1-4 特徴無き難題
方々に被害が拡大してきた事も大きな変化ではあるが、もっとも大きな事はこの症状に正式に名前が付けられた事だろう。
『器質性意識水準低下症候群』
そう名付けられたこの症状、名前に示されるように精神的な疾患ではなく器質的な要因による意識レベルの低下により理性を失い本能的な行動に極めて強く従ってしまうという状態と定義された。この要因に関してはしかしながら特定は為されてはいないのだが発症する年齢や性別、人種等があまりにバラバラの為に集団ヒステリーなどとは異なるものとされたからだ。
発症した人間は、発熱を伴うめまい、ふらつき、体のだるさ等の風邪に似た症状を呈するが頭痛や喉、関節の痛みは無いとされた。しかしながら症状や感覚は個人差も大きく無症状の人や症状があまりに軽微で気にしない人もまた多かった・・・これこそが、極めて厄介で対処を難しくさせた。
また、特徴的なものとして魚卵に似た体臭が生じることもあったが、これも個人差が大きい上に長時間放置していれば臭ってくるものの、衛生観念がはっきりとしていて特に毎日風呂なりシャワーなりで体を洗う日本人にとってはそこまで気にかかるものでもなかった。さらに臭いが気になれば自主的に消臭スプレーや香水等で抑えてしまうこともあり特定の一つの要素にはなったものの感染を確定できるほどのものではなかった。
さて――――近代になって確立され、周知が図られた人権たるモノがある。それは人間が人間として尊重され自由を奪われない素晴らしい権利である・・・余程の理由が無ければその身体の自由を奪えないほどに。
勿論、感染症法で定められたものや、流行地域からの渡航歴があり熱があったり体調不良を訴える場合は隔離病棟に移されることも有り得る。これは決して悪い事ではない。むしろ、専門の医療チームにより治療が行われるわけで患者の生命、他の人の安全、双方にとって良い事なのだ。感染症は初動の封じ込めが肝要なのは言うまでも無い、この考えの下、口蹄疫や家畜のインフルエンザが生じた場合は涙を呑んでその一帯を浄化している。
かつて世界を恐怖に陥れたスペイン風邪、世界で最も多くの感染者を生み出し死者は1億にも達したともいわれる病気も鳥インフルエンザウイルスが変異し人間への感染力を獲得したものとも言われている。たかが風邪、されど風邪こそが注意すべきものと言えるだろう。
・・・だが、勿論人間は人間を処分することはできない、今の倫理の上では―――。
こうして立派な病名も付き、注意を呼びかける報道が行われたものの感染の拡大を防ぐ手立ては得られず状況は悪化の一歩を辿って行った。




