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1-11 医師と看護師の会話

 ―――とある大学病院、平時であっても忙しい医療現場の最前線。ここしばらくの忙しさは筆舌にし難いほどであり、医療関係者は増え続ける職務に忙殺されていた。


「先生!ま、また新しい『アリゾナ病』の患者が搬入されてきました」


「俗名を使うのは辞めなさい、君・・・まったく、運び込まれてもどうにもならないというのに!もうこれ以上は本当にキャパシティを超過する・・・」


 化粧がほぼ剥がれ、素の顔に隈と疲労を浮かべたまだ若い看護師からの報告。それを聞くのが無精髭を生やし、襟元が黄色くなりかけた白衣を纏ったこれまた疲労の色が強い中堅の医師であった。ここ最近は家にも帰れずほぼ病院に詰めており・・・それでも仕事は増える一方であった。


「治療法が確立されているなら兎に角、病院に持ってきてどうしろというのか!」


「先生・・・」


「分かってはいる、彼らは病人だ、来た以上は診断せねばならん、どうにもならずともな!いや、すまない、君も疲れているだろうに」


「いえ、まだ私たちは交代で休みを取っておりますので・・・ワクチンはまだ出来ないのでしょうか?噂でウイルスは見つかったと聞きましたが?」


「・・・ああ、内部情報だが不活化されたモノを使った試作品はいくつか作成され、ウチの病院でも安全性を後回しにしてでも秘密裏に治験は行われている。だが、不思議なことにそれを打った者の中でも感染者が出続けている・・・つまり、進展は無い」


「そんな・・・」


「それにワクチンは予防の為のもの、発症した患者には意味が無い。現状、やれることは患者が暴れないように鎮静剤のカクテルを投げ続けることしかできん。平時ならどれだけ濫用と批難される使い方か」


 医師は病院の現状を思うと顔を顰めた。理性を失い暴れ続ける患者、しかも感染症の疑いが極めて強い。医療従事者が必死に押さえつけて鎮静剤を投与し病室に押し込める、すでに精神病棟は手一杯、普通の病室を突貫工事で鉄格子をつけ、極力設備を撤去し、ドアを補強して何とか対処していた。医師は、まだ新しく綺麗な病院に不恰好な工事がされている事が少し辛く感じた。


 患者がおとなしくしている間に看護師が部屋の中に食事を置く、薬の効果が薄れ、目が覚めた感染者は短期作用型鎮静剤入りの食事を貪り、無為に暴れたり叫んだりした後、疲れると所構わず睡眠をとる。そのタイミングを見計らって部屋に入り、長期作用型の鎮静剤を投与し患者をざっと清掃、汚物も専用の水気も吸える掃除機で大まかに回収すると塩素系の消毒剤をばら撒いてさっさと部屋の外へと逃げる。

 

 患者が狭い部屋に二人以上いる場合、暴れた際に互いにぶつかる等で殺し合いに近い喧嘩を起こしたり、性的な欲求を性別構わず処理しようとすることもあった。故に、『アリゾナ病』患者たちには贅沢に個室が与えられており、元々入院していたほかの患者は感染のリスクを危惧しつつも相部屋にぎゅうぎゅうに押し込まれていた。



「これ以上はそう長くは持たん・・・薬剤師からも薬の在庫がもう少ないと聞いている、納期も未定らしい。だが、ウチはまだ男の看護師も多いし作業療法士などの男手もいるからだいぶマシな方の筈だ」


「でも・・・他の入院患者さんにも、病院の人にも広がりつつあります!同期の子だってついこの間・・・」


「君。病院が、医療関係者こそがこのような場合に感染症にかかりやすいというリスクなど、とうに分かっていた事だ、分かっていた事だ。・・・だが、キツイな・・・とはいえ、何にせよ、我々には我々に出来ることをやるしか無い。――――――さて、仕事だ!」


 看護師は小さく会釈をすると自分の戦場に戻っていった。元気付けるかのように強めの口調で言い切った医師ではあるが、その心の不安は拭えなかった。大規模な中核病院でさえそろそろ限界を迎えている。医療従事者は疲労し、そして疲労した人間は『アリゾナ病』の格好の餌食にもなっていた。患者と直接接する医師では無く、研究室に篭る医者や研究者に対しても少しずつだが『アリゾナ病』は牙を剥いていた。その正体を暴こうとする戦士の数自体が徐々に、徐々に減っていき、ますます立ち向かうには困難な状況に直面することとなっていた。


 だが、それでも、だからこそ彼、彼女らは懸命に戦っていたのだ・・・それでも破滅の足音は既に限界を超えた地方の中小病院から始まっていた。



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