたら、昨日出会ったガスマスクの男子が昨日と同じ出で立ちのまま上靴に履き替えようとしていた。

『防災頭巾も被れば、完全な不審者になりそうな格好の人だね』

 友達の言葉を受け流すように無視して、無意識の内に私は彼の元へと小走りで近づいていた。

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