第一章 日常と非日常の分岐点 1-1 とある男の晩酌
―――いずれGと呼ばれる男は、無気力にテレビを眺めていた。
随分と前に脳梗塞で父親が、そしてつい少し前に母親が亡くなり、ようやく一段落したものの、むしろ少し時間がたってからの方が空虚さを感じさせていた。もっとも、元々母親は肝臓を患っていた為に早逝も仕方が無かった面もあったがそれでもまだ老齢とは言えない年齢であった。
介護の為に仕事を辞めていた男であったが、質素倹約を是とする家庭であったためと親が老後の為にと貯蓄されていた分を考慮すると税を払ってもそれなりの額を相続しており、仕事探しは火急の用では無かったし幾つかの使える資格を習得していたので焦る気も無かった。
ただし、一人で一日中過ごすにはこの家は広すぎた。空虚な心に蓋をするためにももう少ししたら仕事を探しに行かなくてはならない―――男はグラスに残っていたジンを煽った。それは氷が解けて飲みやすくはなっていたが、焼けることの無い喉に物足りなさを感じた。
『―――さて、次のニュースです。・・・また暴力事件が起こりました。本日の午後2時頃、東京都葛飾区におきまして若い男が突然暴れだし、10人が負傷する騒ぎとなりました。その後男はコンビニエンスストアに押し入り商品を荒らして食べているところを警察によって取り押さえられました。警察によると男はまともに言葉を話せる状態ではないということです。同じような事件は先週より確認され、今週では8件目に当たります、警察ではこの事件も含めて何か関連があるものとして専門家を交え調査を進めています。・・・では、次はスポーツです・・・』
どうにも物騒な事件だなと男は思ったもののそれ以上の興味を示すことは無かった。酔いの回った男はテレビを消すとそのままソファーに寝転がり瞼を閉じる。もうその行為を叱る者のいない寂しい夜であったが、確かな安らかな夜ではあった。
携帯の着信音が鳴り、男は目を覚ます。カーテンの隙間から光が入ってきておりもう日が昇って久しいことを感じさせた。メールの内容はくだらないスパム。二度寝する気にもならずに新聞を取りに玄関まで向かう。
朝刊と、企業の宣伝チラシと、そして大学の同窓会からの封筒―――大方例年通り寄付を募るものであろうが、捨てようとした手を止めて思い直した。何の気まぐれか、男はかつて学生として過ごした街を近々歩いてみようかなと思うのであった。