3-4 とある住民の回想2
チケットAには価値がある。故に、スリや強盗、脅迫といった事態も起こることはある。なるべく大きな通りを歩く。とはいえ、サーモセンサー付き監視カメラはそこらかしこに配置されているし、完全武装の歩哨は周囲を見回しつつ巡回している。何か騒ぎを起こせば良くてテーザー銃や警棒による殴打、運が悪ければ即銃弾だ。治安は案外保たれていることは救いだ、今のところはという但し書きはついてはいるが・・・今日も疲れ切った体で配給所に寄り、チケットAでまともな食料を、そしてチケットBで不味い食料を貰って帰路に就く。肉体労働で消費したカロリーを補給しなければならないし、娘たちにはなるべくよい食事を与えたい、俺が不味い飯を食べてでも。
昔ならば、帰り道に冷たいビールでも1杯ひっかけて英気を養ったものだが、この蒸し暑い帰り道にはそのような者は無い。アリゾナ病が感染病である以上、集団感染を防ぐ目的で配給所や仕事の斡旋所以外に人々が集まることが許可されていない。バーや食事処なども無いし・・・デモ等も以ての外だ。
皆が皆、重い足取りで家へと帰っていく。家に帰ってもシャワーを浴びることも出来ず、体に着いた砂埃を塩素臭い水を溜めたバケツに手ぬぐいを浸して拭くだけだ。温かい風呂に入れたのは何時が最後か、そう思えば余計に足は重くなっていいた。
アパートへ戻ると、そこは自衛隊員達によって封鎖されていた。慌てて駆け寄ると銃を向けられたが、自分のカードを示して住んでいたことを震える声で叫ぶと銃口はわずかに下を向いた。が、今度は周囲を囲まれて拘束されてしまった。娘たちが気がかりで、アパートへ急いで行こうと前をふさぐ自衛隊員を押しのけようとしたところで、痛みと衝撃を感じて意識はあるもののその場に崩れ落ちた。
自衛隊員達に引きずられながらも淡々と説明を受ける。曰く、アリゾナ病の感染者がアパートに現れ散々に暴れたうえ、アパート裏の小さな公園で遊んでいた娘に噛みついた、と。感染者は自衛隊員によって射殺されたが、アパート内で感染者が接触したとされる住人や近隣の部屋の住人は経過観察の必要から隔離地域のアパートへと移されたこと。
―――噛まれたのは長女で妹たちを守ろうとしていた事。
自衛隊員により感染者が速やかに射殺されたため、命に係わる程の重症では無かったらしいが・・・自衛隊員も人間なのか、噛まれたことで100%感染するわけではないという言葉を最後に漏らした。呆然としながら隔離地域へと引きずられる俺は、その言葉に希望を託して何度も神に祈りをささげるしかなかった。
祈りは、届かなかった。
長女は発熱と意識の低下が認められ、薬剤により安楽死となった。顔を見ることも遺骨や形見の品さえ受け取ることも叶わず、他の死体と共に集合墓地へと葬られた。
幸いといえば皮肉だが、三女と末の娘は感染が認められず、俺も含めてしばらく経った後、鉄格子とカメラに囲まれた無機質な部屋から元の地区の別のアパートへと移された。新しいアパートは前の場所よりも広く、新しかったが、数の減った家族の空虚さを増長させた。ただでさえ少なかった笑顔は減り、涙よりも諦観と空虚な表情で過ごす日々。
―――家族はもう3人しかいない。
さりとて、しかしながら、まだ娘は二人いる。働きに出なければならない。
鉛のような足を引きずりながら、俯きながら、広場へと向かい仕事の斡旋を受ける。嗚呼、故郷で皆一緒に死んでいた方が幸せだったのかもしれない・・・何もかも投げ捨てて死にたくなるが、それが許されるのは家族が皆いなくなった時になるだろう。しかしそれでも太陽に焦がされながら自問自答を繰り返す。自身の人生とは何なのか、この辛い日々はいつ終わるのか、そしてどう終わるのか。
俺は、今日も働く。希望は無くとも・・・景色が霞んだのは、きっと額の汗が目に入ったからだろう。




