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虚無への黙祷(R)  作者: 芝田 弦也
25/27

24曲

『黙ってないで知ってるなら教えてよ! 今のなに?』

 気持ちを抑えられなくなってきているのが自分でも分かるけど、感情が昂ぶってきてどうしようもなくなってきちゃった。

『見たままだよ。あれは軍の息が掛かっている』

 それだけ言ったきり黙り込んでしまった。

 二の句を継ぐのかと思っていたけど、いつまで経っても口を開かない薫に苛立ちを募らせ、隠すことすら出来なくなってきた。

『だから? だからなんなの?』

 憐れむような視線を投げられて、わざとらしい深いため息を聞かされなくちゃいけないの?

 何? なんでそんな顔をされなくちゃいけないの? なんなの?

『何も理解してなかったんだな』

『ぼかす言い方止めてくれない? はっきり言ってくれないと分かんないよ』

『お前のその頭は何の為にあんだ? 友達と遊ぶ為か? 休みの予定を立てる為か? 美味しいものを食べる為か? くだらない事で一杯なんだろうな』

 人差し指で私のおでこを突き出しては、人のことを小馬鹿にしないでよ

『なんで人を馬鹿にした言い方しかできないの! 謝ってよ!』

『馬鹿にしたじゃねぇ。馬鹿なんだよお前も、お前らも。しっかり見ろよ今を。そして話聞けって。ここには住民をまともに守ろうとしている奴なんて居ないんだよ。お前がした事はな、自らの手で母親を検体として提供したって事だよ。分かれよ』

『え?』

 今なんて言ったの、けんたい? 検体? 献体?

 その言葉を聞いて連想した芳樹の泣き顔。どこかに連れて行かれて戻ってくる事のない幼馴染。

 それと同じ運命を辿りそうになっていると言うの?

『そんなことないよ』

『そうなんだよ』

 吐き捨てるように大声を出して、先ほど玄関脇に置いた上靴を思い切り蹴り飛ばした。

 上空を回転しながら宙を舞う汚染された靴。白い粉末がぽろぽろと零れ落ちては太陽光を浴びてきらきらと光り輝いて存在感を表している。地面に降り注がれた後は白い糸が瞬く間にサークル状に広がって形成されていき、小さな芽が幾つも生え始めていた。あまりにも異様な光景に目を見張ることしかできなかった。

『お前の母親は真菌に侵されていた。そしてお前の中にも潜伏している』

 物凄い速さで生長する謎の生物から目を背け、薫の顔を見合った。

『やっぱり、そうなんだ。真っ赤になってたもんね。……私、どうなっちゃうの?』

 薫は口をきつく結んだまま、私の目を逸らす事なく見つめてくるだけ。

 その双眸に込められた、口にするには憚られる答えを私は知っている。

 ここ最近頻発していた死と直結した出来事が脳裏を掠めていき、以前薫が放った言葉が蘇った。

 ーー殺すために決まってんだろうが。そう遠くない日に私は死んでしまうというのかな。

 嫌だよ。嫌。死にたくないって。

 責められているようで、問い詰めてくるようで苦しくて仕方ないから私から目を逸らした。

 気づかないうちに目頭が熱くなっていて、視界が滲んでいる事に気がついた。生暖かい雫が頬に伝い流れている事に気がついた時、いつの間にか近づいてきた薫が親指で拭い取ってくれた。

『俺もこの有様だから、同じ運命を辿るんだろうけどさ』

 歪んだ世界で見る薫は、手を口元に当ててにこやかな笑みを浮かべてる様に見えた。

 なんでこの人は、こんな気丈に見えるんだろう? 平気そうに見えるのはなんでなんだろう。

 こんなにも世界は訳のわからない事態に陥っているって言うのに。

『平気、なの?』

『んな訳ないだろ。ただ覚悟を決めてただけだ』

『覚悟って何? 死ぬ覚悟とか言わないでよ?』

『そうだよ』

『何それ。そんな事言うなら死ぬ気で悪い奴ら倒してきてよ! お母さん連れ戻してきてよ』

『それは無理だ』

『なんで!』

『無駄死にする覚悟じゃなくて、死ぬその瞬間まで生き長らえる覚悟の事だからな』

『分かんないよ 何言ってるのか分かんないよ! 具体的に言ってよ』

『逃げるんだよ。生きていれば何かが変わるかもしれない。今はそれにかけるんだ』

『逃げるって言ったって、どこに?』

『その位、自分で考えろ』

『なにそれ』

 一方的に突き放されて見放された様に感じたけど、例えそうだとしてもその通りだ。

 私は自分で考えないで誰かに頼りっぱなしになっているかも知れない。

 考えるにしてはもう時間がないし、委ねてしまってもいいんじゃないかって気がしてたのは事実。

 さぁどうしよう。ない頭を働かせてどうすればいいのか考えないと。

 物思いに耽っていたその時、聞きなれすぎた警報音が市内の至る所から流れ出して耳に不快感を運ぶ。

 いつもと同じ様に気にしないでやり過ごそうと思っていたのに、薫はそう思ってなかったようで険しい顔で叫んできた。

『もう時間はない。とっとと友達探してこの街から逃げろ』

『何処にいるか分からないのに直ぐに探せる訳ないよ』

『探せ! 見つけられないなら見捨てて一人ででも良いから逃げろ』

 見捨てて一人で逃げる? 私が大事な友達やお母さんを置いて? そんな事できる訳ないじゃん。起きるかどうか分からない事象に怯えて、見捨てて逃げることなんて出来る訳がない。

