3-15 とある支配者の気炎 後編
自衛隊は迅速に動いた、否、すでに水面下で動いていた。『アリゾナ病』が他国との戦争では無いことも幸いした。他国が絡めばどうしても身中の虫が混乱を求めて情報のリークや妨害活動をする。上位に居る者は身辺調査は行われているものの、完全という事はあり得ない。我が国の防諜体制はあまりにも緩すぎる、これも大臣であった頃に手を多少は入れたのだが、政権が変わり左派が軍配を振るった際に予算を削られてしまっていた。どうでも良いことに金を使い、予算を無理やり消化する無駄な体制は昔からあったが・・・必要な予算が削られていくのは我が国の悪癖だ。これもまた国という企業経営が今の政治家共によって崩されているせいだろう、金が余ってる分には余計に使っても文句は言うまいが。
まずは時間稼ぎを行う、治安や物流への悪影響は極めて深刻であり現状の体勢では一気に瓦解してしまう。志を同じくした、もしくはかつては反目していたが良識のある財閥や政治家に働きかけ、緊急事態における自衛隊の治安維持活動ならびに災害支援活動を承認させるように根回しをする。警察に関しても更なる特権が与えられるように調整を行う。総理の鼻垂れにも会って話はしたが、駄目だ、やはりあれは俗物にすぎんと悟った。ならば俗物なりに扱わねばなるまい、周囲からの圧力と現状の資料を突き付けて何とか首縦に振らせた。
警察官や自衛隊が動きやすくなったところで、次の体勢へ移行する準備を本格化した。地方の基地や倉庫からも資材を都市部へと集める・・・いくら自衛隊が出張っても時間稼ぎにしかならんのは明白、地方に派遣された自衛隊の指揮官は来るべき日に向けて各地で物資の保管と称し、いつでも運び出せる体制で準備をしていた。
NBC兵器対策用シェルターには通常の在庫以上にあらゆる物資の搬入が行われた。さて、もちろん今回色々と支援してもらった者たちの一族にもそこに住まう権利が与えられている。動いたものは報われなければならぬのは当然の理屈だ、命なんぞ鉛玉の一発で皆消え去るが、ただの愚民と価値が同じはずもない。そしてこれから働いてもらえそうな研究者や技術者についても情報を集めて勧誘を行う。
研究者の資料から、行動への分岐の期日が迫っていることを知らされる。あまりにも各地で社会活動が取れなくなれば次の段階へ進むこともできない、まだ完全に崩壊しないうちに動かねばなるまい。ただし、儂にも国民への情はある、『アリゾナ病』の治療法が確立される可能性が少しでもある以上、期日までは待つ予定だ。
『統制都市』、これが儂等が考えた中で社会を維持し続ける現実的な方法。あまりに広い場所への支援が必要で手が足りなくなってしまうのであれば、すべての機能を集約した拠点に限ってしまえばその手間は格段に減る。コンパクトシティ構想、元々都市機能を平地かつそれぞれの地方自治体の中央付近に集約し、中山間地域の零細地区から撤退を進めていくことでインフラにかかる費用は格段に低下する。数人しか住んでいないような集落、千人に満たず山のあちこちに点在して住む住人、だが都市部に住む人間と同様の権利を主張する厄介者だ。水道管1mあたりの、送電線1mあたりの仕様人数を比べてみれば、何十倍も公費がかかっていることが分かる。自分たちで勝手に沢から水を飲んだり発電機を使ってくれる分には問題は無いが、まったくもって無駄だ!無論、そんなことをせずともに社会が維持できるならそれに越したことは無いのだがそんな余裕はもはや無し。
国民の数は大分減ってしまったとはいえ面積の限られる都市部で全てを受け入れることは不可能だ。さらに言えば、子供は良いが老人や障碍者を受け入れる余裕は無い。ならば・・・勝手にそのような者たちが来ないようにすればいい。満足に動けるものだけが都市まで来られるようにするのだ、ただし、たどり着いた老人を追放する気は流石に無い。
決行の日が来た。緊張は無い、やるべきことを行うだけだ。政権の中央にいる一族の家族を警護している者達に通達し、その家族達をシェルターへと案内して出れなくする。そしてその情報を与えつつ総理の鼻垂れの部屋に乗り込み、現状維持が不可能という話や今後の予定の説明をして、『統制都市』体制への移行を承認させ、全国に向けて発令してもらう。そして反抗的な態度をとりそうな議員は不幸な事故にあってしまっており、採決には問題が無い事も教えてやれば、震えて涙を浮かべながら首を縦へと何度も振った。ふん、初老の男の涙目など気味が悪い、そして何より毅然としていないその態度には腹が立った。だが、この俗物にも使いどころがあるため今は耐える。
深夜、警察官や自衛官、およびその家族達が一斉に地方から都市部へと移動を開始する。限られたルートだけではあるが、この日のために障害物は取り除いてある。集められていた物資も一斉にトラックへと積み込まれて送られてくる。用意されていたフェンスや鉄条網、監視のための櫓が重機ですさまじい速度で都市の外周部を覆っていく。軟な作りでなければ出来の綺麗を問わない突貫工事、それでも元々感染者対策として多くの場所が閉鎖されているためやれぬ仕事の量では無かった。そして、夜が明ける。
国営放送により、地方中小自治体への一切の支援中止を声明。当日は総理大臣が胃痛とストレスで臥せってしまったため、仕方が無く若いながらも有望視されポストについていた官房長官が代理をすることとなった。この男は多少の見所がある、いずれ今の総理大臣が不要になれば後押しをしてもいい。
自衛隊からの報告は随時届く。地方から一斉に集団が都市を目指して進む、全く動けない者や足手まといの者は感染者に襲われたり、列から落伍していく。都市にたどり着く多くの者は労働ができる者達であった。
都市内において、市民に自由にさせる気は無い。今は戦時中以上に危機的状況なのだ。余計なことを許す余裕は無い、冷酷なまでに、機能的に集団を動かす必要がある。その根幹には圧倒的な暴力装置が肝要だ。そして一足先に退避させた警察官や自衛官はその要となる、そうだ、市民より優先された彼らが。
儂は、善悪でいえば悪だろう。だが、政治家たるものたとえその因果が自信を殺すとしても動かねばならぬ。人間誰もが綺麗で楽な言葉が大好きだ、だがこの年になってみればそんなものは虚構にすぎないことが分かる、人間の本質は悪だ、性善説なんぞ有り得ぬ。善として教育され、強制され、人間が社会を作り発展していくために自制を知る。だが、その本質を顧みるに、政治家は悪心をもって己を律し、時に枠を超えねばならぬ。諸行無常、弱肉強食がこの世の常なのだ。最近の人間はその本質を考えることを放棄して等しい、そのような世界になったのは儂等にも原因があるのだろうが・・・よく働く日本人なんぞは明治時代に国民を働かせるためにつくられた虚像ではあるが、それは今では浸透しきってしまっている。
全く、これを考えた者は相当なる悪であろう。




