3-2 ドン
―――首都、某自衛隊基地特別核シェルター。
それなりに広いシェルターではあっても活動する人員が多い今となってはプライベートな空間は大変貴重である。
絵画や壺の飾られた12畳ほどの部屋、質の良いアンティーク調の椅子に深々と座る老人。髪は白いものが殆どではあるものの、鋭い眼光と活力に満ちた体は彼を随分と若く見せていた。
一方でマカボニーの机を挟み、対峙する初老の髪の薄い男はしきりと汗をぬぐっている。もともと落ち窪んでいた目が、疲労と緊張で隈が消えずに不健康そうな印象を与えていた。
「首相よ」
低く、重い声で老人が話す。
「は、はい」
ひきつるような、少し高い声を出して答える首相と呼ばれた初老の男。力関係は明白であった。
「都市の掌握が済んどらんようだな」
「申し訳ございませんっ!発生する感染者や待遇改善を国に求める市民達のデモでなかなか騒ぎが収まらず」
「潰せ」
「は?いま何と・・・」
呆けたような顔をする初老の男を老人が不愉快そうに睨み、再び口を開く。
「潰せといったのだ。徹底的に弾圧し、知らしめよ。逆らうものは処分せい」
「さ、さすがにそ、それは・・・これ以上の強行姿勢は余計に反発が強くなる恐れも・・・」「なあ、首相よ」
ごにょごにょとどもったように話す初老の男の言葉に覆いかぶさるように低く、重い声が響く。
「貴様が今、曲りなりにも首相と呼ばれているのは誰のおかげか?家族も、派閥の議員も別のシェルターにおるだろう、儂のポケットマネーで作られた施設にのう。何も議会も内閣も対策が出来ていない中、機能の集約を進め都市機能の維持を行えているのは、誰のおかげか?」
「はっ!そ、それはもちろん、前防衛大臣の貴方様であります!」
「わかっているならやれ、徹底的にな。良いな?」
初老の男ー――名目上の日本国の政治のトップはどうしてこうなったのかと頭を抱えたくなった。何も、自分の任期中にこのような大災害が起きなくても良いではないか、ましては、民主主義や人権を無視し強硬な姿勢で対処に当たったという非常に不名誉な名前が一生、いや永遠に歴史に残るであろう。そのことが順風満帆で生きてきた政治家である初老の男には耐えがたいものであった。
しかし、目の前の老人はかつて防衛大臣を務めており、自衛隊以外にも様々なパイプを持っているうえ多額の資産も併せ持つ。今回の事態にも右往左往していた現職の政治家たちを尻目にセーフポイントの整備を進め、自身の派閥に近い政治家や財界の大物と連絡を取りその結構な数を抱き込んで見せた。
この男の機嫌を損なえば、自分は簡単に『感染』したことにされ、官房長官あたりが代わりの広告塔として持ち上がることだろう。そして、自身のみならず共に保護されている家族までもが―――
「・・・はい、わかりました」
自身には何も選択権が残されていないことを改めて悟った。




