19曲
『つかさ、焦土って黒焦げの事でしょ? そんな事になるんだったら俺らと話してないで友達探しを急いだほうが良いんじゃない? 真っ黒クロ助になるまえにさ』
品性の欠片もない馬鹿笑いを響かせて、優越感に浸っているようだ。
本当の事かもしれないのに、まるで妄言の様に捉えられて物凄く腹が立つ。
今まで見聞きしてきた事を、この場で洗いざらい話してぶち撒けてしまいたい衝動に駆られる。
けど、薫に口止めをされてしまった以上は守らないといけない。自分の感情や勢いに任せて晒け出すのは間違っている。皮肉にも私の発言を信じる素振りがないのは良かった事なのかもしれないけど。
『だからこうして探し歩いているの』
『なるほどねぇ! 見つかると良いね〜』
心が篭ってないおざなりな返事を投げよこしてきた。
これ以上ここに居ても不毛なやりとりが繰り広げられるだけだと察して、会話を切り上げた。
『そうだね。ありがとう』
『うぃー!』
芳樹はなんでこんな品性のない奴らとつるんでいたのかと思うくらいに、好ましく思えない人たちだった。
二人は私に関心を払うのを止めて、自分たちの会話に戻っていく。
お互いにすれ違って背中を向け合う様に歩みだしたあと、彼らの馬鹿騒ぎが聞こえて来る。
私の声音を真似して先ほどの発言を大げさに言い換えて騒いでいる。話のネタにさえなれば人を貶めるのなんて些細な事なんだろうねきっと。
『2、3日以内にぃーこの街は燃えてなくなりまぁぁぁす』
『なんで?』
気にしない。気にしないんだ。そんな事よりもさっき感じた違和感の正体がなんなのか頭を巡らせるんだ。
『そんな気がするからぁぁ』
なんでここまで他人事のように扱えるんだろう? 毎日毎日止まない飛翔体の放送。戦争でも任命でもミサイルでも化け物でも輩も蔓延っている不安定な日常で。今にでも命を摘み取られてもおかしくない時勢なのに。なんでなんだろう? そうか。自分の物差しでしか分からないから。経験をしていないから分からないんだ。そういえばさっきこう言ってたんだ。ミサイルは一度だって降ってきてないと。だからこれからも起きないと高を括っているのか。
飛翔体と呼ばれている何かは確かに飛んでいたし、着弾したと思しき瞬間を私はこの目で確かに見届けたんだ。その部分が引っかかっていたのかと腑に落ちた瞬間。
忽然と馬鹿騒ぎが止んでしまったのか声が聞こえなくなった。気になって後ろを振り返ってみたら、
私たちが輩達と遭遇した時と同じ様な境遇を辿ってしまった彼らの姿だった。
頭全体を覆うガスマスクを被り、迷彩柄の軍服を上下に着込んだ兵士達が彼らの前を塞ぐようにして突っ立ている。右手には艶消しされた黒色の銃器を握っており異様な雰囲気を醸し出していた。
先ほど経験した出来事が突如蘇り、胃の中の物が逆流してくるのか酸っぱい物体が喉元までせり上がってきて、えずきそうになった。死の恐怖を間近に感じてしまい冷や汗がとめどなく吹き出てくる。
このまま此処にいて兵士達の視界に私も入ってしまうのは命取りになってしまう。
やり取りが気になるけどゆっくりと後ずさりをしながら、距離を稼ごうとしていた。
小刻みに震える手で先ほど入手した薫の電話番号に掛けて助けを求める事にした。
呼び出し音が鳴り響くだけで一向につながらない。
コール音に混ざり彼らのやり取りが聞こえて来る。
『2、3日以内に街は燃えてなくなるって言っただけですけど』
芳樹の友達の声だけがかろうじて聞き取れる。
『え? 俺はなんも知りませんよ。詳しく求められても無理ですって』
悲鳴に近い叫ぶような声が響き、彼の目の前に立っている兵士は顎を動かして、道路脇に止めている数台の装甲車を指し示していた。
『いやいや! 無理っす! 無理っす! マジで知らないんで』
乗車を促されているのか、弁明をして一生懸命に抵抗を試みている。
その傍で連れの友達は口を閉ざしたまま身を縮こませていた。
周りにいる兵士達が、今すぐにでも撃鉄を引きかねない様子で銃口を連れの頭に突きつけていたから。
小さな抵抗も虚しく、重い足取りで装甲車へと導かれていく二人。
生気が抜け色を失ってしまった瞳と目が合った瞬間、憎悪に駆られ迸った目に豹変した。
『お前が!!お前が最初に言ったんだろ!! 俺らじゃない!!あいつだよ!! 尋問されるべきなのは!!』
がなりたてる声が、鼓膜だけじゃなく心をも震わせる。
私の存在を認識したようで、兵士達が歩みを止めて見つめてきた。
それに合わせて彼の全面から滲み出ている、隠しきれない殺意のこもった眼差しと雰囲気が否が応でも伝わってくる。
見えない手で胃を強く握りしめられている感覚があり、消化途中の食べ物が唐突に迫り上がってくる感覚のせいで吐き気を覚え、心拍数が高まっていくのか又しても呼吸が乱れて荒い息遣いになっていく。
動悸と緊張によって生み出された冷たい液体がぽつぽつと吹き出てきては、おでこや首筋から生み出され、地面にこぼれ落ちていく。
『黙ってないでなんか言えよ!! おい!!』
騒ぎ立てる彼の側にいた一人の兵士が、携えていた銃の弾倉部分で力ませに首を殴打しだした。
突如殴らたせいでよろめき倒れた彼。一方的な暴力に先ほどまで発していた殺意の気迫が消え失せて、今にも泣き出しそうな怯えた顔で兵士を見上げていた。
無情にも兵士は銃口を彼の顔に合わせたものだから、飛び跳ねるように起き上がったあと、なすがままに装甲車の中へと飲み込まれていった。
一連の出来事を見せられて、無意識と言えど軽口で喋ってしまった事がどれほどの重みを持っており、人の命をも奪い取ってしまう恐れのあるものであるかを知らされた。
私のせいで、彼らはどこかに連れて行かれようとしている。
まるで芳樹が任命でどこかに連れて行かれたかのように。私の一言が切っ掛けで。
さっきまで感じていた腹ただしさは霧散して、ただ、ただ、自分のせいで巻き込んでしまったと言う自責の念で心が押しつぶされかけていた。
つい先ほどまでのやり取りが冗談のように、辺りは張り詰めた空気が漂っていた。
装甲車に戻らなかった数名の兵士が、値踏みをするように私から視線を外さずに立っている。
このままここに居たら、今度こそ私の命も危ないと本能が発している。
かといって、背中を向けて逃げ出すには、兵士が持つ銃器の前では丸腰すぎた。
どうしよう。なんでこんなにも災難に巻き込まれてばかりいるんだろう。
不運のなさに、ほんと嫌になってきたな。どうしようほんとに。




