18曲
隠れ家みたいな家から抜け出して、少し湿り気を感じさせる空気を吸い込んでいる時に思った。
この見えない空気に何かが混ざっているのかな? それを吸い続ける事によって体が蝕まれていくの?
ここ最近、いろんな所で見かけるようになった何かに侵食されて原型を留めなくなってきた生物の数が多くなってきたように感じる。驚異的な速さで真菌が拡がって、生き物を侵していっているのではないかな。あの二人達と違って私は呼気を守る物を身につけずに居るけど、私の身体はまともなままだと言えるのかな? 果たしてそれはどのくらい危険な事なんだろ。
分かった所で手の打ちようが見当たらないのだから、気にしすぎないほうが精神的にはいいのかもしれないけど。でも。でも私も、近いうちに私も化け物みたいになっていくのかな?
だめだ。気にしない、気にしない。だめだ。気にする。
任命? 自演? 生物兵器の飛翔体? 謎の生物? 感染者? 防護服の輩? この事をしっかり認知している人たちってどの位いるんだろう? 思うに周りには居なさそうだけどね。同級生も先生も親もいつもと変わらないそぶりだけど。テレビだっていつもと変わらない事を垂れ流しているし。
まとまらない思考が湯水のごとく次から次へと湧き出てくる。はっと気づいた時には無意識のうちに階段を降りて境内を抜け出ていたから驚いた。そんなに集中していたんだ。
通って来た道をゆっくりと歩きながら引き返しているけど、円の姿はおろか痕跡らしい物が何一つ見当たらない。何度も何度も携帯端末でコールをしても呼び出し音が無機質に鳴り響くだけ。
ネガティブになりたくないのに嫌な予想で頭が埋め尽くされていく。
先ほどの野蛮な輩達に捕まってしまったんじゃないかと思うと気が気でない。
目の前が真っ暗になりかけていた時、前方から談笑しながら歩いてくる男子達。
どこかで見覚えのある顔立ちに安心感を覚えた。
そうだ。彼らは確か、芳樹の友達だ。名前は……なんだっけかなぁ。
『こんにちは。芳樹と仲よかった人だよね?』
突然声を掛けた為か、意表をつかれたようで固まっている。
『同じクラスメイトなんだけど分からないかな?』
彼らは顎に手を当てて、私の顔が恥ずかしさで熱を帯びるまでまじまじと眺めてきたけど、合点がいったようで、驚嘆の声をだした。
『あぁ! 芳樹と仲よかった人か』
『そうそう。同じクラスのね』
『今は違うけどね。俺らは通うの辞めたから元って感じかもね』
さらっと告げては、隣の連れと笑い合っている。
『え? 辞めたの?』
『まぁね。あそこに居ると変なの来るし通う意味も分かんないし息が詰まるだけじゃん。つかなんか用?』
湿っぽい話は終わりと打ち切るように、返してきてくれた。
『んとさ、円って知らない? 2組の子なんだけど』
『んーごめん。他のクラスだと分かんないかも』
『そっかぁ。もし茶髪のお団子頭で私と似たような背丈の子が居たら教えてくれないかな?』
『無理無理。それだけじゃ分からないって』
ふと思いついて携帯に保存していた、円と二人で写っている写真を見せつけた。
『この子なんだけどさ』
『あー見た事あるかも。でも無理』
『え?』
『めんどくさいじゃん?』
『なにそれ』
『だって俺らに関係ねーし』
『んだね』
二人はけらけらと笑い合っているけど何が面白いのかさっぱり分からない。
馬鹿にされているようでただただ不愉快が募った。
日頃から色んな人と積極的に交流を図っていたら、もう少しは話を膨らませたり自分が不快に思わずに話を運べたかもしれないと思うと、普段の行いを悔やむ気持ちが少し湧いた。
『余計な事に首を突っ込みたくもないしさ』
『……時間とらせてごめんね』
『うぃ!』
適当な返事を投げよこして笑い合っている。
その笑顔にイラっときてしまい、意地悪く余計な一言を言ってしまった。
『2、3日以内にこの街から逃げ出したほうがいいよ。焦土化するみたいだし』
『え? なんで? ガチでミサイルでも降ってくんの?』
先ほどまでの笑顔は引っ込んで、真剣な眼差しで訊いてきた。
あ。口止めされていたんだった。どうしよう。
『なんか……そんな、気がするから』
『んだよ! 神妙な顔をして何を言うかと思ったら、気のせいの話かよー!!』
二人は馬鹿笑いしながら手を叩き合っている。
シンバルを持った猿のおもちゃが両手を叩く時でも節操は持ち合わせているというのに、この二人ときたらあまりにも下品で耳障りな音を発している。
『大丈夫だって。一度だって打ち込まれた事ないじゃん』
『んだから! 気にしすぎだから』
私が中途半端に語ったばかりに、上げ足を取るかのように茶化して面白がっている。
しっかり情報を伝えたほうが良かったのか。それとも悪かったのか。今の私には判断がつかなかった。
それよりも喉に小骨が刺さったような違和感を覚えたのは何故なんだろう。




