20曲
兵士達は一言も発さずこちらを見つめているだけなので、何を考えているのか分からないし、無言の重圧が重くのしかかってくる。この現実から目を背けたいくらいだけど、目を逸らした瞬間に事態が悪い方向に転びそうな気がしてならない。
さっきのやり取りを見ていただけに、こちらの言い分を素直に聞くような姿勢を持ち合わせていないのは間違いないし、下手したら危害を加えてくる恐れもある。対話という概念は捨て去って、隙をみて逃げ切るしかなさそう。でもどうやって? 武装している人達とやりあえる武器も気概もないし、根性だって持ち合わせていないよ。考えろ、考えるんだ。
知恵を捻り出そうとしても時間的余裕がないから焦ってしまい、答えの出ない疑問が湧き出てきては埋め尽くしていく。
『おい。そこで何やってんだよ。友達探すんだろ? 行くぞ』
乱れていた頭の中にすっと入り込んできては、心に少しの余裕を運んでくれた言葉。
声が聞こえてきた方向、後ろを振り返ったら見慣れたガスマスク姿の薫の姿が目に入った。
見知った顔に幾ばくかの安堵感を覚えて、張り詰めていたものが少し緩んだ気がした。
『う、うん』
この好機を逃さない様に一歩、また一歩とゆっくりと歩きながら兵士との距離を離さそうと試みた瞬間、鼓膜に痛みをも伴わせる音が響き、私の足元の地面に銃弾が数発撃ち込まれたのか土埃を上げていた。
それ以上は歩かせないと意思表示をするかのように。
『正気かよこいつら』
一連の流れを見ていた薫が、驚きを隠せない様子で呟いている。
兵士の様子を窺う為に振り返ってみたら、三人の兵士が銃口をこちらに向けて詰め寄ってきていた。
『頭、おかしいんじゃねーの』
薫が吐き捨てた雑言に反応したのか、一人の兵士は私から薫に照準を移し替える様に銃を構えなおし、乾いた音が空気を伝播したかと思った瞬間、薫が身につけていたガスマスクの一部分、丸い円筒状の物体が吹き飛んでいった。濾過器が地面に落ちて鈍い音を発し、薫の唾を飲みこむ音だけが鮮明に聞こえた一幕。理解の範疇を超えた咄嗟の出来事に、体を強張らせ縮こまることしかできなかった。
銃口を向けたままじりじりとにじり寄ってくるその姿は、命を刈り取る鎌を持った死神にしか見えなかった。首元に刃先を引っ掛けられ、いつ喉元を引き裂かれてもおかしくないような現状に心が麻痺してく。
兵士達の姿を放心状態で眺めていた時に、さっきまで私が立っていた地面が目に付いた。白い粘液のような物が地面を覆うように生えてきては拡がっていく。コマ回しで見ているかと錯覚するほどの急速な成長ぶりで、呆気に取られている内に粘液は一つのキノコへと変貌していた。初めて遭遇した時に見たキノコと同じくらいの大きさまで膨れ上がっており、兵士達も突如現れた謎の菌類に目を奪われているようだ。
キノコの笠の部分から小さくて白い胞子みたいな物が大量に吐き出され、傍目で見ても分かるくらいに辺り一帯を覆うように浮遊していた。太陽光に照らされてきらきらと輝く眩いダイヤモンドのように見えて、一瞬だけ見惚れてしまった。
『今の内にこっちにこい!』
薫の呼び声で正気に戻り、この機会を逃さない様に地面を蹴り飛ばして駆け出した。
傍まで近づいた時、叫びながら私に向かって飛びついてきた。
『伏せろ!!』
私は地面に押し付けられるように倒され、その上に覆いかぶさるようにしてきた薫。
発砲音と同時に地面をも震わせる爆発音と振動が身体に響き、赤く燃え盛る火の粉に変貌していく粉塵に包まれていく兵士達の姿が、スローモーション映画の一部を切り取ったかのように視界に映る。
ほんの一瞬の出来事なのに、脳裏に焼きつくほどの煽情的な光景で心がざわめいた。
何が起きたの?
『おい! 大丈夫か?』
覆い被さって何かから身を守ってくれたあと、ゆっくりと立ち上がっては身を案じてくれている薫。
呼び声のおかげで、放心状態に陥りそうになっていた心を少しは呼び戻すことができた。
『なんとか、大丈夫です』
ゆっくりと身体を起こしてみても、痛みを感じる部位はどこもなさそう。
結構な速さだったから、どこかしか怪我か打撲したかと思ってたけど。
背中が地面にぶつかる時に少しの衝撃だけで済んだのは、薫が身を呈して守ってくれたからなんだね。




