1-24 ディストピア
全国各地で昼夜にわたり人々は諍いあいながら、鈍い速度で進んでいった。当然大きな荷物を背負い、休憩しながら進むわけで一昼夜でその道程が終わるはずも無い。
生きるためには睡眠と食事が必要であり、それはこの非常時であろうとも変わることは無かった。とある一団が夜、道路上に落ちていたタイヤを燃やして暖を取る中食事が行われようとしていた。
配給は主に古米を中心としたものが多かったが、レトルト食品や即席麺なども配られていた。これらは旅行中にはきわめて便利であり薬缶で水を沸かせば直ぐに美味しく食べられる・・・それはとても香しい匂いを散らしながら。
興味を惹かれて集まってきた感染者、電気の途絶えた街は暗く、されど星は綺麗に見え、焚き火はそれはもう明るく闇を照らした。その上美味しそうな匂いまで撒き散らすというのは―――結果は言うまでも無かった。
都市部の入り口までたどり着けた人々は想像以上に少なく、だがそれは政府が想定していた人数とそう乖離無いものであった。
それでも人口が1億に達していた世界でも上位の大国、数字だけで見れば少なくない人数が都市部入り口にまでたどり着いた。
疲れ切った人々の目に入るのは車両や廃材でこれでもかとうず高く構成されたバリケード、看板には入り口兼検問所の場所が書いてあった。何人かはバリケードを乗り越え即座に避難したい欲求に駆られたが・・・釘や有刺鉄線で補強され、遠目にはライフルを持った完全防備の自衛隊員が無機物染みた動きでじっと辺りを警戒していた。それが何を意味するのかは明らかであり、そしてそれを分からない愚か者は脳漿を撒き散らす事となり、身をもって周囲に知らしめることとなった。
検問所にようやくたどり着いた人々だが、そこには長蛇の列が出来ていた。装面し表情の見えない自衛官達がカービンを構えて油断無く周囲を警戒している。入り口には医師と思われる真っ白な防護服を着た、これまた顔が全く見えないマスクをつけた人間が診断を行い、許可が出た者だけが入ることを許されていた。これが中々に時間がかかっており列を作る原因となっていた。
短気を起こし文句を言いながら詰め寄ろうとした初老の女性の足元が爆ぜる。銃弾は女性の直ぐ近くのアスファルトを砕き、破片が小さな傷を与えた。女性の表情が恐怖におののき足を抱えて大げさに倒れこむ。周囲の人間が義憤に駆られた様に立ち上がろうとするが、今度は連続した破裂音が地面を削る。警告も無く無言でその行為を行う自衛官は一切の情を汲まず刑を執行する冷徹な官吏のようであり転げまわっていた女性も周囲の人間も息を飲みおずおずと列に戻るのであった。
「発熱が認められる。転入を許可できない」
親子連れの一家を診察していた医師が、少し火照った頬をもつ子供の検温をした際に無感情に告げる。
「そんな!この子は移動の疲れもあって風邪を引いてしまっていて・・・」
「子供以外の転入は監視区域B群で許可される」
「この子を置いて行けというの!出来るわけが無いでしょ!!」
母親が叫び同意するように他の家族も詰め寄るが、医師は動揺する様子も見せず代わりに護衛の銃を持った男達が遮るように前へと出た。
「それでは転入の権利を放棄したと見なす・・・次!」
「は?ちょっと待てよぎゃああっ!!」
年齢性別関係無く、バチバチと派手な音と光をたてて放電する棒を押しつけられた一家は意識を失い引き摺られながら何処かへと運ばれていった。
その様子を見て顔を青くした転入希望者が護衛にせっつかれる様にして医師の前に座らされた。相も変わらぬ態度の医師は機械的に診断を行う。
「転入を許可する。次!」
何処か呆然とした様子の転入者がふらふらと街の中へと進んで行く。案内板の先のプレハブで作られた建屋では着用が義務付けられるバッジと管理番号が与えられた。さらに不用意な外出の禁止、配給の方法、行政命令の絶対遵守等のルールを説明されようやく街中へと出る。銃を持った自衛官や警官が複数人で絶え間なく警戒を行っておりそのほかの歩行者の姿は少ない。
開いている土地は畑として利用され、そこには農業を行う人々の姿を見ることが出来た。街のいたるところにはサーモグラフィーが設置されており区画移動の際には必ずチェックを受けなければいけなくなっていた。
転入者は息が詰まる思いであった。そこには自由など無く、無機質な冷たい規則が体温を奪っていくように感じられた。しかし、そこまでの管理体制に対し少しの安堵もまた覚えた―――避難という自分の選択が正しかったのだ!・・・不安を隠すために、そう信じようと、そして祈った。