 あ。そうか。私はまだ英一や薫の話を本気で信じていないんだ。だから心に幾許かの余裕があるから、お母さんの事は全然心配していないし、この警報音も大事に捉えていないんだ。私にとって確かな事は、この目で見てきた事実と経験、行方を眩ました友の事実だ。

『一人で逃げる訳には行かないよ。見つかるまで探す』

『お前、正気か?』

『うん』

『はぁ。女ってのは自分の意見を曲げない何かでも入ってんの?』

『その言い方は失礼じゃない? 私は自分の気持ちに従うだけ』

『似てんなぁ俺の姉と。人の話を聞かないところがそっくりだ』

『一緒にしないでよ』

『そうだな。確かに一緒ではないな、お前は生きているからな』

『え。もしかして死んだ人って、お姉さん?』

『ぁぁ。お前も死にたくなければ言う事きくんだな』

 薫の呆れ果てた顔を眺めていたら、視界の片隅に何か映った。

 改めてそちらを見遣ると、見覚えのある片眼マークの入った装甲車が近づいて来てるのがわかり戦慄を覚えた。上ずった声で薫に問いかける。

『う、後ろみて。あれ、見た事ある?』

『ん?』

 薫の反応を待つよりも早く、装甲車は自宅前の道路に停止して、二度と会いたくないと思った輩達が車内から降りてきて姿を見せた。

『ここでまた会うとはね。やっぱり、君こそ保菌者なのか?』

 ギラついた目つきの三白眼の男は、口を開くなり意味の分からないことを呟いた。

『まぁ、どっちでも構わないけど。捕まえるからね』

 三人の男達が銃口を向けながら、私たちを取り囲む様ににじり寄ってくる。

 それに合わせて私たちはゆっくりとした動作で半歩ずつ後ろに引き下がることしかできずにいた。

『デジャブかよ』

 薫は小さな声で小言めいた事を漏らした。

『そこの男、うるさいよ』

 三白眼の男が窘めてきたと同時に、右手で握りしめていた銃器の引き金を引いた様で、低くも乾いた破裂音を響かせた。突然前かがみになって苦しそうに呻いている薫。

 恐る恐る様子を伺うと、両手を腹部にあてているもその指の隙間から零れ落ちるように鮮血が流れ出ている。痛みに悶えている姿を見てしまい慄いた。な、なんで??

『なんで? なんで……?』

 私に関わった人たち、皆んな不幸になっていく。

 私が側にいるだけで、私と関わるだけで、皆んな、皆んな。傷ついて何処かに行ってしまう。

 私、何か悪い事したかな? したからきっと、こんな目にあうんだろねきっと。

 身に覚えがないけど、これが事実で現実なんだ。

 私が存在するから、こういう事になるんだぜったい。

 私、生まれてこなければ良かったかな? そしたらこんな事にはならなかったよね。

 そう。原因を作っているのは私自身なのかもね。よくわからないけど。

 でも、そうだ。そうに違いないんだ。

 ぁぁ、考えれば考えるほどなんだか頭がおかしくなってくる。


『……逃げろ。にっ』

 混乱している最中に薫の声が聞こえてきて、自問自答していた妄想の世界から現実に引き戻されるも、薫の言葉が言い終わる前にあの忌まわしい破裂音がまた轟いたかと思ったら、力が抜けた落ちた様に地面に倒れこんでしまった。

 地面には赤黒い液体が染み渡り広がっていく。まるで先ほどみたサークル状に広がっていく菌糸のように。

 私は。私は……。私は…………。

 考えるよりも先に、倒れこんでしまった薫の元に寄り添い声をかけていた。

『ねぇ、ねぇ! 死なないで!!』

 無意識のうちになんの慰めにもならない言葉が生まれ落ちては、口から飛び出していく。

 血の気を失せて青白くなっていく表情からは、苦痛に満ちた様子しか捉える事しかできない。

『起きてよ! 起きて!! ねぇ! 独りにしないでよ!!』

『お前も、うるさいガキだねぇ』

『え?』

 気がついた時には、三白眼の男が苛立ちを全面から滲み出して、深い淵に見えた銃口を私に向けている。

 深淵とは程遠い遥か向こうの青空には、隊列をなしてやってきた飛行体がこちらに近づいて来ているのが見て取れた。

 眺めていた飛行体の下部から、ポロポロと何かが振り落とされていく。


『よそ見している場合か?』

 視線を戻した時、三白眼の男が構えた銃口から飛び出てきた弾が、何かの魔法にかかったかの様にゆっくり、ゆっくりと近づいてきているのがわかったけど、あまりにも現実味に欠けた出来事すぎて、心が追いつかなかった。

 これが録画かなんかの映像でスローモーションにしていたのなら、華麗に避けれたのに。

 長く感じていた妄想は実に一瞬の出来事だった様で、現実に引き戻された時の私のお腹には、太いキリの様な物が内臓を抉っていく感覚しかなかった。

 突然襲ってきた激しい痛みに、目の前が暗く閉ざされていく。

 視覚は幕を下ろした様に暗く深く沈んでいき、聴覚はどこかそう遠くない所で巻き起こった盛大な爆発音を拾ったと思ったきり途絶えた。

 触覚は確かに何処かに触れているはずなのに、そこには初めから何もなかったと教える様に何も感じない。臭覚も味覚も感じれる物が何ひとつない。

 こんな風に考えられる感覚が、最後の瞬間なんだろうとどこか冷めた思いで分析する自分がいる。

 何もない。何も感じられない。あるのは虚無だけ。

 思いとは裏腹に、意識がどんどん遠い世界に旅立っていく。

 私が。私で居られる最後のその瞬間は。

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