序章 本日は晴天なり 後
すでにIも着替え終えていて、Gを待つ間にも無線機で別の男と連絡を取っていた。
「それではハラダシティビル休憩所を出発します・・・T君、ここからアイス店の通りを真っ直ぐだよね?アイス・・・嗚呼!この格好だと暑くて仕方が無いですよ」
『ははは・・・懐かしい話だ、また食べたいもんだが・・・いや、いいさ、よそう。ああ、そうだ。その先のイネヒキ石油のガソリンスタンド、確か災害対応型だった筈だ。生きているといいが』
「うーん、まあ、そのための調査ですよ」
違いない、と小さくつぶやく声が無線の先から聞こえる。
「・・・油が切れるとヤバイからなァ、ま、実験機器は大飯喰らいだから仕方無いね。すまんねミスターI、待たせて悪かったな」
「いえいえ、じゃあそろそろ切るよ、次の連絡は・・・14時から30分以内には入れる予定ですね」
腕に巻かれたスポーツ用のデジタル時計を見ながらIはこれからの仕事を想定しつつ答えた。
『了解、14時から30分だな。気をつけてくれよ・・・グッドラック』
「「グッドラック」」
無線機を背嚢に仕舞うとGとIは互いの装備をチェックし問題が無いことを確かめる。平時であれば、どこからどう見ても通報されるべき姿格好であるがすでに通報を行う者も見当たらず、そして通報されたとしても対応する組織も無い。さすればこの不審な格好こそがスタンダードであり制服であった。
「その帽子、意味あるんですか?」
「ははは、お洒落だよシャレオツ。ま、多少はね?」
「はは、まったく。相変わらずのGさんですねえ」
立てかけておいた防犯用の刺又を手に取ると、軽口を絶やさずに屋上のドアを開けて階段を下っていく。
「ああ糞、相も変わらずに臭うだろうなァ。活性炭増やすかね?」
「うーん、同意したいとこですけどこれ以上は息苦しくなりますよ・・・」
「だよなァ・・・うし、それじゃあ開けるぞ・・・・・・ファック!畜生めっ!早く鼻の野郎麻痺しろってんだ!」「えええ、話すと口の中にもォうえっぷ・・・」
GとIは腰に吊るしたビニール製のパウチ袋の口を少し開ける・・・その中からえも言われぬ臭いがたちまち立ち込める。生臭さ、腐臭、汚泥臭、そんな言葉では言い表せない、いや全てが混ざったような強烈な臭いだった。その臭いを一嗅ぎすればたちまち吐き気が襲い、舌は痺れ、涙さえ溢れ出る、ガスマスクがなければ到底我慢できない代物ではあったが・・・一応は体に害は無く、むしろこの臭いこそが無ければならないシロモノだった。
一頻り悶えた二人の男は未だ苦い顔のまま互いに頷き合うと、ビルの入り口を開ける。その先は――――
崩壊した都市、徘徊する人間であったもの、いがみ合う生存者、限りある物資、そして・・・。
「・・・まったく、どうしてこうなったんでしょうね?」
「そいつが分かれば対処も出来たんだろうがなァ・・・」
「はは、そうですね。そして・・・」
「そうさ、その為に俺達は――――」
――――さて、これは互いをアルファベットで呼び合う奇妙な集団の、奇譚譜である。