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2-2 カニバリズム

登場人物まとめ

A[整備班 自動車関係に詳しく体も声もでかいが気弱な所もある]

B[研究班、高齢の女教授で研究以外に興味が無く性格がキツい]

D[研究班、研究肌で声が小さく話す前に少し貯める癖がある]

E[整備班、体躯のわりに運動は苦手だが他は多芸で飄々とした性格の個人主義]

G[偵察班、体は大きいが器用貧乏で非日常を好む変人で親しい人間には語尾を伸ばす癖がある]

K[施設班、工学に詳しく冷静沈着で天才肌なまとめ役] 

O[施設班、少し気弱でオタクっぽいが機械やドローンに造詣が深い] 

P[遠征班、小柄だが朗らかで野外での活動の才能が高く一度見た風景を忘れることが無い] 

S[遠征班、糸目で音楽や文学に詳しいムッツリスケベ] 

T[遠征班、小柄だが自転車が趣味で体力が高い人の好い性格] 

H[遠征班、元学芸員の歴史オタでフィールドワークの経験から重機を動かせ体力もある]

I[偵察班、長身痩躯で極めて性格が善性な人物] 

息を切らさない程度の早足でGとIは道を急ぐ。事前にドローンによる偵察はしており、なるべく視界のいいルートを通ってはいるがそれでも見通しの悪い曲がり角は慎重に様子を伺う。


「おっと・・・珍しいな、共食いだ。」


「水が出っ放しの蛇口の下に、力尽きた『ゾンビ』の死体ですか。いえ、この言い方もおかしいですが」


「ほれみろ、彼らは生きているからな。『ゾンビ』じゃあ不正確だ。」


「ええと、それじゃあ何て呼べば?」


「あー・・・器質性意識水準低下症候群患者様ァ・・・」


「だからそれは長いんですよ。」


「じゃあ感染者で」


「ああ、いいんじゃないですか、ところで・・・」


 蛇口の水で洗われ、肌の色を明るくし倒れていた『ゾンビ』に群がるように何体もの『ゾンビ』がその死肉を貪っていた。押しのけ、へし合い、唸り声を上げながら群がりすでに喰われているゾンビの腸さえ飛び出していた。


「ありゃ・・・道を変えよう。」


「ええ、少し遠回りで狭い道ですが仕方ないですね。」


「ったく、ついてないなァ・・・偵察のときはいなかったのに・・・」


 『ゾンビ』、器質性意識水準低下症候群患者、つまりは生きている、生命活動をしている存在。よって、その活動の為には水分とカロリーが必須であった。そして、理性はないものの記憶の残渣か袋程度の食品ならば食い千切って中身を食べることもあった。それでも都市機能が停止した今、『ゾンビ』達の手軽に手に入る食料はだいぶ少なくなっていた。


 食糧を求めてあてもなく彷徨ったり、飢えて炉端の微かな甘い香りに誘われ花等を食べる『ゾンビ』。


 だが、普通に考えれば一番手軽な食糧は共に彷徨う『ゾンビ』の肉である筈であった。


「安全第一ですよ、仕方ないですって。」


「まァな。俺たちだって鼻がもう麻痺しちまってんだ・・・奴さん機方も人間、同じようになってたら襲ってくるかも知れん。『実験』では大方大丈夫だったが」


「『実験』、僕はあまり好きではないですけどね・・・」


「そうかい?俺は好きだぜ・・・しかしまあ、奴らの共食いが中々起こらないと思ったら分泌物に糸口があるとはな」


 痛ましそうなIの声とは裏腹にGは軽快な声で笑う。以前、街の廃倉庫に手足を完全に折った『ゾンビ』を入れて封鎖し、遠隔操作できる簡単な機械を使い様々な人体実験を複数回行っていた。


 その光景は中々に生産を極め、嘔吐する者もいたが・・・嬉々として参加していたのがGでもあった。元々スプラッタ、グロテスクな映像を好む大っぴらにはできない趣味を持っていたと恥ずかしそうに話すG、そしてそれを聞いていたのが眉をひそめながらも加害する側の責任を果たそうと視線を逸らさなかったIであった。


 実験の成果の一つとして、ゾンビが互いを襲わないのは分泌される臭気物質の影響であると結論づけられた。感染者である『ゾンビ』は不衛生による悪臭以上の不快感を感じさせる臭いを放っている事が元々報告されていた。そして、その臭気物質を締めたての『ゾンビ』の汗腺組織から有機溶媒で抽出し濃縮したものを様々な食糧に噴霧し『ゾンビ』に供した所、それを食糧として認識しなくなった。


 この臭気物質を利用すれば外での活動の際安全に移動できると考えられた。その方針は正しいものと思われたが、成分を同定するにもある程度の量が必要となるし、有機合成には多くの手間と試薬が必要となる。前者はまだ良いとして、後者の試薬類は補充の見込みも薄く貴重であった。


 いき詰まったかのように見えたが、Tがぼそりと「もっと臭ければ誰でも食べないんじゃないか」と言った。臭いで食べることの判別をしているのであれば確かにそれ以上の不快な臭気であれば効果があるかもしれないという考えはシンプルではあるが試すに値した。


 そこで、かつて大学に在籍していたGが思い出したのは培養することでとんでもない悪臭を放ち、離れに設置したオートクレーブでないと処理を禁じられた経緯のあるユニークな、しかし見た目は地味な放線菌の一種であった。中々に有用と思われる物質を含んでおり、泣く泣く大量培養を行った印象深いものであった。そしてその胞子がまだアンプル封入され保管されていることも確認できた。


 培地は糖、窒素、微量元素のバランスが大事とされる。これを穀物類の煮出し汁と廃材や機械部品から酸で溶出した金属をキレート剤で水溶化させることにより液体培地として再現し、抽出と濃縮を行った結果、化学兵器や拷問にも使えそうなおぞましいモノガ精製された。


 一嗅ぎすれば下手をすれば失神、そうでなくともむせ返り行動不能になるほどの悪臭、これを食糧に噴霧し『ゾンビ』の目の前に置いたところ、食べないどころが身を遠ざけようとする素振りまで見られた。


 結論としては、『ゾンビ』も生きて、本能がある以上、悪臭はさけるという考えても見れば至極当たり前の結論が得られたのであった。そしてこの悪臭物質は製造の簡易さと効果からマスクと併用することを前提として『ゾンビ』除けとして用いられることになった。反対に、酵母抽出物から『ゾンビ』寄せというものも発見されることになったがこれは別の話であった。


「しかし、例え水で臭いが流されたとしてもだいぶ珍しい・・・逆に完全に死んでしばらくたった死体に群がっているのは見たことがありますが」


「あー、ドナー隊の話を知ってるかい?」


「いいえ、聞いたことないですね。有名なんですか?」


「有名とまではいかないか、興味がない奴は調べることも無いだろうしな・・・昔アメリカで西へ向かっていた開拓団が途中で行き詰って冬になり食糧を失いカニバリズムに走ったという内容だよ、ざっくり言うとな。」


 Gは気障っぽく頭のストローハットに手を掛けて被り直す。


「俺達だって本当に飢えれば食えれるものは何だって食べるだろう、増して『ゾンビ』ならばァ・・・」


 血や臓物を撒き散らし貪られている『ゾンビの死体』を見ながら、やれやれと首を振った。




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