3-6 とある元警官の回想B
早朝、マンションに用意してあった防疫グッズ一式をパンフレットに従い装備し、指定された集合場所へと向かった。そこには完全防備の自衛隊員がおり、まじまじとこちらの格好を確認したうえでカードを提示するようくぐもった声で言った。その後、巨大な複合ビルの一室へ行くように指示され、奇遇にも同じバスの警察署の同僚も同じ場所であったため共に向かうこととなった。
部屋の中にはすでに結構な人数がいたが、皆無言で席についていた。その理由としては、一つの机の上に一丁小銃が置いてあったからであった。
ピルルルルとタイマーが鳴り、今まで不動の体勢で部屋の隅に立っていた自衛官が講壇へと立つ。
彼の言う話によれば、これから小銃を支給するにあたり座学と実技を行うとの事であった。また、細かく部屋を分けているのは器質性意識水準低下症候群―――アリゾナ病の感染リスクを下げるためであるとの事であった。確かに、古来より感染症は軍隊で多く発生したという事例はあった。
さらに、私たちは必要であれば感染者を即座に処分し、さらなる被害を防ぐ役割であり、そして多くの市民を守るために秩序を破ろうとする犯罪者を処分する役割であると言われ、その言葉を集団で何度も何度も輪唱させられた。
小銃は解説書付きで、構造も実に単純で整備性に優れていた。特に問題なく座学と解体及び点検の講習は終了した。だが、息をつく暇も無く今度は全身を覆う使い捨てタイプの防護服を着るように指示され、小銃を持ったままバスに押し込まれると都市の外縁部へと移動させられた。
都市を囲うバリケードの中でもある程度の距離ごとに監視塔が設置されている。五人ずつ監視塔に上げさせられ、私も最初の集団の一人として不安ながらも指示に従う。3人の自衛官に囲まれながらも眼下を見るように言われてのぞき込めば、バリケードのすぐ外の道路で感染者たちが群がり何かを貪るように食べている。互いに押し合いへし合い、まさに飢えた餓鬼のようなおぞましい景色であった。
元の姿勢に戻るように指示を受け不快な気持ちのまま一歩下がると、今度は小銃の弾倉がそれぞれの手に乗せられた。薄々感じてはいたが、次の指示はこうであった。
『頭を撃ち抜け』
感染者は、人間だ。それも生きている人間だ。それを撃てというのは、なかなか手が震えるものであったが・・・結論からすれば私は撃った。1発目は中年男性の胴に当たり、2発目は道路で爆ぜ、3発目は少女の耳を飛ばし、4発目で同じ少女の眉間を射抜いた。倒れて動かなくなるその姿を見て心拍数が息苦しいほどに上がるが、どこか冷静な自分もいた。頭を撃ち抜け、という指示の後にこういう言葉も突き付けられたからでもあった。
『できなければ、失格だ』
私には家族がいる。自分の命もまた惜しい。ある種の暴力装置としての特権階級、他の市民より高い安全性と支給品の優遇、そして感染者という者への嫌悪感が一線を越えさせた。私を含め、4人が撃ち、一人は頭を抱えて銃を取り落としていた。自衛官は苛立った様子で銃をとるように強く言うが、人を撃てないと首を振って蹲った男に彼らは何度も蹴りを入れると最後は頭部に警棒型のスタンガンを押し当てた。弾けるような音と一瞬の悲鳴・・・人間を撃てなかった男はゴミでも扱うように乱雑にどこかへと連れていかれた。
一方で、我々には敬礼を行い、言った。
『ようこそ、こちら側へ。人間を撃った人間へ。歓迎しよう』
その後も順番に監視塔へと連れていかれ、多くの者は銃弾で感染者を射抜き、どうしても撃てなかった者は暴行を加えられ連れ去られていった、私と共に部屋へと向かった同僚もその一人・・・彼はもともと正義感にあふれて優しい男だった。未だに手は震え、冷や汗が全身を濡らしていたが、これもまた秀逸な方法であると頭の冷静な部分で考えていた。権力者側にまんまと取り込まれた、と。すでに負い目を感じている我々にさらに罪悪感を与えると同時に仲間意識を持たせ、使えない者を排除する。ああ、腹が立つほどに実に上手い手段だった。
訓練はこの後も続き、最終的には都市内で強盗殺人を行ったとされる『非』感染者に対しても、全員で一斉に銃を撃つように指示され、撃った。撃てなかった者は、想像通りであった。
訓練が終わり、家へと帰ることが許される。精神の疲弊を考慮してか、自衛官が付き添ってくれるがこれはもちろん疲れ切った我々が馬鹿をしないように監視も兼ねているのだろう。
防護服を脱ぎ、体の消毒を行い宛がわれたマンションへと帰る。妻は私の顔を見て心配そうな表情を浮かべ、子供は何か恐ろしいものを見たかのように布団に隠れた。
椅子に倒れこむようにして座ると、机の上には酒が置いてあった。妻によると、机の上に出しておくよう指示をを受けて支給されたものであるらしい。
全く、本当に上手いことやってくれる。私は今日は酒を飲んでさっさと寝ることにした。幸い、明日は1日休んでいいらしい。
私はきっと、これから人を多く殺すだろう。そしてそれが完全なる黒では無いこともまた事実なのだ。尤も、白では無いことは言うまでもないが―――
訓練期間を終え、私は警備隊の一員として配備された。感染者や敵対行動をとる犯罪者への無制限の暴力が許可されている。とあるアパートで感染者が出たという通報を受けて急いで向かう。今まさに幼い女の子に噛みついた感染者の頭を慎重に狙い、撃つ。外した際の流れ弾や市民への被害も私たちには許されている、感染者を広げないことが第一であった。
すぐに医療隊が駆け付け、意識を失った女の子と感染者の死体を運び出すと、今度は別の部隊が現れて感染者の住んでいた部屋周辺のアパートの住民を引きずり出して別の地区へと連れていく。隔離地区は常に監視された状態で感染リスクがある市民の感染の有無の確認を行う場所だ。何日かの間、最低限の食料だけで後は何もさせてもらえずに営倉入りの気分を味わえるらしい。
引き続きの警備を命じられた私は必死の形相で何かを叫びながら近づいてくる中年男性を何とか取り押さえ、事情を聴いた。
中年男は噛まれた娘の親、心の底から同情する。それは取り乱しもするだろう。だが、おとなしくしてもらわなければ私もさらなる暴力を振るわなければならない。噛まれても感染すると決まったわけではない、これは事実だ。我々がアクセスできるネットワークでもそのようなデータがあることは確認できていた。ただし、多くは感染しているということも事実ではあったが。
結局、噛まれた女の子は駄目であったらしい。私も親として、とても悼ましい事だ。だが、より一層今の立場を捨ててはいけないと心の底より思う。今住んでいる場所はここよりもまだマシだ、家族の安全のためにも、神を呪いつつ引き金を引き続けるのであろう。いつか終わる、その日まで―――。




