1-6 究明への現状
「入院というと、やはり最近流行の・・・」
「ええ、そう聞いているわ」
教授の態度からは心配するような声色が感じられなかった、その事に男は多少恐怖を覚えつつも、研究者として高い地位にいるには普通のメンタルではやっていけないのかもしれない、少なくとも自身には無理だろうと思う。
「しかし身内に例の感染者が出たとなると大変ですね・・・教授は今後どうなると思いますか?」
「あなたねェ・・・質問するときは具体的にしなさいって言ったでしょ!」
この教授がすぐ怒るのもよくあることだった。男は怒られるほどの事をしたとは思えなかったが、教授の言葉にも一理あるので僅かに生じた苛立ちを飲み込んだ。
「・・・すいません。では改めて、教授が想定されるこの感染症の正体と対処法はありますか?」
「最初からそう言いなさい、まあ・・・立ち話も何だしこっちに座りなさいな。お茶くらい出すわよ」
「では失礼しまして」
くたびれたソファーに座ると教授の部屋を見回す。様々な資料と講義の道具、それにやや型落ちのPC、電子レンジに冷蔵庫、どれも飾り気が無く古びたものも多い。装飾品の類は一切無く研究熱心、というよりも他に興味が無い様子の姿勢を伺わせた。
教授は冷蔵庫から緑茶の缶を出すとテーブルに置く。この部屋には確かに急須等は無かったことに男は思い当たった。
「まずそうねェ・・・ウチの大学にも厚労省から協力の要請が来ているわ、イルス研究教室が主だけどね。まあ、全国的に有名な大学には大体すでにお達しが来ているわよ」
「これだけの問題になっていればそれは国も動いてますか・・・しかしメインがウイルス研究室というと・・・」
「『器質性意識水準低下症候群』自体で命を落とした人はいないそうだけど、暴れて事故にあった患者のサンプルは結構流れてきているわよ・・・暴行や事故の加害者として、原因追求の為の解剖と言えば反対する人もそんなにいないらしいわ」
そう話しながらも手元の紙には数字の羅列、恐らく自身の研究の実験テーマを見ていた。ただ、片手間ながらも興味深い話を聞けている為に質問者の立場でありかつて生徒であった男からはその態度に何も言えなかった。
「まあ、急に暴れたりするということで勿論だけど脳の解剖が行われたようね・・・その結果だけど一見すると異常は見られなかったらしいのよ。といってもね、原因は脳以外考えにくいからアメリカの大学病院で大脳の組織をよぉく調べたら少量だけど変わったタンパク質の沈着が見られたそうなのよ。」
「運動機能や生命維持がされているとなると皮質・・・海馬辺りがまあ怪しいですか?」
「適当な事は言わないほうがいいわよ貴方、100%間違っているわけでもないけど。大脳皮質、辺縁系、基底核にも見つかったそうよ。でも外見だけだと普通の組織と区別がつきにくいから単離になかなか手間取ったようね、立体構造も調べているらしいけれど・・・そういえば貴方、昔別の部屋と合同で分析やってたわよね?」
「いやはや、簡単なモノだけであれだけ手間取りましたからね。卒論ギリギリになってご迷惑をおかけしました。未知のタンパクの立体構造なんてとてもやれる気がしませんよ」
「そりゃそうでしょうよ、回析で見ても結局はいろいろ弄らないといけないしプロの技が必要になるわよ。修士で逃げた貴方には無理ね」
男は頬を引きつらせた。別に修士で逃げたわけではなく、ただ就職を考えて博士課程には行かなかっただけであったからだ。噂に聞く所、博士課程を卒業した後の就職は特定の職を抜かせば難しいと言われる。企業もフレッシュな人材を若いうちから教育して長く戦力にしたいものだろう・・・ブラック企業は別としても。
「ははは・・・しかしどこからそんな異常なタンパクが来たんですか―――ああ、それでウイルス研究教室の話になるんですか。」
「ええ、そうよ。患者に免疫反応の亢進とPCRでアデノウイルスに似た配列が確認されたそうね、まあ新種でしょうし配列が似ているだけのものなんて良くある話。それに治療法に関してはまだ手付かずといったところでしょうね。」
とりあえずこんなところだわ・・・と言い、教授はお茶を飲み一息ついた。
男は得られた情報を頭の中で整理する。中々に興味深い話が聞けたが、結局のところまだ治療法も無くタンパクが沈着・・・つまり器質に関わるということはすでに感染した患者にとっては最早脳の変性はどうにもならないかもしれない―――
男はふとその事実にぞくりと背筋が冷えるのを感じた・・・だが、何故だろうか、この状況をひどく面白いと感じる自己もまた自覚し、震えていた。
テレビで紹介していたラーメン屋、行ってみると案外普通だったりします・・・いや、個性的過ぎると飽きるから一概に美味しいとは何かとは言えないんですが。
カルヴァドスを購入、安い奴だから刺々しいのでお湯割やロックで呑むとまあまあですね。