1-2 背徳と興奮、日常の中で
数日が経ち、テレビのニュースで数分を占めていただけの事件は今やトップニュースとして挙げられ、新聞の第一面を飾るほどになっていた。事件の件数はねずみ算的に増えていたが、原因は未だ不明となっていた。ただし、事件の状況や加害者の共通点等は大分詳細に世間に知られることとなった。
加害者の症状としては、事前に風邪の様な体調不良を訴えていた事が多く、急に痺れた様に動きが止まると次の瞬間には手足を振り回して暴れたり、飲食物を強奪、さらには異性への暴行さえ行い、周囲が止めようとしても理性の無い様子で大暴れし、なかなかに制圧するのも大変であるという事だった。また、一部の情報誌では加害者が凶行に及ぶ前に周囲は酷い臭気を感じたという眉唾な記事さえも挙げられていた、テレビでは言わなかったのだが男が今思えば生来体臭の強い人への不当な扱いを防ぐためであったのかもしれなかった。
ただ、まだこの時点ではインフラが止まることも無く、多くの人々は日常を過ごしていた。ただし、昼のニュースでは海外においても類似の事例が多く見られるようになったと報じられ、特にアメリカや中国においては大規模な発生が相次ぎ軍までもが出動する騒ぎとなっているとアナウンサーは語っていた。
男は愛車である安い国産のコンパクトカーを運転しつつカーナビではワンセグのニュース番組を聞き流していた。中々に大事になっているなと思いつつも、どこか他人事のように感じていた。もっとも、当事者以外の人間の多くもまた、自分の生活を守るだけで日々手一杯で気にするそぶりを見せつつも大きな関心を示すことなく日常を送っていた。大体の人間において他人の不幸などは対岸の火事に過ぎない―――
「ああああああああああ!!」
急な叫び声に驚き、少し開けてあった窓から外を見ると中年の女性が髪を振り乱しながら全力疾走していた。男は世の中には変わった人も多いものだと思いつつも丁度赤信号であったため動向を見守る。
すると女性は呆然としているお菓子を片手に歩く親子連れに近づくと、腕を滅茶苦茶に振り回して容赦なく幼い子供を殴打する。子供はそのまま糸が切れたように倒れたが、中年女はそれに目もくれず食べかけのお菓子を貪る様にして喰らっていた。ここで子供の親が悲鳴を上げ、周囲の歩行者が野次馬のように集まってくる。
正義感あふれる若い男が中年女性を押さえ込もうとしていたところで――――前を見ると信号が青になっていたので非日常の出来事に軽く興奮しつつもアクセルを踏んだ。
―――もったいねェなァ・・・
仮に、分岐点というものがあればそれはこれからの数ヶ月であったのかもしれない。それは日常と、非日常の・・・。