1-22 公営放送
花粉症がつらい・・・これを治せる人がいればノーベル賞を受賞してもいいと思います。(PμP)
アレルギー症状の根治治療は誰しも望むところ!
マスメディアが次々と沈黙していく中、政府の公営放送だけは未だに電波を発信し続けていた。それでも日を追う毎にその放送時間は縮小され、休止のスパンはどんどん長くなっていた。しかし、ここ数日はラジオやテレビで頻繁に、しかし短い文言の放送が成されていた。曰く―――重大発表をもうすぐ行う、と。
青息吐息の電力供給もその日に限っては何処も無理矢理にでも稼動されていた。各地のラジオスタジオにも迷彩服を着た自衛隊員たちが派遣され調整を行っていた。家々に明かりはつき、久方ぶりの賑わいを見せていた。
そして・・・もはやテレビやラジオを使える人も大幅に減っていたが、多くの人々がその重大発表を聞こうと放送時間を待ちわびていた――――――
『・・・こちらは日本政府、災害特別対策室です。予てより、複数回にわたって今日の発表についてはお伝えさせていただきました。さて・・・』
テレビを食い入るように見ていた人々の目には、壮年の糊のきいた、紺色の上等なスーツに身を包んだ、それでいてどこかくたびれた顔の男性が映っていた。政治経済に興味がある人からしてみれば政府内でもそれなりのポストにいた顔であることが分かった筈であった。
『・・・えー、政府としましても、このアリゾナ病、正式名称は器質性意識水準低下症候群。この感染経路の解明と治療法の究明に全力を持って当たっております。えー、現在分かっていることは、この病気が感染性を持ち、発祥すると正常な判断ができなくなり直情的に行動してしまうようになること、患者の血液より単離されました、ウイルスにより体内で作られる特殊な構造のタンパク質が原因であろうという事です・・・』
『えー、このウイルスに対し有効な治療薬やワクチンの開発を進めておりますが、残念ながら今現在では有効なものは見つかっておりません。引き続き、各研究機関と密接な連携をとりつつ全力を持って事態の収拾に当たりたいと思っております・・・』
この報道に落胆の色を隠せない人々、その一部は政府や研究機関の怠慢を強く口に出す者もいた。しかし、まだ報道の途中であり、隣に座る人の人差し指を立てたジェスチャーを見てひとまずは口を噤んだ。
『・・・さて、現在の我が国を顧みるに、状況は極めて悪いと言わざるを得ないでしょう。感染の拡大による治安の悪化、交通網の寸断、物資の不足など問題点を挙げればきりがありません。えー、現在は全国各地で警察、自衛隊を主軸とした治安維持、配給などの支援活動が行われていますが、人員の減少や運搬等にかかる多大なる労力により、今後これらを維持することは非常に困難であると言わざるを得ません・・・そこで』
人々も状況が日に日に悪化している事は肌で感じており、驚くべき内容では無かったが、それでも公的な放送によりそれらを肯定されたことはかなり精神的な負荷となり、心に重くのしかかった。しかし、それ以上の衝撃が、どこか据わったような、また決意したような表情の壮年の官僚によって放たれた。
『我々としましては、困難が予想される現状の支援を改め、次にあげる幾つかの主要な都市圏を中心とした治安、生活の支援等を重視することとなりました』
人々は一瞬、いや反復して言葉の意味を考え、そして理解力のある者からその真意を悟り、顔を青くして震え始めた。
『・・・市周辺、以上の地域が今後の重点都市となります。つきましては、それぞれの地域にお住まいの皆様は最寄の先程挙げた都市圏まで移動していただきたいと思います。これに伴いまして警察、自衛隊による活動、公営放送等も本日を持って重点都市以外での活動を休止させていただきます。皆様にはご理解、ご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます・・・えー、以上で放送を終わります。』
最後の言葉を皮切りに放送は途切れ・・・人々は唖然として黒い画面を覗き続けていたが、間も無く大騒ぎを始めた。
指定された都市圏に近い者は早速荷物をまとめて出立したのだが、多くの人々にとってみればこれは死刑宣告に近かった。唐突に打ち切られた支援や配給、移動しようにも殆どが寸断された道路、徒歩で移動するにしてもその道中には大変な危険が伴う。指定された都市は多くは無く一桁の数に過ぎない、これは政府が多くの人々を救うのを諦めたようにも見え、事実またその通りであったといえた。
各地から引き上げた警官や自衛隊を集中させることにより治安を維持し、技術者と資材を集めることによってインフラを確保し、医療従事者や研究者を集中させることにより研究の継続を臨む。それは非常に非情であり、冷徹で、それでいてきわめて合理的であった。勿論これは政府が望んで行ったことではあるが、関わった者の誰もが望むものではなかった。このような騙し討ちの様にしてまで助けられる人間を選ぼうなどとは・・・都市圏まで到着した人々は受け入れようとするのは良心の欠片の成せる業であったといえた。加えて、もう現行の制度では限界を迎えていたことも真実であった。
だが、そのような事情を知ってか知らずか、いや知っていてさえも人々は政府に怨嗟の声を投げかけた。それは仕方の無いことといえるが、今更デモを行ったとしても何にもならず、結局選べる答えは決まっている。
人々は危険を承知で指定された都市圏まで向かうか、それともその場に留まって何とか生活していくかの選択肢を迫られる事となった。




